新生MERYのイメージ画。ビジョンは「女の子の毎日をかわいく」、ミッションは「『好き』に出会える、『好き』を届けられる世界をつくる」。
提供:株式会社MERY
2017年11月21日、女性向けメディア「MERY」が再開する。いわゆる「WELQ問題」に端を発する記事盗用問題などから、DeNAが10のキュレーションメディアを閉鎖してから11カ月。新生MERY社は小学館66.66%、DeNA33.34%の共同出資で発進する。一体どんな「メディア」を目指すのか。
WELQ問題:DeNAが運用する医療系まとめサイト「WELQ」で、不正確あるいは出典元が不明な画像が使われた記事が次々と見つかった事件。事件を受け、最終的にDeNAは運営する10のキュレーションメディアの記事を全記事非公開とした。
小学館のデジタル事業の期待を背負う
小学館が実質的に「MERYを引き継ぐ」ことについては、メディア業界では賛否両論。「小学館社内でも『なぜMERY?』という声は少なくない」(小学館関係者)と、社内外を問わず「小学館の狙いは一体何なのか?」という疑問の声がいまだ根強い。
若者に熱狂的なファンを抱えるMERYというブランド力は、確かにある。しかし、旧MERYのコンテンツは流用しないとはいえ、コストをかけて良質なコンテンツを作る出版社と、低コストで大量の記事を量産する「キュレーションメディア」(DeNAは“プラットフォーム”と位置付けていた)とでは、文化的背景がまったく異なる。両者がどこで歩み寄るのか。旧MERYファンもメディア関係者もこの点に注目している。
右:MERY社社長・山岸博氏。1973年小学館入社。女性誌・プチセブンやCanCamの編集長を歴任し、2017年に小学館副社長に就任。左:MERY社副社長・江端浩人氏。コカコーラ社でオウンドメディアの立ち上げを担当、マイクロソフト社でもデジタルマーケティングに従事。現在、DeNA執行役員 メディア統括部長。
写真:西山里緒
小学館の狙いの一端は、デジタルネイティブなブランドとコンテンツ制作手法の確立という「デジタル戦略」にあると言うのが一般的な見方だ。小学館の副社長でもある山岸氏も「(旧MERYのノウハウには)グロースハックから会社のあり方まで、学ぶことが多い」と、MERYから得られるノウハウについての期待を隠さない。
多くの大手出版社と同様に、小学館も過去にWeb業界経験者を内部に取り込み、デジタル戦略に取り組んできた。しかし大成功、とはいっていないのも実情だ。山岸氏は「(デジタルの世界で)ぶっちぎりのトップを狙っているわけではない。いっちょまえにデジタルもできる会社になりたい」と言う。MERYでこの流れを巻き返そうという意図が見え隠れする。
「経験不問・時給1000円」の公認ライター
「(時給制にした理由は)短時間で記事を執筆する必要なく、きちんと(記事を)作っていただくため」(江端氏)
写真:西山里緒
新生MERYのコンテンツ制作を担うのは「MERY公認ライター」と呼ばれる50人ほどのライター陣だ。現在公開されている求人要項によると、「経験不問、18歳以上(高校生不可)、時給1000円」といった条件が並ぶ。
出版社では「原稿料」という形での成果報酬型の支払いが一般的だが、なぜ時給制を採用したのか?
江端氏は「クラウドワーカーは文字単位での成果報酬なので、短時間で記事を書くことに価値が置かれる。時間給だと、短時間で記事を執筆する必要性はないので、きちんと(記事を)作っていただける」と語る。言い換えれば、質の担保のためにあえて時給制にした、ということだ。
山岸氏によると、ライターの多くは10代後半から20代前半の読者に近い年齢層。旧MERYで書いていたライターもいれば、執筆経験のない人もいるというが、採用にあたっては過去の経験は「不問とした」。一人一人面接をし「情報の発信力があるか」「何かに強い興味を持っているか」などを基準に選抜した。
旧MERYの大きな問題であった「コンテンツの盗用」は新体制で絶対に再発させてはならない、いわば「約束」だ。公認ライターによって書かれた原稿は、小学館関係の編集・校閲チームが正確性・言葉づかいをチェックしたのち、別の小学館スタッフによって著作権の確認が行われる。また「(旧MERYでは)ほとんどノーチェックに記事が公開されてしまっていた」(山岸氏)ことの反省から、公認ライターは小学館社員による研修を受けることが義務付けられている。
MERY社が説明する記事作成フロー。「すべての記事は編集部と校閲の二重チェックされてから公開する」とされる。
提供:株式会社MERY
江端氏は「(旧MERYの制作手法である)SEO対策の記事をクラウドソーシングに発注する、というやり方は一切取らない」とも断言する。
一言で言えば新生MERYは、MERYらしい「若者世代のグルーヴ感」を同世代の筆者たちによって作り出しながら、小学館のプロたちが「オリジナルコンテンツ」と呼べるのかチェックし、太鼓判を押されたものが世に出ていくメディアだ。
このやり方なら、確かに一定の品質は担保できる一方、1記事にかかる労力と生産のスピードは大きく下がることになる。
実際、公認ライターと編集部の間で何度も記事をやりとりすることもあり、取材した11月上旬時点でストック原稿の納品状況は「数十本で、遅れ気味」だとも明かした。
MERYらしさとは一体何か?
