「消費増税組み換え」でも自民党案では格差は拡大する——“発案者”井手英策・慶大教授に聞く

衆議院議員選挙を10月22日に控え、自民・公明の与党が圧勝、と報じられている。

今回の衆議院の解散は「大義がない」と批判された。その中で、安倍首相は解散理由を「2019年に予定している消費増税の使途を組み替え、教育費拡充に充てることを国民に問う」と主張している。

だがこの政策は、民進党で前原誠司代表が訴えた政策、“All for All(オール フォー オール)”と類似している、と言われる。

All for All(みんながみんなのために)…誰もが必要なサービスを無償で享受でき、財源は増税によって負担する「中福祉中負担」の政策

“All for All”の生みの親であり「消費増税の組み換え論」を自民党以前より訴えてきた、井手英策・慶応義塾大学経済学部教授に話を聞いた。

井出教授

慶応義塾大学の井手英策教授(財政社会学)。「自分が考えたアイデアが衆議院解散の理由になるというのは複雑な気持ち」と語る。

写真:西山里緒

——自民党の政策は井手さんがブレーンを務められた民進党の政策“All for All”と類似していますね。

「真似されてかわいそう」とおっしゃる方もいますが、僕自身は自民党の「意図せざる」歴史的大転換だと思っています。 1979年に発売された、自民党の研修叢書(そうしょ)である『日本型福祉社会』という本があります。その中で(高福祉高負担の国として知られる)スウェーデンについて「崩壊する福祉理想国家」として、その自殺率や孤立した人間関係などを強く批判し、福祉には公助よりも自助が重要だと説いていました。今の「自己責任社会」の根幹の思想ですね。

今回、自民党はこれまで否定してきたスウェーデンのやり方に、舵を切ろうとしている。これは、すごいことではないでしょうか。

——自民党の政策を評価していますか?

子ども

安倍首相が看板政策として打ち出した「人づくり革命」と「全世代型社会保障」。中身を見ると、どちらも民進党の前原氏が訴えていたことだ。

写真:今村拓馬

表面的には真似ていても、根底の理念が違うため、つじつまが合わないところがある。

例えば、現行の自民党案では、消費増税のうちの1.7兆円を、3~5歳教育の完全無償化、0~2歳教育の低所得者を対象にした無償化に充てる、と言っています。これでは格差が拡大する可能性が高い。

3~5歳はほとんどが幼稚園か保育園に行っています。いま3~5歳の教育を無償化すれば、金持ち・中間層のお金が浮く状況になるでしょう。彼らは余ったお金で子どもを英語塾などに通わせ(次世代の)教育格差まで開いてしまう可能性がある。

むしろ、0~2歳の低所得者向けの教育無償化の方が格差を縮小させる意味では効果が大きいけれど、自民党案では財源が限られており、十分に実施できない。

——民進党ではどのような政策を考えられていたのでしょうか。

民進党で僕がずっと言ってきたことは、無償化と質の向上をセットにすること。ただ無償化をするだけでは、自民党案のように所得逆再分配のような事態が起きてしまうんです。無償化だけでなく、教育カリキュラムを充実させたり、職員育成プログラムを考えるなど質を高めることで保育士などの待遇改善にもつなげていく。

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さらに総合合算制度(民進党が訴えていた、医療・介護・障害・保育の自己負担額に上限を設ける制度)を復活させ、子育て世代以外も生活をしっかり保障していく。

この制度の対象にはならない「子どももおらず、健康で、介護までまだ時間がある」という20代~40代の単身世帯の低所得者層もいる。生活苦におびえる人たちのために、再分配効果の弱い軽減税率を止めて、住宅手当を出すことを考えていました。

そのために、2019年に8%から10%になる消費増税分を全額支出することに加え、金融資産課税や相続税など、富裕者課税もセットにするアイデアを温めていました。ある程度ボリュームのある財源を使って、無償化と質の向上、そして命の保障をセットにする。消費増税2%をてこに、暮らしの保障を充実させ、人々に受益感を感じてもらい、税の痛みを和らげ、次の増税、そして財政再建につなげていく考えだった。

自民党は既に決まっている2%の使途を変更しただけで、将来的に消費税を上げるとは思えません。民進党の政策は、すごく良いものになりそうだったので、本当はこれを基に議論したかった。

——民進党の希望の党への合流について、率直にどのように思われましたか?

