サイボウズ青野社長と担当弁護士を直撃!夫婦別姓訴訟 の「新しい戦略」とは?

ソフトウエア会社サイボウズ社長の青野慶久さんが、訴訟の準備をしている。結婚の際、妻の姓に変更したことで経済的な不利益を被った。「同姓にしたい人は同姓に、別姓にしたい人は別姓に。当たり前の希望がかなう社会にしたい」と語る。

選択的夫婦別姓については、2015年に最高裁判所で「夫婦同姓は合憲」とする判決が出ている。理由として、夫婦同姓が「我が国の社会に定着した制度」であること、「夫婦がいずれの氏を称するかは、夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている」ことなどが挙げられている。

ただ「今回は勝てそうな気がします」と担当弁護士の作花知志氏は言う。これまでとは異なる法律上のロジックに気づいたことが理由だ。2人にインタビューした。

青野さんと作花さん

これまで夫婦別姓制度がないため、経済的にも損失を被ってきたというサイボウズの青野慶久社長(右)。作花知志弁護士とタッグを組んで、社会変革に取り組む。

—— 青野さんは、ワークスタイルの面で革新的な提案、経営を実践してきました。今回は社会変革に直接取り組むことになります。

青野慶久さん(以下、青野):ワクワクしています。僕自身も選択的夫婦別姓の制度がないせいで苦労や不便を味わってきました。訴訟の準備を通して、自分より苦しんできた人がいることを知りました。そういう方が解放されたら、本当にうれしいです。

ネット上では「左翼だ」とか言われることもありますが、僕は気にしてません。だって、右とか左の問題ではないでしょう。みんなが楽しく暮らせる方がいい、というシンプルな話です。楽しくないなら、変えていけばいい。

株の名義変更だけで数百万、「使い分け」にもコスト

—— 悲壮感が全くないですね。

サイボウズ青野社長

青野:僕がこういうことに取り組むのは、一言で言えば「ベンチャー精神」です。新しいことに直面すると「やってみよう」と思う。

そもそも結婚で妻の姓にしたのは、妻が「私は変えたくない」と言ったから。「じゃあ、僕が変える」というシンプルな発想でした。 やってみたら、名前を変えるのは本当に大変でした。クレジットカードの名義、株式口座の名義などを書き換えなくてはいけない。会社を経営して自社株を保有していますから、その名義も変えなくてはいけない。書き換えに手数料がかかって、間接的には会社に数百万円のコストが発生しました。これは純粋に経済的な損失です。

「使い分けのコスト」もありました。僕のパスポート名は戸籍名の「西端(にしばた)」です。海外出張でホテルを「AONO」で手配されたため泊まれなくなりそうになったことがあります。飛行機を「青野」で予約されるとマイレージが付かない(笑)。私のことを「青野」だと思っている人に、「西端」で予約するよう伝え続けています。日々の業務に無駄な手間がかかっています。

「使い分けのコスト」は私生活でも発生しています。子どもが3人おりまして、保護者会のときなど、仕事で僕のことを知っている人は「青野さん」と呼び、知らない人は「西端さん」と呼ぶ。そこで僕がサイボウズの社長であることが知られてしまうのはいいですが、その後も両方の呼び方をされて子ども達も混乱する。

これは、生きづらいです。自分が呼ばれる名前は一つにしたい。

現在の法制度は、夫婦どちらかの姓を婚姻時に選ぶ、としているが、実際は96%が夫の姓を称している。仮に妻の姓を名乗りたいと思っても、親族のプレッシャーや社会通念がそれを許していない現状がある。職種によっては結婚後も旧姓を「通称」として使用している女性もいる。こうした女性たちは、青野社長が体験しているような手続きの煩雑さや「使い分けのコスト」を当然のように引き受けてきた。今回の訴訟では、婚姻時に同姓を使用するか別姓を使用するか選べない、日本人同士の結婚に関する戸籍法の規定の不備を指摘していく、という。

——訴訟で勝てば、問題は解決しますか。

青野:そうだと思います。民法上は夫婦の氏を統一して「西端」に、戸籍法上は「青野」を使い続けられるようになりますから、パスポートなど経済社会活動で呼ばれる姓は統一できるでしょう。

日本人同士結婚しているときだけ姓を選べない

——2年前の最高裁大法廷で、現行の夫婦同姓に合憲判決が出ています。今回、作花さんはどのような戦略で訴訟をされるのでしょうか。

作花弁護士

作花知志さん(以下、作花):前回の訴訟では、民法750条「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」を憲法24条(欄外注に24条規定を記す)違反である、という主張をしました。最高裁では15人の裁判官のうち5人が、この民法750条を違憲だと言っていました。原告の一人は「あと3人と思った」と。15人中8人が違憲と言えば、違憲判決が出ます。

