十数年前、広く注目を集めた日本の電気自動車(EV)があった。8輪車の長い車体に、ポルシェのスポーツカー並みの加速……。EV時代の到来を予感させたが、量産には至らなかった。名前は、Eliica(エリーカ)という。
開発の中心を担ったのは、慶応大名誉教授でE-gle(川崎市)の社長を務める清水浩氏(70)だ。
アメリカのカリフォルニア州や中国、インドなど、各国が次々にEVを推進する政策に舵を切るいま、日本は出遅れたようにも見える。これまで15台の電気自動車を試作してきた研究者は、日本の現状をどうみているのだろうか。
清水氏は「日本が発明して、育ててきた技術がEVの基本になる」と、日本の優位を予測する。
2004年に開発したEliica。
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「もう言い訳ができないところに来ている」
ZEV(Zero Emission Vehicle、排ガスゼロの車)を進めるアメリカのカリフォルニア州は、州内で自動車を販売する企業に対して、2018年モデル以降の自動車についてZEV対応を義務付ける規制を強化する。2017年6月にはインド政府が、2030年までに同国内で販売される自動車をすべてEVに限るとの方針を明らかにした。大気汚染に苦しむ中国政府や、イギリス、フランスもEVの普及に舵を切っている。
清水氏は「日本を除く主要な国々が、何年までにどうするという具体的な政策目標を掲げ、表立ってEVに向かいはじめた。これは、いままでにない大きな流れだ」と話す。
流れをつくったのはやはり、イーロン・マスク氏が率いるテスラ社の存在が大きいとみている。
「メーカーは今まで、電気自動車は難しい、難しいと言ってきたが、現実にテスラの車が売れ始め、もう言い訳ができないところに来ている」
40年間、EVの開発に携わってきた清水浩氏。写真右には2012年の試作車SIM-WIL。
撮影:小島寛明
EV関連の技術も、一気に進化している。
日産の新型EV・リーフSは希望小売価格で約315万円。フル充電した状態の航続距離は400キロまで伸びた。とはいえ、エアコンを使えば航続距離は短くなる。
「話半分としても、航続距離200キロ。電池は、千回程度のフル充電とフル放電を想定しているでしょうから、20万キロは使えるという計算ができる。これなら買ってもいいかなと思う人は少なくないでしょう」(清水氏)
リーフは、従来の自動車よりランニングコストを抑えることができそうだ。日産が販売店などに設置した急速充電器は、月額2000円で使い放題。ただ、充電には40分程度かかるという。
7年で技術は完全に入れ替わる
では、EVは本格的な普及期に入ったと考えていいのだろうか。
清水氏は「まだ普及期とは言えない。あらゆる電気製品には助走期間があって、ある時点で急激に普及する。携帯電話で考えると、EVはいま肩にかける携帯電話みたいなものでしょう」とみている。
肩掛けの携帯電話が登場したのは1980年代の終わりから90年代はじめ。新しいものに目がない一部の人たちが手したものの、カバンのように肩からぶら下げる巨大な携帯電話がはその大きさと重さから普及には至らなかった。
1995年ごろに小型の携帯電話が登場し、2002年ごろまでに一気に普及した。
「お客さんたちが『お、これはいいね』と言えば、そこから新しい時代に入る。工業製品は一気に普及し、7年ですべてが入れ替わる。レコードからCD、カメラからデジカメに入れ替わった時期についても、ほぼ同じことが言える。ただ、電気自動車は1995年の携帯電話に相当するものが、まだ出てきていない」
清水説を基に考えれば、EVは本格的な普及の一歩手前まで来ているのかもしれない。
EV関連の技術は日本に優位が
EVの競争力を決める要素は電池、インバーターとモーターの性能だ、と清水氏は考えている。
「リチウムイオン電池、モーターの高効率化・小型化につながるネオジム磁石、インバーターの効率を高めるガリウムナイトライドは、いずれも日本で発明され、商品化まで育ててきた。EVシフトは、日本にとって大きなチャンスだ」
1982年に試作したA car。
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40年にわたってEVの研究を進めてきた清水氏の最初の試作車は、1982年のA Carだ。これまでに開発した試作車は15を数える。
