10月25日に北京で閉幕した第19回中国共産党大会で選出された「トップセブン」(7人の政治局常務委員)の中に、少し猫背で、伏し目がちに歩く人物がいた。学者出身の王滬寧・中央政策研究室主任(62)である。
10月25日に閉幕した第19回中国共産党大会。「トップ7」と呼ばれる常務委員の顔ぶれが注目された。
REUTERS/Thomas Peter
学者出身の不倒翁
彼は、共産党の新しい指導理念として党規約に入った「新時代の中国の特色ある社会主義思想」を盛り込んだ立役者である。それだけではない。「中国の夢」の名付け親でもある。
彼は江沢民、胡錦涛の前元総書記のトップブレーンとして、中国共産党の政策理論を15年にわたって支えてきた。薄煕来・元重慶党委書記をはじめ、浮き沈みの激しいトップリーダーの中で、三代にわたる指導者に仕えた「不倒翁」(起き上がり小法師)は極めて珍しい。
19回党大会では、大方の予想を裏切って、ポスト習近平の有力後継者と見られてきた陳敏爾・重慶市党委書記と胡春華・広東省党委書記に替わって、王氏が韓正・上海市党委書記とともにトップリーダーの地位に登りつめた。その理由は後で分析する。まず日本ではほとんど知られていない彼の経歴をざっとみておこう。
王滬寧氏は1955年10月、上海に生まれた。鄧小平の改革開放政策が始まった年の1978年、上海の名門、復旦大学国際政治系に入学。卒業後も大学に残って全国最年少の30歳で同大准教授に就任した秀才だ。法学院長などを歴任した後1995年、当時の江沢民総書記に見いだされ、復旦大学を離職し中央直属機構の中央政策研究室に異動、北京の中央政界に入った。
中央入り後は対外交流絶つ
2002年の第16回党大会で中央委員に当選し、同研究室主任に昇格、15年に及ぶ「トップ・ブレーン」の道の歩みが始まった。この間、党の指導理念として党規約に入った江沢民の「三つの代表」、胡錦涛の「科学的発展観」の理論的な肉付けに当たった。
歴代中国共産党トップの理論的支柱を務めてきた王滬寧氏。習近平思想も彼が骨格をつくりあげた。
REUTERS/Jason Lee
江時代の1998年ごろから「主席特別補佐官」の肩書で、国家主席の海外訪問に同行、オバマ、トランプ両大統領との首脳会談には必ず彼が同席してきた。
復旦大学時代は何度か日本を訪れ、日本の研究機関との交流にも参加してきた。
天安門事件直後の1990年、国際文化会館の招きで来日した際に会った法政大学の趙宏偉教授は、「東京での講演で、中国における政治学、国際政治学教育に強い自信を見せていた。天安門事件で西側から経済制裁を受けていた時期だったから印象に残っています。中央政界に転じてからは、日本を含め外国との交流は断ったと聞いていいます」と話している。
党大会初日の10月18日、習氏が行った3時間にも及ぶ政治報告の起草も、まさに彼が手掛けた。最大のポイントは、建国100年を迎える今世紀半ば(2049年)、中国をアメリカと肩を並べる「トップレベルの総合力と国際的影響力」を持つ強国になる目標を定めた部分である。
不均衡発展が主要矛盾に
従来の党大会との最も大きな違いは、社会矛盾に対する認識だろう。
今回、習氏は「主要な社会矛盾はすでに人民の日増しに高まるより良き生活へのニーズと不均衡で不十分な発展との矛盾に転化した」と位置付けた。改革・開放政策がスタートした直後の1981年以来、「主要矛盾」は「人民の物質文化への要求と、遅れた社会生産の間の矛盾」、つまり生産力が人民の要求に追いつかないことだとされてきた。生産力への強い自信がうかがえる。
今後の課題は、経済・社会の格差拡大をいかに食い止め、均衡のとれた経済社会を実現するかに移る。「量から質への転換」を課題に設定したのである。簡単な目標ではない。しかし、これに取り組まないと、社会の不安定が増大し、ひいては共産党の一党指導が揺らぎ、「中華民族の偉大な復興」という目標は実現できなくなる。危機感の表れでもあろう。政治学者の理論的分析の面目躍如といったところである。
政策課題から見れば「三選はない」
さて、今回の党大会で彼と韓正氏の2人が常務委員に就任した理由と背景には何があったのか。「三期目以降も政権にとどまるため」(朝日新聞10月26日朝刊)など、「長期政権を目指す布石」という見方がメディアの大勢を占めた。先に紹介した趙教授も同様の見方をしている。
「後継者を決めると二期目でレームダック化」するとの観測もある。これらの見方はいずれも鄧小平が敷いた「総書記は二期まで」という暗黙の人事慣習を破るものとみなされている。しかし二期目の政策課題という視点から見ると、別の風景が見えてくる。
中国を、アメリカと肩を並べる「トップレベルの総合力と国際的影響力を持つ強国」にするには、強力な外交力が必要だ。楊潔チ国務委員(67)が政治局員に引き上げられたのは、楊がブッシュ大統領親子と深い関係を築いてきた人物であり、対米外交重視の表れとみていい。
今回政治局員に引き上げられた楊潔チ氏。アメリカのブッシュ父子との関係の深さで知られる。
REUTERS/Eric Gaillard (CHINA)
長期にわたって現代中国政治をウォッチしてきた矢吹晋・横浜市立大学名誉教授は、中国が直面する最重要課題は、「対トランプ対策及び対北朝鮮対策」とみる。
王氏起用については、「複雑多岐にわたる問題に即座に対応する必要上、舞台裏で活躍すべき役割の人物を表舞台に押し出した」とみる。
さらに矢吹氏は、今回トップ7から外れた習近平側近の陳敏爾氏および胡春華氏について「後継者としての地位に変化が生じたものではあるまい」とし、「二期10年を限度とする」党幹部制度は「中国の党・国家構造の中核」であることに代わりはなく、「習三選論」については懐疑的なのである。
大国願望の原形
王滬寧氏は学者肌で生真面目な性格のようだ。中央入りする直前(1994年)に出版された日記『政治の人生』で彼は次のように書く。
「後世の中国人から『当時の中国人は無能だった。だから中国はこんなになってしまった』と言われないようにしたい。それが私の最大の願望」
習氏が強調する「偉大な中華民族の復興」という大国願望と重なって見える。
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。