したいこと全部やったら複業に——ソニー、リクルート×起業が自分の価値

女の子の「かわいい!」という感性を切り口に、地方の魅力的な商材を発掘し、新たな視点でプロデュース。若者・女性に届くコンセプト開発や販路開拓を提案し、オリジナルの商品開発も行うハピキラFACTORY(以下、ハピキラ)。日本郵便など“巨人”と連携する思い切りのいいビジネススタイルも注目されている。

率いるのはミレニアル世代女子、社長の正能茉優さんと副社長の山本峰華さんだ。学生時代に起業、大手企業に就職しても二兎を追い続けるボーダレスワーカーの道を選んだ。「ハピキラと会社の仕事、どちらもやるからできることがある」という2人に、複業研究家の西村創一朗さんが迫ります。

ハピキラ+西村さん

ハピキラの正能さん(右)と山本さん(左)。大学時代に意気投合し、一緒に起業。卒業後は大企業に就職するもベンチャー経営も続け、二兎を追っている。

撮影・今村拓馬

正能さんと山本さんに学ぶ、ボーダーレスワーカーの仕事術

・将来から逆算せず、今楽しいことに集中する。

・1人でできないことも、2人ならできる。

・「小さな存在」のままダイナミックに動く。

西村創一朗さん(以下、西村):ハピキラの活動は複業モデルとしても注目されていて、代表の正能さんはメディアやイベントにも引っ張りだこですね。パートナーの山本さんと一緒にメディアに出るのは久しぶりだとか。

正能茉優さん(以下、正能):2人で話せるのがうれしいです! 今日は2人でたくさんお話させてください!

西村:山本さんは僕がリクルートキャリアで働いていた時の3年目に入社してきて、当時から「すごい子が入ってきたなぁ」と注目していました。新婚ですよね

山本峰華さん(以下、山本):はい、昨年25歳で結婚しまして、今朝もしなびた野菜をピクルスに漬けることから1日が始まりました(笑)。

「超怒られているギャルがいる」

正能さん

撮影・今村拓馬

西村:ライフプランについても後でゆっくり聞かせていただくとして、まずはハピキラを始めた経緯を聞かせてください。

正能:私たちはSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)という同じ大学で、山本は私の1個上の先輩です。仲良くなったきっかけは長野県小布施町で開催されたまちづくりインターンシップに参加したこと。当時、国交省が全国の自治体で横断的にプロジェクトを展開していて、小布施町の担当職員に教授の知り合いがいたご縁で、慶應の学生に声がかかりました。

山本:周りは建築系の学生ばかりで、私たちは建築のことはよくわからなかったからすぐに意気投合したよね。「なんか、みんな道路の話ばっかりしているけど、なんか違う角度からまちづくりのこと話したいね」って。実は茉優ちゃんとは小布施で会う前から授業で見かけたこともあって、茉優ちゃんの第一印象は「超怒られているギャルがいる」(笑)。

正能:そうそう。私、小学生の頃から読売新聞の子ども記者をやっていて、「将来は新聞記者になります」という話をして、当時SFCに入ったんです。それで、1年生の夏のとある授業で、先生から「あなたは入試のときから何も変わっていない。SFCに入った意味はあるのか?」って正論で詰められて教室で泣きました。それで「新聞以外のことだってできるんだぞ」と先生に見せようと思って、特にまちづくりに興味がないのに応募したのがきっかけです。確かに見た目は、金髪につけまのギャルでした(笑)。

山本:私は単純に「ただで2週間、長野に行ける」という動機だったけれど、やっぱり自分がやりたいことを探す一環だったかなと思います。SFCに入学して以来、周りに圧倒されてコンプレックスだらけで「どうしよう、私の強みって何?」って、いろんな社会人の先輩に会いに行ったり、NPOに参加したり、カンボジアやインド行ったりして忙しかった。

正能:そういえば、インドの人みたいに、おでこに赤いのつけてたときあった。

山本:血迷ってたから(笑)。

長野県小布施町のまちづくりインターンシップで出会った2人は、「道路以外に町が元気になる方法はあるはず」と主張。町長とアイデアを練る中で浮上したのが、毎年1月にスイスのダボスで開催される国際会議の“小布施版”を開催するというものだったという。