民進党

民進党が合流した希望の党は苦戦が報じられている。

写真:今村拓馬

当日ヤフーニュースで知り、2日後に前原さんから連絡がありました。「どんなにいい商品でも、会社が倒産してしまっては売れない。“All for All”という商品を売るため、しっかりとした会社を作らなくてはならない」と。

前原さんはみんなで希望の党に行って、その中で希望の旗を“All for All”に変えていく、という未来を考えていたのでしょう。ところが「排除と選別」というあの一言で、私も含め多くの人が小池さんとは絶対に組めないと考えてしまった。あの発言を前原さんが予想できたかというと、無理でしょう。その点は気の毒だったと思います。

ただ、それは、風に乗って小池さんに党を任せてしまったことの結果でもあり、大勢の仲間を切り捨てる結果になった。その批判は当然あると思います。

でも、難しいですよね。合流せずに民進党の議席を50、60まで減らして良かったのかと言われると、それも違うと思う。本人にしてみれば政治生命を賭けた決断だったのではないでしょうか。

僕に内緒だったことに同情してくれる人がいます。井手を使い捨てにしたと。でも民進党はすぐに内部の情報が漏れてしまっていた。これは党のガバナンスとして良くない。僕に伝えず合流を決断されたことはむしろ良いことだったと思っています。

——希望の党の理念は民進党のものとは違うのでは。

「踏み絵」と呼ばれた政策協定書にサインをしたからと言って「思想信条を捨て、希望の党に魂を売った」と言われるのは、少し厳しすぎると思います。

あの政策協定書の2項には「現行の安全保障法制については、憲法に則り適切に運用する」とある。つまり違憲であればやらないという意味。これは民進党が言っていたこととほぼ同じです。

さらに3項には「国民が納める税の恩恵が全ての国民に行きわたる仕組みを強化すること」とある。“All for All”の理念そのものですよね。4つ目の憲法改正も、民進党は議論を排除していなかったし、5つ目の消費増税凍結は私や前原さんの意見とは違うけれど、民進党の中でこれを支持していた人は少なからずいた。

——希望の党の政策についてはどう思われますか。

政策を見ると、民進党が考えていたような社会像を実現させるようなものかというと、内部留保課税やベーシックインカムなど、そうではないものがたくさん入っている。

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希望の党で分からないのは、どれだけの財源を見込んでどのような話をしているのかということ。民進党でマニフェストを議論したときは、すべて財源の見込みを計算していけると判断したものだけを載せていた。結局、お蔵入りになってしまいましたが。

今回、内部留保課税をとっても、どこに何をいくら課すのか一切分からない。現金・預貯金の増大を問題にする向きがあるけれど、そのかなりの部分は中小企業です。多分大企業から取るのだと思うけれど、方法は分からない。そもそもこれは党の掲げる理念と一致しているのか。大丈夫なのか、という気持ちです。

——他の党の政策についてはどう思われますか?

枝野幸男

日本経済新聞が10月20日付で報じた衆院選の終盤情勢によると、立憲民主党は比例で希望の党を抜き、自民党に次ぐ第2党につけている。

写真:今村拓馬

(維新の党・立憲民主党・共産党は2019年の消費増税凍結と訴えているが)1.7兆の財源は消費税抜きには考えにくい。事業仕分けですら、1兆円足らずの財源しか出てこなかった。

毎年10兆円の財政赤字が出ると言われている中で、人件費の削減や富裕層課税のみでそれを補うのは無理がある。所得増税も考えられるが、7段階ある税率の中で一番のボリュームゾーンは一番下の低所得者層。また高所得層には税の抜け道もある。消費税を軸に富裕者課税を組み合わせるほうが合理的ではないでしょうか。

——井手さんが目指していたことは「自民党に代替可能な選択肢を作る」こと。今回の騒動で、その目標から遠ざかったと言えるのでは?

今回の前原さんの決断で、僕が考えてきた理念を入れていた器は木っ端みじんになった。これは事実です。僕は民進党が好きだった。とても悲しい。ただ大切なのは中身、理念です。

もし民進党が残っていたとして、政権を取るのに何年かかったのでしょう。もしかしたら僕が求めていた社会像はずっと実現しなかったかもしれません。踏み絵を踏まされた人、排除された人はその痛みを忘れない。この混乱を経て、きっと新たな動きが起こると思う。そこに新たな中道左派の道、どっしりとしたリベラルの軸ができていく可能性がある。

今回の分裂騒動で明らかになったのは、政党政治が役割を終えつつあるということ。人々の価値観や利害関係が複雑化しすぎて、人々のニーズと現実の政党が追求するものとのギャップが大きくなりすぎている。

だから僕は、みんなに共通して必要なものに光を当てる“All for All”という思想を普及させようとしてきた。僕が政治の舞台から消えても、名前が変わっても、その理念はどこかで受け継がれていくのではないでしょうか。自民党だってこの考え方を無視できなくなったのですから。

こういうことをいうと楽観主義だと怒られるけれど、希望を持ってやっていくしかない。僕の生き残りなんてどうでもいいんです。リベラルの旗がきちんと立てばそれでいい。いずれは社会があるべき姿に近づいていく、それが人間の叡智だ、と信じるしかないと思っています。人間の希望は人間の中にあるのですから。

(構成・西山里緒、取材・西山里緒、室橋祐貴)


井手英策(いで・えいさく):1972年生まれ。慶應義塾大学経済学部教授、財政学者。1995年東京大学経済学部卒業。2000年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。横浜国立大学大学院助教授などを経て現職。主な著書に『経済の時代の終焉』『18歳からの格差論』など。

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