日本は性暴力に麻痺している——詩織さんケースで捜査、報道、社会の問題点を検証する

ジャーナリストの伊藤詩織さんは、自身の性暴力被害とその刑事告発が不起訴処分になるまでの一連の体験を綴った著書『ブラックボックス』を出版した。

事件後の経緯を簡単に振り返る。2015年4月、伊藤さんが、自身の受けたレイプ被害の被害届と告訴状を警察に提出。同年8月、被疑者であるTBSワシントン支局長(当時)を書類送検。2016年7月、不起訴確定。検察審査会に申し立てを行ったが、2017年9月、不起訴相当の議決がおりる。元支局長は「(性行為について)合意があった」と主張している。

同書は、社会における男性支配的な価値観の根深さと、長年にわたって女性が男性優位社会の価値観にある程度同化せざるを得なかった現実について考えさせる。

著者の伊藤詩織さんと、性暴力について問題提起をしてきた弁護士・太田啓子さんに話を聞いた。

伊藤さんと太田さん

自身の性暴力被害に関する一連の体験を綴った著書『ブラックボックス』を出版したジャーナリスト・伊藤詩織さん(右)と性暴力について問題提起をしてきた弁護士・太田啓子さん(左)。

なぜ7回も「処女ですか?」と聞く必要があるのか

伊藤さんは性暴力被害に遭った5日後、被害届を出しに行った警察で「よくあることだから」と言われ、その後、同じ話をたらい回しのように何度もしなくてはならなかったと、本に書いている。警察の被害者への配慮のなさは衝撃的だった。

太田啓子(以下、太田):ご著書を読んでびっくりしました。今回、警察の性犯罪被害者への対応として、3つの問題点があると感じました。

まず1点目は、実況見分での被害場面の再現で被害者の伊藤さん本人が自分の役割をやらされ、被害当時の体勢をとって実況見分調書用に写真撮影をされたことです。

平成9年(1998年)に警察庁が内部で通知した「捜査員のための被害者対応マニュアル」には、「性犯罪の被害者立会いの下に実況見分を行う場合、被害場面の再現等については、可能な限り被害者の代行を立て、被害者の指示に基づいて被害状況を明らかにするよう努めること。」と明記されています。また、平成29年(2017年)版の「警察による 犯罪被害者支援 」(警察庁 犯罪被害者支援室)でも、「性犯罪被害者への対応」という項があり、「被害状況の確認をする必要がある場合にはダミー人形を用いるなど、事件の再現により被害者が感じる精神的負担の軽減を図っています」とあります。

この通知が現場に徹底していなかったということなのでしょうか。その結果、伊藤さんが自ら被害場面を再現する苦痛を味わうことになりましたが、これは警察の対応が非常に残念で、抗議していい話だと思います。

Business Inisider(以下、BI):被害現場の再現時に女性捜査官の立ち会いがなかったこともショックです。

太田さん

太田:これも、先ほどの「警察による犯罪被害者支援」の「性犯罪被害者への対応」の項に「各都道府県警察では、警察本部の性犯罪捜査指導係や警察署の性犯罪捜査を担当する係への女性警察官の配置を進めるとともに、性犯罪が発生した場合に捜査に当たる性犯罪捜査員として女性警察官を指定しています」とあります。 早急に改善してほしいです。

2点目は警察で「処女ですか」と7回も聞かれていること。性犯罪被害者からの聴取で性経験を聴取するという捜査官向けのマニュアルがあるようですが、なぜその質問が必要なのか。マニュアルには「性交の事実を立証するため」とあるそうです。

年齢や、性交経験がないと、自分の膣に異物が挿入されたかどうかが分からないこともあり得るとすると、性交の事実の確認のために全く不要だとは言えないのかもしれません。その意味はなるほどと思いますが、それでも一度聞けば十分。何度も聞かれることによる被害者の心理的負担への配慮に欠けています。

伊藤詩織(以下、伊藤):質問の意図を質問しましたが、きちんとした説明は受けられませんでした。また、私の友人2人にも調書をとっているんですが、彼女たちは、私のこれまでにつき合った男性のタイプや顔、男性経験などを聞かれたそうです。

太田:3点目は、逮捕状が出たものの執行されなかった後、あちら側(伊藤さんが訴えた元TBSワシントン支局長)から示談の申し入れがあった際に、警察側が弁護士を紹介したのはまだしも、担当捜査官が詩織さんと弁護士の面会に同席しようとしたこと。弁護士との法律相談に、相談者が頼んでもいない第三者が同席すること自体が一般的に考えられないので、一体どういう意図があったのだろうかと、勘ぐってしまいそうにさえなります。