「そのときどきに、さまざまな機関や企業が、最大で10億円程度の開発資金を提供してくれた。ただ、プロトタイプから信頼性と安全性、耐久性を確保して、商品にするにはさらにひと桁上の資金が必要になる」
2004年に開発したEliicaは、0キロから100キロに達するまで4.0秒。ポルシェのスポーツカー並みの加速性能で注目を集めた。しかし、いずれも商品化には至っていない。
ネックになったのは、車輪にモーターを組み込むインホイールモーターだ。清水氏は、効率が高く、車内を広くできるなどのメリットからインホイールモーターにこだわってきた。
一方で、車輪の重量が、モーターで重くなる。乗り心地への悪影響や、安全性について懸念する声もある。「メーカーの人から素人考えだ、と批判されたこともある」と言う。
しかし、2017年の東京モーターショーでスズキが発表したコンセプトカーは、インホイールモーターを採用した四駆のEVだった。
「孫さんは完成したいい商品なら買うよ、と」
EVの開発やコンサルティングを柱とするe-Gle社を経営する清水氏は、それでもまだ商品化をあきらめていない。2016年には、ベンチャー投資に力を入れる、ソフトバンクグループの会長兼社長の孫正義氏や取締役のラジーブ・ミスラ氏にも会った。「孫さんは試作品に投資するのではなく、完成した段階でいい商品であれば買うよ、というポリシーだった」という。
完全なEV化を掲げたインドの市場も視野に入れている。2017年12月11日〜14日にインド・ニューデリーで開かれるグローバル・パートナーシップサミットでは、EVについて講演する予定だ。
「自分のつくった車は、1台も商品になっていない。工学をやる人間としてはあってはならないことです。だから、ぼくの人生はまだ、始まってもいないと思うんです」
70歳のEV開発者はいまも、ギラギラしている。
最後に、清水氏が開発に携わってきた歴代のEVを紹介する(写真はいずれもe-Gle社提供)。
A car (1982)
1982年に試作したEVのA car
インホイールモーターが成立するかを実験する目的でつくった最初の電気自動車。市販車を改造したという。
B car (1985)
B car(1985)
インホイールモーターの二輪車を試作した。
NAV C car (1988)
NAV C car(1988)
4つの車輪すべてにインホイールモーターを搭載した。
IZA D car(1991)
IZA D car (1991)
当時の一般的な市販車に匹敵する性能を目指して製作した電気自動車。公道を走っている。
E car (1997)
E car (1996)
ハイブリッドカーのトラック。電池で走り、電池が減ってきたら、ガソリンで発電した電気を使う。
Luciole F car (1997)
Luciole F car (1997)
電気関連の部品を床下と車輪に入れることで、室内を広く使える設計を目指した。
KAZ G car (2002)
KAZ G car (2002)
大きな車輪一つの代わりに小さな車輪を二つ使い、さらに室内の空間を広げる設計。
Eliica H car (2004)
2004年に開発したEliica
最高時速370キロ。電気自動車の頂点を目指して製作したという。清水氏の代表作だろう。
I car, Automated Operation (2009)
I car, Automated operation (2009)
自動運転が実用化された未来を想定した1人乗りの電気自動車。自動運転の機能も搭載している。
Jcar, Conversion with In-Wheel motors (2011)
J car, Conversion with In-wheel motors (2011)
新しいインホイールモーターの試験用の車両。
K car, Full Flat Floor Bus (2011)
K car, Full Flat Floor Bus (2011)
低床でフルフラットのバス。
SIM LEI (2011)
SIM-LEI (2011)
清水氏が社長を務めていたSIM-Drive社で製作した最初の電気自動車。
DS-3 (2012)
DS-3 (2012)
シトロエンのDS-3を改造した電気自動車。
SIM-WIL (2012)
SIM-WIL (2012)
より広い室内、より高性能を目指した。
SIM-CEL (2013)
SIM-CEL (2013)
4輪でEliicaに匹敵する加速性能の電気自動車。
(文・小島寛明)