ホリエモンこと堀江貴文氏が保育士について、給料が低いのは「誰でもできる仕事だから」と発言し、賛否両論を巻き起こしている。
待機児童問題のかぎを握る保育士の人材確保だが、現場は人手不足にあえいでいる。資格を持ちながらも働いていない“潜在保育士”は政府調べで約80万人とされ「きつい、給料が安い、帰れない」と離職者の多い業界として知られる。
そんな保育士の働き方を抜本的に変えようとする動きが起きている。
いっこうに解消されない待機児童問題。根底には保育士の働き方の問題がある。
撮影:今村拓馬
社労士設立園で実践した3つの「働き方」改革
「保育士が疲れきっていたり自分の勉強時間すらなかったりでは、質の高い保育はできません」
2017年9月に横浜市都築区にオープンしたばかりの保育園「フェアリーランド横浜センター北」を訪ねると、社会保険労務士法人ワーク・イノベーション代表の菊地加奈子さんはそう話した。5人の子どもの母でもある菊地さんは4年前に保育園の経営に乗り出し、オープン予定を入れると5園の運営を手がける。
保育園経営の最大の難しさは、保育士の確保だ。なぜ菊地さんが次々と保育園を手がけられるのか。それは、保育士の働き方を大胆に変革したから。
園では保育士が自分の子どもを預けられる上、「好きな時間帯に好きなだけ働く」方式を採用。「子育てしながら仕事を続けにくい」という保育士の悩みに真っ向から向き合っている。その特徴は大きく3つに集約される。
1.働く時間の選択肢を増やした
すでに開園している3園で現在働いている計30人の保育士は、働く時間帯も長さも希望に応じてさまざまだ。フルタイム正社員、短時間正社員、パートタイマーの3つの雇用形態を選べる。最短で1日4時間、週2日勤務の人もいる。
保育士の働き方改革に取り組む、保育園経営者の菊地さん。社労士であり、5人の子どもの母でもある。
撮影:今村拓馬
特徴的なのは、雇用形態で仕事内容に差をつけないことだ。
「10年のキャリアがあるのにパートで再就職したとたんに補助的な仕事に回されると、モチベーションが落ちる。勤務時間は短くても責任ある仕事を任せている」と、菊地さんはいう。
2.非正規と正社員の同一労働同一賃金を実現
責任ある仕事を任せる以上、正社員でもパートタイマーでも給与は同じ基準で、①経験給②職務給の2軸で決まる。パートタイムで働く保育士も「子どもの成長に合わせて働ける時間は変わります。働ける時間が増えれば、正社員へのスムーズな移行を進めています」。
3.在宅勤務を認めた
保育士では非常に珍しいとみられる、在宅勤務も可能にした。「在宅なら働く時間を増やせる」というニーズに応えるためだ。
保育士の仕事は保育園が前提だと思いがちだが、仕事を分解すれば、実は事務作業も多い。成長記録の記入やお便り、保育計画の作成、制作の準備など、自宅でできる仕事はけっこうな量があったという。
そうすると「自分の子どもが小さくて、フルタイムや残業ありでは働けない保育士も応募してきてくれました」(菊地さん)。
夜間や早朝は交代制
フェアリーランド横浜センター北で、園長を務める長根梢さんも、2カ月の子どもを自分の園に預けて働く。保育園での経験が10年近いベテランだが、上の子どもの出産で現場を離れていた。
菊地さんが運営する保育園は、保育士が「働くのに理想の園」と話した。
撮影:今村拓馬
「そろそろ働きたいというときに今の園の募集を見て、子育てしながら働くのに理想の園だと感じました」と話す。
すでに開園している3園のうち2園は内閣府認定の企業主導型保育園、残りは認可外保育園のため、柔軟な保育サービスの設計が可能ということは大きい。
自治体の管理下にある認可保育園は、各自治体の定めるルールに従う。一方、待機児童対策として2016年度に始まった「企業主導型保育園」は、保護者である従業員の働きやすさを優先し、週2回だけ利用や土日も運営など、自治体の関与なしで企業が仕組みを自由に決められる。その上、補助金は認可並みだ。
