クラウドファンディングで株主、場所は寺。塾に通えない子の学力アップに挑む32歳社長

毎週月曜日の夕方、17時半を過ぎると、福岡県糸島市の「学習塾ブランチ」志摩校に制服姿の中学生がぽつぽつとやってくる。

福岡市の中心部から電車で1時間、最寄り駅からさらに4キロ離れ、周囲の建物も少ない。校区は広く、生徒たちの大半は自転車で通塾する。教室管理者の森山文恵さん(32)は、中学3年生の一樹さん(仮名)の姿を見つけると、「この間の模試はどうやった?」と話しかけた。

「数学はできたんですけど、英語が……。答えは埋めたけど、自信がないです」

「でも、埋めることはできたんやね」

一樹さんは笑顔でうなずいた。

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教室には寺や閉鎖された店舗を使う。文字通り「現代の寺子屋」だ。

一樹さんは2年生の秋、中学校の教師の紹介で塾にやってきた。勉強が苦手で、定期テストでは20点台、30点台が並ぶ。しかも、テストが返って来た当日でさえ、自分の点数を覚えていなかった。

ブランチに通う生徒は、成績下位の子どもが多い。劣等感を抱え、「何とかしなきゃ」と思いつつ、何から手を付ければいいか分からない。ここでは、生徒の学年に関係なく、つまずいたところまで戻って勉強する。

一樹さんは塾で勉強している最中でも眠ってしまうことがあった。けれど3年生になり、少しずつ成績が上がり、テストで平均点に近い点数が取れるようになると、自分からテストの結果を森山さんに報告するようになった。目指す高校の偏差値は48。1年前は高い目標だったが、射程に捉えつつある。

2013年に個人塾からスタートし、今は福岡県内12カ所でブランチを展開するコラボプラネット(福岡県糸島市)の創業者、西原申敏社長(32)の方針は明快だ。学力格差の問題を解決するには、教育サービスの手が届かない子どもたちに寄り添わなければならない。

「だから、駅から遠く、子どもが少なく、既存の塾が進出しないような辺ぴな場所でやるんです」

方程式を解けなくても大学に入れる時代

西原さんは大学卒業後、福岡市の就職支援サービス会社に就職し、キャリアコンサルタントとして企業と大学をつなぐ仕事をしていた。大学からは、能力・性格を測る指標として採用試験によく使われるSPI試験対策を求められた。

「実際に指導してびっくりしました。中学で習う連立方程式を解けない大学生がたくさんいたのです」

同時に、企業からは「最近の大学生の学力低下」について再三指摘された。

西原社長

4年前に仕事の傍ら、夜間に一人で補習塾を始めた西原社長。今年に入って教室数を拡大している。

中学で習った問題が解けず、勉強が嫌いなのに、大学に入れる「全入時代」。しかし、社会人生活でも勉強は必要だ。中高生のうちから、受験対策を超えたキャリア教育が必要なのではないか。自宅近くで子ども関係のボランティアに参加し、自分の問題意識を問いかけた。しかし母親たちはこう答えた。

「将来のことも大切だけど、中間テストや期末テストの方がよっぽど大事」

子どもたちと保護者と自分。視線の先にあるものに多少のずれはあるが、皆が「学力」の底上げを求めている。2013年、自宅近くで補習塾を始めた。その翌年には2カ所目の教室を開設し、他の仕事と掛け持ちしながら週4日、夜間に小中生に勉強を教える生活が始まった。

少ない負担で通えるよう経営効率の悪い立地

塾講師をやってみて、分かったことがある。

塾・予備校産業は1兆円市場とも言われる。しかし、大手やチェーン塾は人通りの多い駅付近に集中するため、駅から離れたところに住み、交通の足がない小中学生は通いにくい。

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鉄道沿線には塾が多くあるが、ブランチはあえて繁華街から離れた場所に塾を開く。