正能:ダボスという場所は、もともと特に有名な場所ではなかったのに、あれだけの世界的な経済会議を開催したことで、一気に有名になった。だったら小布施でもできるんじゃないかと。小布施って長野県で一番小さい町だけど、ダボスと同じことして成功したら、私たちヒーローだよね? って盛り上がって企画したのが「小布施若者会議」。でも、これが大変だった。準備に2年もかかっちゃいました。

西村:へぇー! 足掛け2年もがんばったんだ。

女子は地方を“食わず嫌い”している

山本さん

撮影・今村拓馬

山本:人口1万人の小布施に240人の参加者を集めたんですけど、まず泊まれる宿がない。Airbnbもまだ日本で使えない頃だから1軒1軒交渉するしかありませんでした。広い施設もないから学校の体育館に場所を作ったり。地道な準備を2年間ずっとやって。当時は、必死でした。

正能:でも、当時は当たり前のようにやってました(笑)。小布施若者会議は今年で5回目を終えて、6回目の準備中。しかも参加者が他の地域でも若者会議を展開してくれて、今は全国9自治体まで広がっています。広がることは、一つの力になるから。

西村:ブランド化され、横展開もされている。すごい。

正能:でも、私たちは初回から気になることが一つだけありました。それは、参加者に女性が圧倒的に少なかったこと。男女問わず声をかけたし、Facebook広告も打ったけれど、1回目の参加者の女性の割合は23.8%。3割にも満たないなんてどうしてだろう? と考えている中で、私たちが初めて小布施に降り立った時の気持ちを思い出してみたんです。

西村:どんな気持ち?

正能:「本当に何もない!」です(笑)。歩いていける距離にもなくて、衝撃でした。でも、小布施に通ううちに、道ですれ違う人がいつも挨拶してくれてうれしい気持ちになったり、街の人が小布施に住んでいることを誇りに思っていたり、地元で長く愛されているお菓子を食べさせてもらったりすると、「小布施、案外イケてる説」が自分の中で浮上してきたんです。

つまり、大多数の女子は、自分と同じく、地方を“食わず嫌い”してしまっているのではないかと。であれば、女の子が好きな入り口を用意して、結果として地方を知ってもらえれば、地方と女の子はもっと近づけるんじゃないかと。そこで思いついたのが、地方にあるイケてるプロダクトを可愛く変身させて女の子に売ればいいんじゃない?ということでした。そう思いついて誘ったのが、山本。それが2012年の頃なので、2人でお仕事を始めて、かれこれ6年目ですね。

「地方のイケてるプロダクトをちょっと可愛く変えて売る」。その成功モデルとなったのが、2013年2月に世に出した「かのこっくり」だ。100年の歴史を持つ老舗の和菓子店・小布施堂の定番商品を、赤いハートのパッケージでリニューアル。渋谷パルコを中心に販売し、競合ひしめくバレンタイン期間に1週間で2000個売り切った。初打席ホームランはどのように生まれたのか。

かのこっくり

2000個売り切ったバレンタイン用の「かのこっくり」

提供・ハピキラ

西村:まちづくりのソリューションとして、外から人を連れて消費させるインバウンドの発想ではなく、もともとあるものの魅力を磨いて外に売り出すアウトバウンドの発想から、2人は地元の定番商品「栗鹿の子」に着目したんですよね。なぜこれだったんですか?

山本:単純に、おいしくて感動したから。栗と砂糖だけを混ぜたシンプルなお菓子なんだけど、本当においしいんです。若者会議の差し入れでいただいて、「何これ、すごいおいしい! でも、パッケージがいまいち」って(笑)。

とてももったいないです、という話を社長に直接しに行ったら、「バレンタインで売れなくて困っているんだよ」って。見てみたら、いつもの包装に銀色のシールで「HAPPY Valentine」って貼ってあるだけ。「私たち目線だと、全然売れる気がしないです。よかったらプロデュースさせてください」って提案したら、OKに。若者会議で小布施に2年間通って、ある程度の関係性ができていたからだと思います。

撮影前日なのに商品ができていない!

