私は、戦国時代の武士にとっての刀や槍の腕前は、現代のビジネスパーソンにとっての問題解決能力や課題解決能力にあたるのではないかと考えています。
ビジネスという戦場では、問題があれば解決を求められます。まさに武士の合戦や一騎打ちのようなものです。一般的には、うまく問題解決ができる=仕事ができるという等式が成立するので、腕に自信があるビジネスパーソンは、問題を見つけると、解決したくなります。これこそ、腕の見せ所です。
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「問題」と「課題」は違う
ところが、問題があるのに、それを放置した方が良い、つまり解決しない方が良いことがあるのです。不思議ですね。それはどのような場合なのでしょうか?
具体的な事例を紹介する前に、「問題」と「課題」の違いについて整理をしたいと思います。問題解決、課題解決などというように同じ意味で使っているケースも多いのですが、私は、この2つの言葉を明確に使い分けています。
「問題」は、現在起きている良くないことや、気になりごと、もやもやしていることです。一方の「課題」は、将来に到達したい「ゴール」や「あるべき姿=To Be」と現状このまま進捗した場合にその将来に到達できるだろうポイントとのギャップです。つまり、「問題」は現状のことで、「課題」は未来におこるだろうギャップだと使い分けています。
私は、「問題」が起きた際に、それが単なる「問題」なのか、「課題」なのか判断してから、解決するかどうかを判断する習慣を持っています。それを問題の課題化と呼んでいます。つまり、「課題」は解決すべきだけれども、「問題」は解決せずに放置して良いケースがあるというのが今回お伝えしたいことです。
事例を紹介しましょう。「問題」発覚時に、すぐに解決せずに、本質的な「課題」化することで収益を毀損せずに済んだケースです。
値下げをすぐにするべきか
私が以前いた部署で、大規模な顧客調査を行いました。主要顧客1000社へのアンケートの結果、顧客が我々の価格に対して「高い」と言う回答が多いことが分かったのです。つまり、顧客が価格に対して不満を持っていたわけです。顧客の不満です。当然好ましくありません。先ほどの定義でいうと「問題」が発覚したわけです。では、「問題」をすぐに解決すべきなのか。具体的には値下げをするべきなのかと言うことです。当然ながら営業現場からは、値段を下げろと言う圧力が強まりました。常日頃、顧客と接している営業現場の肌感覚とも合致していたのだと思います。
しかし、私は、理由がない値下げは何とか避けられないものかと考えていました。値下げ=利益が減少するので、できれば避けたいというのが理由でした。一方で、私自身がかつて、このサービスの発注者だった経験があり、価格だけでサービスを選択しなかった記憶もありました。
そこで、「問題」の「課題化」を行いました。この価格を維持した場合に現在想定している売り上げ、利益とどの程度のギャップができるのかシミュレーションしてみたのです。具体的には、顧客は、価格をどの程度重視しているのか? あるいは、価格の満足度を高める(つまり値段を下げる)と顧客満足度が高まり、ロイヤルティ(再購入意向)が高まるのか? ということを、先ほどと同じ1000社の主要顧客を対象にアンケート調査し、結果から分析したのです。
そうすると面白いことが分かりました。
- 取引が増加するに従い、顧客満足度は向上する。
- 顧客は購買時に、価格を検討要素に入れている。
興味深いのは、2については、複数選択肢では上位3位に入るが、単一回答では10位前後に下がることです。つまり、顧客は、価格を意識するが、価格ありきで購買を決定しているわけではない、ということになります。サンプル数を増やしても、同じ傾向を確認することができました。さらに分析を進めた結果、
3. 総合満足度やロイヤルティ(再購入意向)と価格満足度の高さには相関が無い。
ということも明らかになったのです。つまり、価格を下げたからといって、再度購買しようとは思うわけではない。ということです。顧客は、価格は高いと思っている。しかし、価格を下げて、価格に対する満足度を高めたとしても、総合満足度は高まらず、再購入意向も高まらないという事なのです。まさに、問題を解決(値下げ)しても、本来の課題(総合満足度向上、リピート)が解決されるわけではないのです。
顧客の真の願いは別のところにある
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では、どうすればよいのか。
サービスそのものの満足度を高めることがポイントでした。つまり、顧客は値下げではなく、サービス価値をさらに高める事を求めていたのです。
このことを社内で共有できたことで、危うく値下げをして利益の大幅ダウンさせるところを、なんとか回避できました。
そして、当初想定していた値下げ原資の一部で価値を高めました。具体的には、商品の改定、顧客対応をよりよくするのための、社内向け教育素材(マニュアルやMovieなど)を整備しました。
結果、取引も増えて、しかも顧客満足度も高まり、再購入率も高まったのです。
もう1つ事例を紹介しましょう。これは私の失敗事例です。
十数年前のこと、あるグループ企業の事業部で短期アルバイトの募集をしていました。事業部ごとに仕事の繁閑があるので、ある期間だけ短期アルバイトを募集しますが、そのニーズやタイミングは事業部ごとにまちまちです。各事業部でそれぞれ短期のアルバイト募集をし、該当期間が終了すると当然、雇用契約を終了していました。結果、ある部署でアルバイトを必要としているタイミングで、ほかの部署ではアルバイトの契約を終了するということが発生していたのです。実際に、他の部署で雇用契約を終了した人が、再度別の部署で応募しているということがありました。
私の「問題」意識は、このような採用活動の非効率さでした。採用コストももったいない。
経営全体のコスト考えて「課題化」
問題解決策として、ある事業部で契約が終了する短期アルバイトの人たちに、新たに募集する事業部を紹介できれば、組織の文化や風土も分かっている上に、求人コストや育成コストも削減できる。アルバイトの人たちにとっても、応募の手間も削減できる上に、継続して就業できるので嬉しいのではないかと考えました。 つまり、双方とも効率が上がるはずだという考えでした。
具体的には、短期アルバイトの人たちのデータベース(DB)を作成し、管理するというものでした。当時の上司に、意気揚々と提案したところ、
「おそらく事業側も応募側もコストや手間が合わないと思うよ。問題を解決すると、新たな問題が発生するのでその解決コスト分が抜けているよ」
と言われました。
その場でフェルミ推定(いくつかの手がかりを元に論理的に推論すること)したところ、マッチングに必要な情報をDBに取込み、それを更新・維持運営するコストを加えると、確かにコストメリットはほぼありませんでした。応募者にとっても、情報を登録し、更新する手間を考えるとメリットは限定的だとわかりました。まさに、目の前の問題(採用コスト、育成コスト削減)に目が行き過ぎて、他のコストが発生(DB作成、維持管理など)することが抜けていました。
当然、実現には至りませんでした。もっと高い視点で、経営全体のコストという観点で「課題化」し、この問題には対応しないという判断をすべきでした。
同様の事例は枚挙にいとまがありません。例えば、
- 今期の目標達成のために、いたずらに見積額を低くすること。
- 決済を取るために、見かけの投資対効果を良くすること。
- 声の大きな人を説得するのが面倒なので、とりあえず対応すること。
- 仕事を任された際に、全体像を把握せずに着手しやすいところから対応すること。
- 値段の安さだけで、商品やサービスを選ぶこと。
- 同業の値下げが行われると、条件反射のように値下げに追従すること。
などなど。今から解決しようとしているのは、問題なのか課題なのか。もしも問題であれば、きちんと課題化してから対応することをお勧めします。
中尾隆一郎(なかお・りゅういちろう):リクルートワークス研究所副所長。大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長などを経て、現職。