小学館側を中心とした新生MERYのポリシーの中で、「MERYらしさ」はどう作り上げられていくのか。そもそもMERYらしさはどう受け継がれたのか。
江端氏によると、旧MERYに関わっていたスタッフは、開発・システム周りや管理部門に十数人ほど残っている。一方でコンテンツ面に関しては、旧MERYのスタッフが「MERYらしさ」を表現するようなディレクションをしているわけではないという。
CanCamなどトレンドに敏感な女性誌の編集長を経験してきた山岸氏は、「ほぼ1年間のブランクを経て、世の中の流行も変化している。(運営再開したからといって旧MERYと地続きに)同じものにはならない」と、冷静に分析する。
だから、旧MERYからの直接的な方針の移植はしない。しかし、「読者に肌感覚が近い『MERY公認ライター』が作り上げていく世界は、新生MERYにも受け継がれていくはずだ」と、同世代によって生産されるコンテンツで、MERYらしさを作っていく、という方針だ。
著作権侵害の補償はDeNAが行う
新生MERYでは「非公開化前の旧『MERY』の記事は一切使用しない」(公式サイトより)。
提供:株式会社MERY
新生MERYについて二人の経営陣の語る言葉を聞いて感じるのは、MERY社は「事業を走らせながら考える」をやっているのだろうということだ。全ての形を決め、全ての問題の決着を待ってから事を進める、という大出版社的な意思決定は、あえてしていないように思える。
例えば、あるベテランライターは、冷静に振り返ればDeNAのキュレーションメディアが「盗用したかもしれないコンテンツ」の権利確認は実際のところ何も落着していないし決着もしていない、と指摘する。DeNA側が「このまま記事を提供し続けることは許されないと判断し」(2016年12月1日発表のプレスリリースより)、全コンテンツを公開停止しているためだ。第三者委員会が指摘した、盗用の可能性があったとされる74万7643点の画像も含め、誰も確認できなくなっているのだ。
DeNAには問い合わせ窓口はあるものの、DeNA側で確認するのは、自社で転載元URLを把握している記事や画像のみだ。例えば、まとめサイト経由で画像などの盗用があった場合は、この仕組みでは探し出せない。また申請にあたってはその画像などの著作権が自身にあることを証明する必要もある。前出のライターは、こうした非現実的な窓口システムになっている点を問いただしてもこう着状態だと語る。
MERYはもう一度、若年女性層の人気を獲得することができるのか?
写真:今村拓馬
MERY社としてはこれらの補償や確認義務はDeNAにあるという立場だ。とはいうものの、未解決の問題を現在進行形で持っているブランドを引き継ぐ道義的責任はある。実際、禊(みそぎ)の終わっていない状態での再スタートを批判する人も少なくないはずだ。
「古いMERYで起きたいろんな出来事に関しては、DeNAさんが責任を持って解決するという話になっていて、我々はそれ以上のものではない。私たちは前を向いて仕事をしていく。ああいうことが起こらないように、自分たちで一生懸命つくりあげていく、そこで信頼を得るというやり方しかないんじゃないのか」
山岸氏・江端氏は、Business Insider Japanの質問にこう答えた。
MERYブランドは「ちゃんとしたメディア」になったのか。そして旧MERYのファンがもう一度面白いと戻ってくるコンテンツにはなったのか。さまざまな人の想いと期待を巻き込みながらオープンする、新生MERY。サイト公開は明日、11月21日だ。
(文・西山里緒、伊藤有、撮影・西山里緒)