正能:でも、そこからが事件でした(笑)。そもそもハピキラを始めようと思ったのが9月下旬。その後、小布施堂と交渉してOKを頂いたのが10月。世のバレンタイン商戦って、売り場獲得からメディアの仕込みまで、夏には動き出しているんですよね。でも、当時の私たちは本当に無知でした。「1月に百貨店に頼みに行けば店頭に置いてもらえるよね」くらいに考えてました(笑)。とりあえずPRからって思って、商品もできていないのに、「慶應の女子が地方とコラボしてバレンタインスイーツ作ります!」みたいなリリースを作ってあいさつ回りをしたんです。そうしたら、ある有名な雑誌が「バレンタイン特集」に入れてくださることになって。取材が来たのはうれしかったのだけど、2月発売の記事の取材は11月くらいなんですよね。まだ商品すらできていないのに、撮影がもう明日ってところまで来ちゃって。

西村:ピンチだ!

山本:慌てて(画材専門店の)世界堂で紙を買って、茉優ちゃんの友達の美大生の友だちにお願いして、新宿のマックでひたすらハートを描きまくって、試作品を20個くらい作って。「どれが一番かわいい?」って決めたのがこの赤いパッケージ。茉優ちゃんがフリーハンドでサッと描いた絵だったよね。

かのこっくりを持つ2人

提供・ハピキラ

西村:ちょっと不ぞろいな形がまたいいですね。

正能:なんてったって、手書きですからね(笑)。

山本:でも、これ、不ぞろいな形ゆえに量産できないんですよ。全部手作りです、2000個。

西村:2000個の箱を手作り⁉

山本:本当は数百個と思っていたけど、箱の業者さんとやりとりをしてみたら、最小ロットが2000個。当時はロットという概念を知らなかったんです。「そんなに売れるかな」と思い始めて。とりあえず売り場を確保しよう! 若者といえば渋谷だ! と、パルコにお願いしたら「もうバレンタイン売場は全て決まっているけれど、ここならいいよ」って1階のエレベーターの前に机だけ置かせてもらえることになったんです。

西村:普通は門前払いなのに、 どうして話を聞いてもらえたんですか?

山本:役員の方に知り合いがいたんです。血迷っていた時代にたくさん会った人の中にパルコの役員の方がいたのを思い出して連絡を取りました。

西村:迷いの時期に動いていたことで、将来につながる縁をつくっていたなんて。

正能:でも2000個って実際に見ると、結構多いんですよ。「これ、私たちが全部売るの? 」って半泣きの半笑いです。

山本:完全に手探り状態。友だちにもお願いして、短いスカートにハッピを着て売りました。でもPRを頑張っていたおかげでフジテレビの「ニュースJAPAN」が取り上げてくれたことで客足が加速して、最終日までに2000個売り切りました。

正能:あの日だけは、世界で一番頑張ったの私たちだ! っていう感じ(笑)。渋谷のまちを歩くのもすごく気持ちよくて……2週間手売りしたからすごく疲れていたはずなのにカラオケオールしたことは、一生忘れないと思います。

まず大風呂敷を広げてあとから回収する

山本:本当にピンチだったのだけど、自分たちの力で乗り越えた、その感覚を持てたのがすごく大きかったですね。その後に何をするにしても、自分の背中を押すような自信になりました。

正能:この時学んだのは、まずゴールとかやってみたいことを先に決めるのが大事だということ。大風呂敷広げて、あとから必死で回収するってことです(笑)。まず「大きいこと、楽しいこと、好きなことをやる!」って決めてから、「じゃあ、どうやる? 」って考えるようになりました。

山本:結果を出したことで、周りの評価もガラリと変わりました。小布施堂の方々は喜んでくれて、温かく迎えられて。皆をハッピーにする仕事ってすごいって思ったし、こういうニーズは他にもあるかもしれないと思えたから続けることにしたんだよね。

