弁護士まで騙されたのか——不動産詐欺事件の最高裁判断で問われる役割

最高裁外観

“最後の審判”を委ねられた最高裁判所。その判断次第で犯罪を誘発するとなれば皮肉な話だ。

あなたの土地や家が知らないうちに売買される —— 。不動産の所有者に成り済ました「地面師」と呼ばれる詐欺師が、暗躍している。偽造書類の精度が上がり、巧みに役割を分担するなど手口が高度化、大手企業が手玉に取られるケースも続出しているのだ。

そんな地面師事件をめぐり最高裁判所の判断が注目を集めている民事訴訟がある。一審と二審で正反対の判断が示された訴訟で、最後のとりである最高裁の判断次第では犯罪を誘発するかもしれないと言ったら、穏やかではないだろう。それ以上に、この裁判で注目されるのが、弁護士の役割である。

巨額の金を手に闇に消えた

裁判記録や関係者の証言などを基にあらましを再現してみよう。

事件の舞台となったのは、東京都港区南麻布の高級住宅地。不動産ブローカーを営む青山氏(仮名)のもとに、旧知の業者から約100坪の不動産が2億5000万円で売りに出ているという情報が舞い込んだのは2013年10月のことだった。聞けば遺産相続した不動産を処分したいため、現金一括で支払いをするのが条件という。

青山氏は登記簿謄本で抵当権が設定されていないことを確認して現地を下見。これまでも売買話を取り持ったことのある花田氏(仮名)に持ち掛けて、2014年2月26日に売買契約が成立、代金が支払われた。

ところが、売り手が本物ではなかった。3月31日、知らないうちに不動産移転登記がされていることに気づいた本当の不動産の所有者が、不動産処分の禁止の仮処分を裁判所に申し立てたことで発覚、売買は無効となった。成り済ました人物(道子=仮名)は、巨額の金を手にして闇に消えてしまった後だった。

そこで花田氏は、道子を本物であるとお墨付きを与えた山田弁護士(仮名)にも過失があるとして、損害賠償を求めて東京地方裁判所に提訴したのだ。

問われているのは弁護士の注意義務

空き地

不動産取引を巡り、詐欺師達が暗躍している(本文とは関係ありません)。

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今回の訴訟が注目されているのは、弁護士にどこまで注意義務が課せられているかが問われている点だ。通常ならこうした取引に弁護士が介在する必要はないが、本物の不動産所有者であれば持っているはずの「登記識別情報通知」という書類を紛失したとして、道子が山田弁護士に「本人確認情報」を作成するよう依頼してきたのだ。

本人確認は、弁護士のほか司法書士や公証人などに頼んでもいい。ただ、こうした業務に精通していない専門家も多く、山田弁護士も当初は固辞していたが、最終的には手数料30万円で引き受けた。

問題は本人確認がきちんとなされたかだ。山田弁護士は、道子に持参させた住民基本台帳カード(住基カード)を手に取って不自然な点はないかチェックした上で、道子に見えないようにして氏名、住所、生年月日などを答えさせて記載内容と合っているかどうか調べている。さらに後日、追加資料として道子が不動産を相続したことを示す「遺産分割協議書」を提出させた。

これが本人確認に至る経緯だが、万全を尽くしたかというと疑問は多い。

確かに住基カードは精巧に偽造されてはいたが、道子が事前に情報を暗記しておくことぐらいは容易に想像できる。実はこのカードには QRコードも印刷されており、後に控えていたカラーコピーを読み取ると、本物の生年月日とは違う数字が出てきたことが分かっている。

実際、成り済ましを疑うに足る材料は少なからずあった。遺産分割協議書には、相続開始日が誤っていたり、平成44年と書かれた日付があったりと、不自然な点が散見されている。道子は山田弁護士との最初の面会で、違う漢字の呼び方で自らの名前を名乗っていた可能性もあるという。後に道子が逮捕された際、本物よりも14歳も年下だったということが判明しており、外見などから疑問を抱いてもおかしくなかったはずだ。