私は、前回の裁判で原告団や弁護団の方々はよく頑張られた、と思いました。民法750条について違憲判決を出すのは、なかなか難しいのでは、と思われたからです。一番の理由は、婚姻時に夫婦「どちらかの姓」を選ぶことを決めているのであって「夫の姓」を選ぶように決めているのではない、ということです。つまり、形式上の平等は担保されているため、法律家の観点で見ると違憲にはなりにくい、と。

海外を見ると、タイの民法が最近、最高裁で違憲とされました。こちらは結婚したら夫の氏を名乗ると規定していたからです。これは形式的に見て女性差別的な法律でした。このような法律には違憲判決が出るのが国際潮流と言えます。

——この訴訟を引き受けたのはなぜですか。

作花:2年前の最高裁判決を受けて、とてもがっかりされた原告のお一人から「もう一度訴訟をしたい」とお願いされました。正直、合憲判決が出たばかりの事案について同じ法理論で戦って勝つのは難しいと思い、1年くらいの間、お返事ができない状態が続きました。

婚姻届

それでも原告の方の決意が固いので、論文のデータベースなどを調べている中で、戸籍法の氏に関する規定に出合ったのです。①結婚時と離婚時②夫婦が日本人同士か日本人と外国人か、で場合分けすると「氏」を選ぶことができる状況が4パターン考えられます。そして「日本人同士が結婚する時」以外は、氏を選ぶことができるのです。

例えば日本人同士の夫婦が離婚する際、結婚に際して氏を変えた人は、旧姓に戻すこともできますし、結婚時の姓を使い続けることもできます。これは、戸籍法上の氏を使用するという規定からきていることが分かったのです。

簡単に言うと、4人住んでいる村で、1人だけ氏を変更できない。それは日本人と結婚するときということになります。この区別には合理性がありません。この状態を「法の欠缺(けんけつ)」と呼びます。これに気づいた時、勝てるかもしれない、と思い訴訟をお引き受けすることにしました。

今回の訴訟で予定している「日本人同士の婚姻についても戸籍法の氏の使用を認める法の規定を設けていないことが憲法違反である」との主張が認められた場合

  1. 夫婦の氏は、民法750条により婚姻の際に定められる夫婦の氏のままですので、氏について家族が分断することはありません。
  2. 子の氏も、民法750条により婚姻の際に定められる夫婦の氏が子の氏となりますので、子の氏をどうやって決めるかの問題も生じません。
  3. さらに、仮に裁判所が違憲判決を出した場合、国会は戸籍法に「日本人同士の婚姻の際に氏を変えた者が旧姓を戸籍法上の氏として使用することを希望する場合は、届け出を行いなさい」という内容の条文を1つ追加すれば足りることになりますので、違憲判決後に国会が立法内容について混乱するということもありません。

たった1つの条文が戸籍法に追加されることで,夫婦別姓の問題は全て解決に向かうのです。

大事なのは自己決定が尊重されること

——青野社長とは、どのようにして出会われたのですか。

作花:この訴訟を起こすにあたり、実際に不利益を被っている方に原告団に加わっていただけたら、説得力が高まると思いました。そこで結婚して女性の姓に変えた男性で不利益を被っている方がいらしたら、お声掛けしてみていただけないかとお話をしました。原告の方が青野さんをご存知だったので、ご紹介いただき今に至ります。

青野社長

青野:作花先生が法律・訴訟の専門家で、僕は世論を喚起する役割を果たしたいと思っています。「今のままでいい」という人は、困っている人を想像できていません。別姓制度がないために、具体的にこういうところが困る、ということを伝えていきたい。

選択的夫婦別姓を巡っては「子どもがかわいそう」という意見をよく聞きます。でも、その発想は変です。だって、本人の名前です。職業も結婚相手も本人が決められるのですから。

大事なのは自己決定が尊重されること。これは、企業経営にも通じます。サイボウズでは、人事制度を複数用意して選べるようにしています。選択肢があることが大切です。みんなが自立して、自分で選んで楽しそうにしている姿を見たいと思っています。

——自己決定権の尊重は国際的な流れでもあり、訴状にもそれが反映されていると思いました。

作花:私は国際人権条約や国際機関からの勧告を、訴状に記すようにしています。判断の前提となる「争いのない事実」として使うためです。選択的夫婦別姓について、国際機関からたびたび勧告を受けている事実や、国会に関連法案が提出され続けている事実を記すようにしました。年明けにまず岡山で、そして春ごろ、東京で提訴を予定しています。

青野:取引先からも「応援します」という声が寄せられています。ネットの議論を見ていると、選択的夫婦別姓を容認する人の方が多いんじゃないか……という印象です。僕自身もワクワクしています。

欄外注:憲法24条*婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

(構成・治部れんげ、撮影・今村拓馬)

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