その後、同じく小布施町で恋愛パワースポットとして知られる浄光寺の「縁結び絵馬」(2013年)、岐阜県関市の職人と共同開発した「10年使えるMY包丁」(2015年)、茨城県大垣市の特産品である枡をギフトにしたくなるデザインに変えた「MASS MASU」(2015年)など、お菓子以外の商品も続々とプロデュース。“地方”と“女子”をつなげるアイデアは無限に広がっている。

恋愛絵馬

2013年に開発した「縁結び絵馬」。

西村:学生時代に成功したら、学生時代のいい思い出として卒業する人も多いですよね。でも、2人が就職後もハピキラを続けている理由は?

山本:「無理なく続けられると思えた」というのが大きいかもしれません。私と茉優ちゃんが1学年違いだったのは結果的にとてもよくて、私が社会人1年目で大変なときに茉優ちゃんは就活終わって余裕がある時期でした。逆に茉優ちゃんが就職した直後は私にゆとりがあるという感じで、助け合えたんです。

小布施若者会議以来、ずっと密にやってきたから、大事なところは言わなくても分かる。価値観の共有ができていたから、毎日顔を突き合わせなくてもプロジェクトは問題なく進むんだよね。

正能:しばらく会わなくてもLINEがあればどうにかなるし、Facebookのビデオ通話でたいていのことは済みます。

西村:1人じゃできないことも、2人だったらできるということですね。

正能:それは間違いないです。

西村:役割分担はあるんですか?

山本:茉優ちゃんは大きな目標を掲げて相手と交渉するのが得意だから、商品のビジョンを固めたりブランディングしたり、クライアントさんとやりとりは任せています。私はそのビジネスを形にしていくところ。ビジネスモデルを考えたり、お金周りや運用方法、スケジュールを考える係です。

正能:私、人の5倍速で走れるんだけど7割落としちゃうんです(笑)。落し物を全部拾ってくれているのが相方です。

西村:見事な補完関係ですね。山本さんの場合は、就職先のリクルートキャリアが当時から兼業OKだったということも幸いでしたね。

山本:はい。狙ったわけではないのですがたまたま。入社するときに人事に確認しました。

西村:正能さんは、どうして博報堂に入ったんですか?

正能:私の場合、バレンタインの成功が就職活動の解禁とほぼ同じ時期でした。当時いろいろと考えた結果、自分の1時間あたりの価値が最大化できる組織に就職してみようって思ったんです。だから、正直どこでもよかった。博報堂のほか、リクルートなどからも内定をいただいたのですが、決め手がなかったので……最後はクジ引きで決めてしまいました。

仕事も趣味も恋愛も全てをリアルタイムで楽しみたい

西村:えー! そもそも正能さんがどういう仕事観で社会に出たのか、聞きたいですね。

副業をこなすスケジュール

複業をこなすスケジュール。

撮影・今村拓馬

正能:私たちミレニアル世代って、「仕事も趣味も家族も友達も恋愛も、それぞれは65点でいいから、人生を構成する全ての要素をバランスよく大切にしたい」という価値観の人が多いと思います。私の父はバブル世代なので、仕事に100%エネルギーを費やして、友だちづきあいも趣味も定年後のお楽しみっていうタイプだけれど、私は全てをリアルタイムに大切にしていきたい。 となると、仕事にかける時間は相対的に減るから、普通に働けば収入は減るかもしれない。

一方で、私の生活スタイルを考えた時、紅茶はロイヤルミルクティーにしたいし、ハンバーガーにはアボカドトッピングは欠かせない。ぜいたくはしないけれど、人の1.3倍くらいお金がかかる生活をしてしまうんです。だから、少ない時間でたくさん稼がないとダメでしょ?(笑)

西村:たしかに。

正能:つまり、同じ時間で人より稼げるように、1時間あたりの自分の価値を最大化しないといけない。だから、ナンバーワンかファーストワンかオンリーワンの存在を目指そうと思いました。でも、ナンバーワンは学校のテストですら一番を取れない自分が、世の中で一番になるなんて想像ができなくて。ファーストワンもこれだけ人類の歴史がある中で、電気も鉄道も発明されちゃってるし、難しいなと思いました。 じゃあ、私をオンリーワンにするには、どうしたらいいんだろう? と。