一審と二審で判断真逆のなぜ

一審はこうした点を考慮したのだろう。遺産分割協議書の誤記に関して調査、確認を怠ったなどとした上で、成り済ましを疑う事情があったというべきであり、本物の人物の自宅を訪ねたり、確認文書を送って回答を求めるなどの義務があったと結論づけ、過失相殺した上で山田弁護士に1億6000万円を支払うことを命じた。

ところが、二審の東京高等裁判所は正反対の判断を示した。偽造住基カードに外見上不自然な点はないためQRコードまで読み取る義務はなく、遺産分割協議書には付記されていた印鑑登録証明書に不自然な点がないため誤記は問題にせず、名前の読み方の違いもそうした事実があったと認めるに足る証拠はないと、ことごとく否定。年齢による風貌の違いについては個人差があると切って捨てた。

そのうえで、山田弁護士は住基カード提示以外の方法で本人確認すべきという注意義務があったとは認められないとして、花田氏の全面敗訴となった。花田氏の代理人は「二審は木を見て森を見ずと言った印象だ。当時、山田弁護士が亡くなっていたため、直接尋問できなかったことも影響しているのではないか」と語る。花田氏は判決を不服として今年6月、最高裁に上告、“最後の審判”が委ねられることになった。

では、今後どういった展開が考えられるのか。そもそも最高裁は、憲法違反や判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反などがない限り、上告を受け付けない。そのため、このまま門前払いして二審を支持することは大いにありうる。対して花田氏側は、上告受理を申し立てた書類の中に新たな証拠を提出、分厚い扉をこじ開けたいと期待する。

その証拠とは、起訴された道子の刑事裁判の中で提出された検察の供述調書だ。道子が花田氏と並行して別の人物にも売買を持ちかけたが、成り済ましを疑われて成立しなかったことが触れられている。しかも、そこには山田弁護士も同席し、道子とともに厳しくなじられたという。もしこれが事実であるなら、花田氏との契約時点では山田弁護士は成り済ましの可能性を認識していたわけであり、本人確認の注意義務を果たしたとはとうてい言えない。

弁護士巻き込めば万全のシナリオ

弁護士バッジ

今回の最高裁判決で、改めて弁護士の役割が問われている。

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この新証拠がどう影響するかは不透明だが、一つ言えるのは最高裁の判断によって法曹関係者に全く違うメーセージを送るという点だ。

仮に二審を破棄して差し戻すなど、結果的に一審に沿ったものになれば、弁護士が法律の専門家として仕事を引き受けた以上、手抜きするのは許されないと取れるだろう。実際、一審の判決は法律専門誌でも取り上げられており、裁判所にとっては法曹関係者への今後の指針となるような“自信作”だったとみられる。

逆に二審に沿ったものになれば、体裁だけ整っていれば、弁護士の果たす仕事はそれでいいと取られても仕方ない。それは地面師たちにとって“朗報”かもしれない。不動産業務に疎い弁護士をだませば、不動産関係者を信じ込ませるのは格段にたやすくなる。冒頭の青山氏は「われわれは弁護士の先生がお墨付きを与えたものを疑えない。バッジを付けているというのはそれだけの責任があるはず」と語る。

今回の地面師事件は詐欺グループが仕組んだものの一つに過ぎず、道子は下っ端として指示通りに動いただけということが分かってきている。案件の発掘や書類の偽造、だまし役の“役者”など役割分担がなされた、いわばプロ集団であるとみられる。ここに、弁護士まで巻き込んでしまえば万全のシナリオを組み立てるのは難しくないはずだ。

国策による“大量生産”の影響で、食えない弁護士が世にあふれているのも事実。考えたくはないが、責任は取られないからと因果を含めることで多少危うい話でも飛びつかないとも限らない。もし、最高裁の判断が、そうした状況を加速させるのであれば、皮肉な話というほかない。

なお、山田弁護士側の代理人は「裁判所で事実関係を調べてもらった上で判断を受けたい」として、Business Insider Japanの取材には応じなかった。

(文・写真、田中博)

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