コラボプラネット

西原さんは「生徒の通いやすさだけでなく、講師や物件の確保を考えると、便利な場所でないと経営が成り立ちにくいのです」と説明する。

進学校受験を目指し、教育への投資を惜しまない家庭は、高い授業料や送迎もいとわないが、学力が低い子どもの家庭ほど、授業料にもシビアになる。

少ない負担で、塾に通ってもらえるシステムを——。試行錯誤を重ね、西原社長はITと地域の人たちの協力をフル活用した、「現代版寺子屋」の仕組みに行きついた。

運営コスト6万円、教室は寺でスタッフは地域の人

今、ブランチは全校生徒200人以下の学校の校区内かつ既存塾が少ない場所を中心に出張塾を開いている。

週2回(各60分)通う場合、月謝は中学生1万2000円、小学生1万円。月謝を安くするため、さまざまな工夫によって各教室の運営コストを月約6万円まで抑えた。

まず、教室は地域の人から格安で借りている。公民館や商工会の集会室、空き店舗や寺の一角を使わせてもらうこともある。

教室を管理するのはシニアや主婦。勉強を教えるプロは少ないが、民生委員やボランティアなどで、普段から地域社会と関わっている人が、時給800円台で引き受けてくれている。

風景

学習塾ブランチ志摩校から駅に向かう道。夜は人通りが少なく、親の送り迎えがないと、駅前の塾に通うのは難しい。

教室管理者が教室でパソコンを立ち上げると、本部で作成した生徒たちの授業計画が届く。生徒たちは計画に沿ってeラーニングで勉強を進める。

講師はおらず、自習スタイルが基本。教室のスタッフが対応できないような質問は、九州大学の寮で待機している学生が、オンラインで教える体制を取っている。受験指導や面談は、本部のスタッフが教室を巡回して行うという。

かつて炭鉱の街として栄えたが、最近は人口減少が進む福岡県田川市にある伊田商店街校は、その名の通り、商店街のコミュニティースペースを利用している。教室管理を担当する金子和智さん(47)は、「子どもの学力の低さは、地域の大きな課題になっている。商店街の一角を利用した低価格の塾は、これまでいろいろな理由で塾に通えなかった子に勉強する機会となり、当事者だけでなく、地域にとっても意味がある」と話す。

クラウドファンディングで株主募集

1教室当たりの採算はぎりぎりで、事業としては赤字。コラボプラネットは塾事業と並行し、企業のシステム開発を受託して、経営を維持している。塾事業を黒字化させるには「薄利多売」、つまり多くの教室を運営することが必要だ。同社は将来の上場をにらみ、ソーシャルビジネスに出資するファンドから今年5月、2000万円を調達した。しかし、今後教室を増やすためにはさらなる先行投資が必要になる。

西原さんによると、ブランチのターゲットである交通不便な小規模学校校区の教育市場は1000億円規模と試算されるという。とはいえ、赤字のままでは銀行から融資を受けるのは難しい。

西原さんは11月13日、「今日も銀行さんに言われました。志は分かるけど、都市部でやった方がいいんじゃない? 今のスタイルを貫きたいなら、NPOでやればいいと」と話した。

薬局

かつて薬局だった空き店舗。ここも週に2回、塾の教室になる。

「けれど、補助金がないと成り立たない経営はしたくない。4年続けて、ビジネスの形も見えてきましたし」

教室開設資金を確保するために挑戦したのが、クラウドファンディングサイト「FUNDINNO」で株主を募る方法だ。10月21日にスタートし、3週間で94人から約1400万円を調達したが、最終日の11月20日までに目標額1850万円に達しなければ、募集は中止される。今週が正念場だ。

「何でそんな効率の悪いことをやってるの? とよく聞かれます」

夕方から始まる授業の準備の手を止めて、西原さんは笑った。

「勉強が苦手な子の多くは、高校卒業後すぐに働くことを希望しますが、その場合、地元で職探しをする傾向が強いです。けれど、地方は大都市より仕事が少ないし、勉強は卒業後も必要です。小中学生のうちに、やればできるという自信をつけてほしいし、それが地方で生きていく力にもなります。塾通いが当たり前の時代だからこそ、誰もが通える塾を増やしたいのです」

(文・浦上早苗、写真・コラボプラネット提供)

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