昔は女子大生で起業するだけでオンリーワンになったかもしれないけれど、学生起業がそれなりにはやった私たちの世代は結構「女子大生社長」はいるし、「女子高生社長」なんて存在もいるから希少価値はゼロ。思いついたのが、「○○なのに、社長」という存在になることでした。「女子大生起業×皆が知っている会社に入っても複業」だったらオンリーワンの存在になれるんじゃないかと思って、複業の道を選んだんです。

インタビュー時の中村さん

撮影・今村拓馬

西村:自分の価値を高める戦略としての選択だったんですね。山本さんがキャリア戦略として大切にしてきたことは?

山本:とにかく20代の自由にできるうちに価値を貯めておきたいなと思っています。女性は出産というライフイベントでどうしてもキャリアが中断される。30歳で産んで40歳くらいまでは育児に縛られることを考えると、自由に思い切り動けるのは20代だけ。

だから、新卒からすぐに経験を積めるリクルートを選びました。ハピキラでは狭く深く課題を解決できるけど、リクルートでは広く課題を解決できるという点でどちらも経験できることがやりがいです。どちらもやることで、双方の価値も高まるんじゃないかと。ちなみに、私の母も“早産み”で40代以降に自由に楽しく生きているタイプの女性です。母の姿を手本にしているところもあります。

複業のメリットは「待てる」こと

西村:なるほど。「複業でやっててよかった」という経験は?

山本:本業との相乗効果は日々実感していますし、複業ならではの大きなメリットとしては「待てる」ことかなと。同じ商品でも販路次第で売れ行きは大きく変わることがだんだん分かってきて、例えば日本郵便さんと組んで私たちの商品を広げてきたんですが、交渉開始から話がまとまるまで13カ月かかりました。2人で全てを捨てて始めたベンチャー企業だったら、13カ月なんてとても待てません。

西村:大きな組織ほど意思決定に時間がかかるから、そのペースについていけずに手を組めないベンチャーは多いかもしれませんね。その点、複業であれば、本業で収入が確保できている分、「待つ」というカードを切れる。日本郵便とはどんなプロジェクトを?

正能:私たちの会社は「かわいいモノを“つくる”会社」と勘違いされがちなのですが、それだけではモノは売れません。鍵は、販路の獲得。地方のいいものを届ける販路はどこがいいかと、常日頃から考えていました。イオン、セブンイレブン、ファミマ……と候補を考えていた時に、ふと「日本郵便、ありじゃない? 」と思いついたんです。だって、全国どこにでもあるから。郵便局は全国に2万4000局あって、社員さんは42万人。日本の全雇用者数の1%。日本のサラリーマンの100人に1人が日本郵便で働いているってすごいでしょ。そんな人たちがプッシュ型のセールスで窓口で売っているカタログがあるんです。

山本:といってもツテはないので、まずは小布施若者会議で「いかに郵便局に若者を呼ぶか」という題材を取り上げ、日本郵便の人と接点をつくりました。困っていることをヒアリングすると、「窓口で高齢者から『孫に何をあげたらいいかわからない』と相談されても、職員がうまく答えられない」という話がありました。すかさず「私たち、孫世代だから何が欲しいか分かります」って手を挙げて生まれたのが『おばあちゃんこれ買って』というカタログシリーズです。東北地方を中心に販売していますが好評です。

岩手版JOC

岩手県産のものを集めた商品。

提供・ハピキラ

西村:全部がつながっていますね。最後に、これからハピキラでチャレンジしたいこと、目指すビジョンを教えてください。

正能:ハピキラの代表格になる商品を作ること。最近、目をつけているのは羊羹。私、羊羹を心の奥底からおいしいって思えたことがこれまでなかったんです。でも、佐賀県の小城市という場所の羊羹を食べたら、考え方が変わった。佐賀県は羊羹の年間消費量が全国1位なのですが、ここの羊羹がすごくおいしくて。これまでは、心底おいしいと思っていない羊羹を、無難だからという理由で、手土産に持って行ってました(笑)。この「和菓子のザ・定番」を、これからの世代・感覚に合わせて、再定義してみたいんです。

山本:日本郵便の成功例を活かして、販路の開拓もさらに頑張っていきます。同じ商品の横展開も積極的にやっていきたいです。

西村:組織のスケールについてはどう考えているんですか? 事業の成長のために、人を増やすといった計画は?