保育園を運営する菊地さんの会社の従業員は保育士。当然、保育士の働きやすさを最優先したサービスおよび勤務設計が可能なわけだ。従業員である保育士の子どもに加え、地域の子どもたちも受け入れている。
ただ、認可園でなくともこうした働き方に踏み切れない理由には、「シフトを組むのが大変」「早朝や夜の人手を確保できない」という経営サイドの懸念も大きい。
この点について菊地さんは「確かにシフトを組むのはパズルを組み合わせるようですが、こつこつやれば軌道に乗ります。夜や早朝も『ここは人手が必要』と話せば、交替で誰かが手をあげてくれます」という。
延長保育は設けておらず、全ての保護者が18時30分の定時までに迎えに来る。
フリーという選択肢で1000万プレーヤーも
雇用という形態を離れて働く保育士も現れた。
保育士の仲宗根晶さん(32)は2016年3月、長年勤めた保育園を退職した。幼稚園で1年、保育園で10年以上のキャリアを持つが、次に選んだ働き方はフリーランスだった。
フリーランスのベビーシッターと保護者をマッチングするオンラインサービスに登録し、0歳児から小学生までを対象に月に15〜16日程度稼働。1日あたりは5〜8時間程度で「自分の予定や体調に合わせてスケジュールを組める」ことに大きなメリットを感じている。
保育園勤務は土曜も含め週5〜6日出勤、早出や残業もありで月収は手取りで15万円程度だった。
フリーランスを選んだ仲宗根さん。誇りをもっているからこそ、低い報酬にモチベーションが下がることもある。
提供:キッズライン
報酬が全てではないと思いながらも、「子どもの命を預かる大切な仕事なのに、あまり評価されていないことに、モチベーションの低下を感じる保育士は少なくありません」。
フリーランスになって働く時間も日数も自分で選べるようになった上に、仕事の入れ方にもよるが、月収は3倍近くに達した。
仲宗根さんが使うのがオンラインベビーシッターサービス「キッズライン」だ。
ベビーシッター側はスキルや経験、実名顔写真付きのプロフィールページを入力してオファーを待つ。時給も働く時間帯も受けるかどうかも自分で決められる。
現在約1200人(うち保育資格保有者は約460人)のシッター登録があり、お泊まり保育や病児保育も受けたり、バイリンガルや幼児教育専門家の資格を生かしたりして年収1000万円に迫るプレーヤーも登場。売上高は創業以来、前月比増を更新し続けているという。
仲介のキッズライン社は手数料として保護者、保育者双方から10%の手数料のみをもらう。従来は富裕層向けのイメージの強いシッターサービスを、従業員コストなどのマージンを削減することで1時間1000円〜という低価格で提供する。
創業者の経沢香保子さんは、マーケティング会社を経て、2014年にオンラインベビーシッターサービスを立ち上げた。潜在保育士層について「家庭の事情でフルタイム勤務できなかったり、何人もの保護者とのやりとりをストレスに感じたりといった人もいます。そうした層も働き方を選べれば、活躍できる」という。
議論に火をつけたホリエモン
誰でもできる仕事だからです
— 堀江貴文(Takafumi Horie) (@takapon_jp) 2017年10月12日
「なんで保育士の給料は低いと給与引き上げ思う?」低賃金で負の循環 (朝日新聞デジタル) - https://t.co/EuidhabdJ1
堀江貴文氏の発言には賛否両論が噴出しているが、需給バランスの崩れている保育士の労働市場に課題があることは事実。
補助金事業である保育料が公定価格で決まることから、保育園は企業努力で収入が増えない構造にある。給与原資となる売上高が固定されるため、保育士給与は伸びづらいといえる。
ただ、たとえ収入が急に上がらなくとも無駄な作業を見直し、在宅勤務や働く時間の自由度が高まれば、労働の質も満足度も上げられる。
「働きたいけれど続けられない」潜在層を動かす原動力は、働き方の抜本的な見直しにあることは、保育の現場も例外ではない。
(文・滝川麻衣子)