1、2点目については警察の旧態依然とした男性中心組織の問題が大きいです。警察組織内に女性が少ないことは、先に挙げた2点の問題の要因として大きいと思います。性犯罪被害者対応についてトレーニングされた女性警察官を、性犯罪被害に対応する係にも管理職レベルにも配置するべきです。

「自分がうかつだった」と責めてしまうのはなぜか

詩織さん

伊藤:スウェーデンの警察は3割が女性で、役職レベルにも同じ割合で女性が登用されていました。

ジャーナリストの仕事をしていながら、性暴力被害に遭ったときにはどうしたらいいのか、全く知識がなくて、何も教わらずに大人になっていたことに愕然としました。調べると、例えばスウェーデンでは被害者のための救済システムが整っていました。

太田:日本では性暴力被害に遭った場合、どうしたらいいのかを教わらないし、教えない。「遭わないように自衛する方法」という情報は女性向けにけっこうあると思いますが。

そのため性犯罪に遭った被害者は、どこに相談すればいいかも分からないし、自衛が足りなかったのかもしれないと感じて「自分がうかつだった」などと自身を責めてしまう。 実際、内閣府の調査(「男女間における暴力に関する調査」平成26年)によると、女性(1811 人)に、これまでに異性から無理やりに性交されたことがあるかを聞いたところ、「1回 あった」が 3.7%、「2回以上あった」が 2.8%で、被害経験のある人は 6.5%でしたが、この被害経験者に誰かに相談したかを聞くと、「誰にも相談しなかった」人が67.5%です。

被害経験者のうち、警察に行った人はわずか4.3%。伊藤さんはその4.3%の中の1人なんです。しかも被害からたった5日で行動に移したわけですから、かなり早い時期で動けた方だと思います。

性犯罪の“事実を隠す”報道用語への違和感

伊藤さんが5月に下の名前と顔を公表して司法記者クラブで会見した際、新聞各紙はほとんど動かなかった。背景には、被害者のプライバシーや二次被害への配慮から報道を自粛する傾向があったと考えられる。

詩織さん

伊藤:もともと、強姦を暴行、児童への性暴力をいたずらという新聞報道の用語が不思議でした。暴行とかいたずらという言葉では、何が行われたのか全く分からない。被害者や遺族を傷つけないためといいますが、事実を隠すことだと思います。

なぜ性犯罪被害は隠さなくてはいけないかというと、日本的な社会背景があると思っています。性的な被害を受けることは「傷もの」になるという見方が根強く、周囲の見方を非常に気にします。もちろん非常に傷つくのですが、欧米ではそれが娘や自分の価値のマイナスになると考える親は少ないと思います。

BI:出版後、状況は変わりましたか?

伊藤:本を出してから少しずつ変化が見られました。これはメディアの責任だとおっしゃるジャーナリストも増えました。問題の本質は男女関係ではなく、性暴力、あくまで暴力なのだというところにようやく論点がシフトしたように感じています。

同じタイミングで、アメリカでは映画プロデューサーの長年にわたるセクハラを女優が実名で告発。同じような体験をした女性たちが声を上げる「MeToo」が広がっている。

伊藤:告発を受けてハリウッドでは、そのプロデューサーがどんな人物でといったゴシップではなく、性暴力は悪いよねという問題の根本に共鳴した人たちが「#MeToo」と連帯し、声を上げています。日本ではそうした変化がなかなか生まれないのが残念です。

太田:日本では、女性が性暴力について声を上げると、言っている内容を歪曲して捉えられたうえで攻撃されることが驚くほど多いと感じています。

BI:それはなぜでしょうか?

太田さん

太田:特に性に関する表現や性を巡る言説など、世の中では当たり前のように思われていることについて「でも、本当はそれっておかしくない?」と女性が違和感を発信すると、無意識に既得権益を脅かされるように感じる一群の人たちがいるのではないかと思います。

世の中には、違法と言えるかは微妙であっても、しかし厳然として「それは性暴力です」という言動が多く存在しています。性暴力の存在に麻痺してしまっている人も少なくないし、性暴力被害を受けても、うまくいなす、かわすなどの対応が「大人の女」「神対応」などといびつな賞賛を受けることもしばしばある。自分が直接そういう目に遭わなくても、「セクハラはやめてください! と正面から抗議すると、めんどくさい痛い奴と扱われるのか」と、女性達は無意識に学ばされてしまうところもあります