正能:正直興味がないんです、大きくすることに。去年の年末、友人とサンフランシスコに行き、コーヒーショップを回ってみました。その時にいいなって思えたのは、サンフランシスコで数店舗しか展開していないけれど、こだわりのあるコーヒーを提供するサイトグラスっていうお店。ツイッターやSquare創業者のジャック・ドーシー(Jack Dorsey)が出資して、プロジェクト段階のSquareをサイトグラスで利用していたことでも有名なお店です。私は、そういうのが好き。

4年ほど前にスイスで、世界中の小さな自治体と大企業の役員クラスの人を集めた「Proudly Small」というテーマのサミットが開かれたんですね。そのサミットの結論が「Small is beautiful, when it is not isolated(孤立さえしていなければ、小ささとは美しく誇り高いものである)」と。これだと思って。私たちの存在はちっぽけなんだけれど、自分たちの手の届く範囲でやったことが世の中にきちんと広がって、世の中をハッピーにすることにつながっていけばいい。むしろ組織は小さい方がいいんです。その方が動きやすいから。でも小さいだけだと、ただのちっぽけな存在になってしまうから、ハッピーを広げていくためには大きな相手と一緒にやっていきたい。

正能さんと山本さん

撮影・今村拓馬

想像できるのは明後日くらいまで

西村:すごく面白い。スケールは要件ではないと。これからも複業でやっていくつもりですか?

正能:うーん、将来のことはあまり考えていません。想像できるのは明後日くらい。だって、3年後なんてすごく変わっているはずだし、自分の興味も変わっていると思うから。私は「ビュッフェキャリア」と名付けたのですが、働き方とか生き方の幸せの基本って、「好きなことを、好きなバランスで、好きなだけやること」だと考えています。ホテルのビュッフェに行ったとき、カレーもパスタもおいしそうだったら、両方バランスを見て食べるし、カレーだけがよかったらカレーを満足するまで食べたらいい。

今は2つやっているのが楽しいから2つやる。もっと食べたかったら増やしてもいいし、おなかいっぱいだと思ったら減らす。

山本:うん。今楽しいことをやるということが大事だと思っています。私もやりたいことをやった結果、複業になっていたというだけ。もう1つやりたいことができたら3つになるかもしれない。それぞれの人生のフェーズに合わせて、キャリアを選択できると良いですよね。

西村:本当の意味で等身大の、今この瞬間を大事にするキャリアの描き方ですね。

正能:私たちが人生の一部として「仕事」を捉えて、楽しく幸せに生きる道って、そういうことなのかなと思います。

西村:2人がどんなふうに世の中を面白く変えてくれるか、これからも注目しています。

(構成:宮本恵理子)


正能茉優(しょうのう・まゆ):1991年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中に「小布施若者会議」を創設し、その後ハピキラFACTORYを設立。卒業後は博報堂に入社し、ハピキラの活動も継続。2016年ソニーに転職。経済産業省「兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する研究会」の最年少委員にも。北海道天塩町の政策アドバイザー、慶應義塾大学SFC研究所上席所員でもある。

山本峰華(やまもと・みか):1991年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中の長野県小布施町のインターンシッププログラムで正能さんと出会い、共に「小布施若者会議」を創設。正能さんに「頼むから一緒に」と声をかけられ、ハピキラの取締役に就任。卒業後は、リクルートキャリアに入社し、会社公認でハピキラの活動も続けながら、ベンチャー企業の立ち上げサポートなどをしている。

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