有力紙ワシントン・ポストは11月27日、アラバマ州の連邦上院議員候補者のセクハラ疑惑をめぐり、フェイクニュースを書かせようと偽の証言をする人が同紙に近づき、 保守的運動団体が雇う「おとり」の標的になっていた可能性があるとして、取材過程を含めて詳しく報じた。
トランプ米大統領は最近、ほとんどの米主要メディアを「フェイクニュース」として攻撃を特に強めている。主要メディアは、「フェイク(虚偽の、でっち上げの)」報道をしていないと市民に訴えるとともに、大統領に対する反論を強めていた矢先だ。
トランプ大統領のメディアへの攻撃は収まるところがない。その空気は広く蔓延している。
REUTERS/Jonathan Ernst
疑惑は、12月12日に予定されているアラバマ州上院議員特別選挙で共和党から立候補しているロイ・ムーア元判事をめぐるもの。同氏は、極右系サイトを運営する「ブライトバート」の会長で、前大統領上席顧問だったスティーブ・バノン氏が擁立した候補だ。
ポストは2週間前、当時14歳だったという女性らが、ムーア氏に性的暴行を受けたと告発した記事をスクープ。これを受けて、ミッチ・マコネル上院院内総務など同党重鎮らが、ムーア氏は選挙から撤退するべきだと発言し、圧力をかけている。しかし、トランプ大統領は、「民主党議員は、必要ない。(民主党候補の)ダグ・ジョーンズ氏は“弱虫”だ」とし、ムーア氏を事実上支持した。
12人の「おとり記者」を募集
共和党の身内からも選挙戦撤退の圧力をかけられているロイ・ムーア氏。
JAMES LAWLER DUGGAN/Reuters
ポストは、セクハラ疑惑の続報に絡み、別のセクハラ被害者として、ジェイミー・フィリップスさんという女性を2週間に渡り取材した。彼女は1992年、未成年だった頃にムーア氏に妊娠させられ、15歳で中絶したという「ドラマチックな話」(ポスト)をした。
取材中、フィリップスさんは記者らに対し、彼女の証言が公表されたら、ムーア氏の候補者としての立場がどうなるかという意見を繰り返し求めた。さらに、つらい体験を話すことで、ムーア氏が選挙で敗北することを保証して欲しいと迫り、「他の新聞に話す」とまで言った。
ポストは、彼女の話に一貫性がないことや、彼女のオンライン投稿に疑問点があったことから、報道は見送った。
ところが、ポストの記者が11月27日、フィリップスさんが、主要メディアやリベラル派グループの偏向報道を暴露する団体「プロジェクト・ベリタス」(2010年設立)のニューヨーク事務所に入っていくのを目撃。同団体は「メディアの“偏向報道”を暴露する」という目的で、でっち上げのネタやビデオを持ち込む「おとり」を使うことで有名だという。ポストは、事務所とフィリップスさんの自宅がわずか26キロしか離れていないことに着目し、ビデオ記者と記者を配置し、フィリップスさんの車を追跡していた。
ポスト記者は彼女を目撃直後、同団体創立者のジェイムズ・オキーフ氏に取材した。オキーフ氏は、フィリップスさんが「おとり」かどうか、ムーア氏の選挙陣営やバノン氏と関係があるのかどうかについて、一切答えなかった。
ポストがさらに事実関係を確かめると、プロジェクト・ベリタスは2017年3月、12人の「おとり記者」を募集。フィリップスさんは5月、オンライン投稿にこう書いていた。
「ニューヨークに引っ越すの!保守系メディア運動で職が見つかったので、リベラル系主要メディアの嘘と偽りと戦うわ」
極右系サイトや支持者の攻撃激化
ポスト記者が2回目のインタビューで、オンライン投稿について尋ねたところ、ビデオで録画していることを知りながら、ローカル新聞社に就職しようとしていたという話をでっち上げた。新聞社の面接担当者の名前もでっち上げだった。
ポストが11月9日、ムーア氏のセクハラ疑惑について報道してから、ムーア氏の支持者や極右系のサイトでは、ポストに対する攻撃が激化していた。保守系サイト「パンディット」は、「ポストの記者が、ムーアを攻撃するために1000ドルを取材者に渡した」とするフェイクニュースをばらまいたりした。
トランプ大統領は、昨年の大統領選挙中から、「主要メディアは、世界で最も不誠実な輩だ」と連日の選挙集会で連呼。最近も、ツイッターで、以下のように攻撃を強めている。
フェイクニュースとは、でっち上げで、取材に基づかない虚偽の情報のこと。トランプ大統領が、有権者に「主要メディア=フェイクニュース」というイメージを刷り込んでいるため、新聞社やテレビ局は、ファクトチェックなどの強化を進めている。
一方、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏が過去30年間にわたり、女優やモデル、部下の女性に性的暴行・強姦を繰り返したという「ハリウッド・スキャンダル」で、全世界で女性による性的暴力の告発が相次いでいる。ムーア氏や議員に対する告発は、「政治的な意図」があるという指摘もあり、主要メディアは、告発者のバックグラウンドなどを徹底的に調べて、報道に当たっている。
(文・津山恵子)
津山 恵子:ジャーナリスト、元共同通信社記者。ニューヨーク在住。主に「アエラ」に米社会、政治、ビジネスについて執筆。近所や友人との話を行間に、米国の空気を伝えるスタイルを好む。