私たちはいつの間にかそれに慣れさせられているけれども、本当はおかしいんじゃないのか、それらは本当は性暴力であって、許したり流したりしたくないし、声を上げることを大人げないなんて言われる筋合いは全くないんじゃないか、ということを、多くの方が声を上げるべきだと思うし、そうしたい人は実は多いはず。でも、そうした動きが加速しようとすると、今までのほうが良いと思う人は不都合を感じ、反発するんだと思います。

問題の根本に横たわるのは男性側の「支配欲」

太田:性暴力は「男の本能(のいきすぎ)」「性欲」に由来する生理現象であるかのように語られがちですけれども、そうではなく、根本は支配欲だと私は考えています。性犯罪者が狙うのは、よく言われるような肌の露出が多い「セクシー」な外見の女性よりも、むしろ地味でおとなしそうな、征服しやすく見える女性です。女性を自分の意のままにモノ的に扱うことで支配欲を充足する快楽を得たいというのが性暴力をふるう人の根本にあるのではないでしょうか。

太田さんと詩織さん

BI:伊藤さんのケースでは、1対1で会った時点で伊藤さんに非があるとする意見が男女とも多く聞かれましたが、実際にはビジネスで女性が男性と1対1で会食するのは当たり前のことです(注:伊藤さんは1対1とは聞かされずに会食の場に行き、驚いたと著書に記している)。

太田:ある種の人たちの脳内には、女性は何らかの利益を得るためにはセックスを提供することがあるものだという確固たる思いがあるのでしょうね。だから、そういう人たちには「有利な就職に口を聞いてもらう見返りに体を提供したんでしょ」というストーリーがすっと受け入れられてしまう。

そもそも2人で食事をする合意と性的関係の合意は全く違う。「食事を2人ですることを承諾するなんて、自分に好意があるのかな」と期待することと、「当然のように性的関係の合意があるとみなす」ことも全く違うわけで、そういう人間の感情の段階を分からない人が少なくないのかと衝撃を受けます。

BI:本来力のある立場の男性ほど、相手側の女性が自分に好意を持って会いにきていると勘違いすることに自戒が必要なのでは。

太田: 職権のある立場の人は、何もしなくても自身の言動が立場上、相手にプレッシャーを与えることをもっと自覚するべきです。そうしないと、結果として無意識に立場を利用してしまう危険性があります。極論すれば「(性行為の)合意があった」と厚かましく思い込める人ほど、「故意があったとは言えない」ということで無罪になってしまえるのが日本の刑事司法の現状です。

「性的関係への同意とは何か」という根本的な質問を何度も何度も社会に問うて、正しい認識を普及させていくことが大事です。

小さいうちから身体を大切にする教育が必要

伊藤:今回、女性からも私への批判がありました。「私は厳しく育てられたから、1対1で食事をするようなうかつなことはしない」「男性がかわいそう」などと。この問題を純粋な「暴力」の話と捉えられていなく、女性としての振る舞いについてなどの声が届きました。でも、これはどんな背景があろうと、暴力の問題です。

詩織さん横顔

太田:性暴力があったときに「被害者の側にも要因があった」というのは非常に加害者に都合のいいストーリー。批判するような口調でなくても、慰めるような言い方で、「あなたが美人だからでしょう」とか、「あなたが素敵な服を着てたから」と発言をする女性もいます。どちらも被害者にとって二次被害ですし、性暴力被害の矮小化です。 そういう批判をする女性は、伊藤さんが率直に問題の本質について声を上げていることが気にいらないのでしょうね。

伊藤:でもそういうふうにしないと社会で生き残れなかった世代がいて、次の世代がいるのも確か。これから、そうした人たちとどのように連携していくか。

それと、小さいうちから自分の身体を大切にする教育、例えばプライベートゾーンがどこで、自分の大切な身体のパーツは他の人が触るところではない、そこにタッチしてくる人がいたらこれは赤信号など、海外では信号の色で身体のパーツについて危険を伝える教育があります。このように教えられて幼い頃に実際に危険を察知し逃げることができた友人の話などを聞くと、このような教育はこれからの重要なプロジェクトだと思います。

(構成・三宅玲子、写真・竹井俊晴)


伊藤詩織(いとう・しおり):ジャーナリスト。1989年生まれ。フリーランスでエコノミスト、アルジャジーラ、ロイターなど主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信する。

太田啓子(おおた・けいこ):弁護士。国際基督教大学を卒業後、2002年に弁護士登録(神奈川県弁護士会)。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバー。2013年4月から憲法カフェを始め、約150カ所で開催。「怒れる女子会」呼びかけ人。

ソーシャルメディアでも最新のビジネス情報をいち早く配信中

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい