講談社の編集者として『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』などの大ヒット漫画を生んだ後、5年前に作家エージェンシー「コルク」を立ち上げた佐渡島庸平さん。最近では、100万部を超えた『君たちはどう生きるか』漫画版の企画者の一人としても注目を集めている。
そんな佐渡島さんが、起業前から頼りにし、事業に関するお金の相談をしてきた“お金のプロ”がいる。ファイナンシャルアカデミー代表の泉正人さん。「人生を豊かに楽しむためのお金の教養」を伝えるため、東京・大阪・ニューヨークで金融経済教育のスクールを運営し、15年間で40万人超に独自のメソッドを伝えてきた。
佐渡島さんは泉さんに相談することでビジネスモデルに磨きをかけてきた。その内容を対談でお伝えする。
佐渡島庸平さん(以下、佐渡島):泉さんとは、僕がまだ講談社にいた10年以上前から“食事仲間”だったんですよね。年に何度かうまいものを食べに行っていましたね。
泉正人さん(以下、泉):食事仲間という関係は今でも続いていますね。たしか、佐渡島さんがいよいよ会社を辞めて独立しようという1、2カ月前になって、資本や経営に関するお金をどうしたらいいのかという具体的な相談に乗ったんでしたっけ。
佐渡島:もっと早く相談するべきだったのに。僕は滅多に後悔しないタイプですが、「もっと早くから、泉さんにお金の教養について教わるべきだった」ということだけは、心底もったいなかった!と思います。正直、当時はまだ泉さんのすごさをわかっていなかったんです。僕はといえば、お金の足固めをしない状態で起業をし……(笑)。
泉:レストランで食事をしながら、他のおいしいレストランの話をしている場合じゃなかったと(笑)。
土台の収入を固めて夢を実現するモデルを
佐渡島:泉さんが提唱しているお金との付き合い方は、単に貯金や投資を勧めるものではなくて、「お金をどういうふうに使ったら楽しく生きられて、周りや社会も明るく照らせるか」という考え方がベースになっていますよね。
泉:そうですね。例えば、起業する場合、まずは生活を成り立たせていくための土台の収入を得るビジネスモデルを確立することがファーストステップ。その上で、さらに飛躍できる、夢を実現するためのビジネスモデルを考えていくという2段階があります。
コルクの場合は、佐渡島さんや他のメンバーの方々が培ってきた作家さんとの関係性の上で成り立つエージェント収入が安定してきた時点で、基礎の土台づくりはできた。土台が安定していたら、いくらでも好きなことに挑戦できますよね。
佐渡島:その収入の土台なんですけど、多くの人はそれがサラリーだと思い込んでいるのかもしれないなと。会社から得られる給料こそが最も安定した土台だと。でも、その土台を会社からではなく社会から得られる方が、本当の意味での安定になるんじゃないか。僕はそう思うようになりました。
スティーブ・ジョブズが、「電化製品を売るのに販売店を挟む方が取引が安定すると思いがちだけれど、実は彼らは簡単に裏切ることがある。消費者は移り気のようでいて、供給側がしっかりとブランドを確立さえしていれば、長期的なパートナーになってくれる」と言っているんですよ。僕も“相手が大きいから安心できる”と思いがちな関係性ほど、気をつけないといけないと思っていますね。
編集部:業界トップの出版社を辞めるということへの不安はなかったのですか?
ヒットメーカーの佐渡島庸平さんは、起業前から泉さんに経営やお金のことの相談していた。
佐渡島:日本では、入社試験を通って雇用契約を結ぶまでは必死に会社に対して自分を売り込むけれど、一度結んじゃえば「これでずっと安心だ」とあぐらをかいてしまいがちですよね。結果、自分の成長も止まることが僕は怖いと思っていました。それに、今の時代はどんな会社でも安定しているとは言えない。
自分を会社に見立てて将来のことを考える
泉:そもそも、「1つの会社から得られる収入に、自分の生涯を委ねて何も手を打たない」という考えが非常にリスキーです。顧客や仕入先が1社だけという会社なんて危なっかしいじゃないですか。
ビジネスでは1社の取引シェアは30%以下、というのが原則。同じように個人も「将来にわたり、何から収入を得ていくか」と考えたら、分散の発想が自然と出てくるはずなんです。それは副業・複業かもしれないし、得意分野を活かしてキャリアアップや独立をする選択かもしません。お金と向き合うとき、「個人のお金」と「会社のお金」を別物と分けずに、同じ眼鏡で見るというのは大事だといつも伝えています。
佐渡島:たしかに、別物と錯覚しやすいかもしれないですね。
泉:仕事として「会社のお金」に接するときには、決算の数字を注意深く見たり、売り上げ目標を決め共有したりできるのに、「個人のお金」となると月の収支さえまともに把握できていない。よくあるパターンです。転職や起業をすぐに考えていない人でも、一度、自分自身を会社に見立てて、5年後、10年後も成長発展するための準備ができているか、見つめ直すといいと思いますよ。
佐渡島:起業後、お金の運営で迷うときにはいつも泉さんに聞きに行っていて。会社が軌道に乗り、次の挑戦を始めたいときにも、アドバイスをもらいましたよね。で、「僕みたいな夢や目標を実現したいという人に、泉さんから教われることを本にしたら?」と思いついた。それで生まれたのがこの本、『それ、売りますか? 貸しますか? 運用しますか? 無料という手もありますよ。』。
泉:はい。実際に、起業のアイデアを温めていたり、副業でビジネスを始めたりした9人にお会いして、成功のための戦略を一緒に練りました。カフェ経営、写真撮影サービス、副業での家電ネット販売、自宅の一部を使って民泊などの相談事例をもとに、「価値(強み)を最大化し、効率的に収益をあげる方法」をアドバイスしています。
出典:『それ、売りますか? 貸しますか? 運用しますか? 無料という手もありますよ。』
佐渡島:僕自身が特にありがたかったのは、この本にも書かれている「BS思考」ですね。お金の収支を管理するPLの概念だけではなく、長期の成長を見越した“資産”の増減を見るBS、バランスシートを重視する思考のこと。サラリーマン時代にはなかった発想でした。
泉:個人に置き換えても、「自分にとっての資産=強み」は何であるかを見極め、それを最大化しようという思考で行動するだけで、生涯収入はかなり変わってくると思います。
誰からお金をもらうことが妥当なのか
佐渡島:あと、これもすごく面白い。96ページに書かれてある「小さくすれば高くなる」という法則。つまり、モノの単位を小さくするほど、単価は高くなるという。
泉:これはすべてのビジネスに共有しているのですが、細かくなればなるほど、参入できる買い手が増えるので単価は高くなるんです。マグロ1匹を丸ごと買える人は滅多にいないけれど、寿司一皿分のマグロなら手が出る、というふうに。
佐渡島:本ではコインロッカーの例が出ていますね。空間を刻んで、さらに「時間」という単位を刻むことで収益性が高まるモデルケースだと。
僕もこの話を聞いてから、世の中の見方が変わりましたよ。「この店は、この会社は、どんな商材をどういう単位で刻んで売っているんだろう?」と見渡すと面白いんです。セブンイレブンのサラダなんて、サイズが小さくなるほど単価がすごい上がるんですよ。その上がり方のペースから利益を計算してみたり。
泉:面白いですよね。
佐渡島:コインロッカーとセブンイレブンのサラダを同じものだと見えるようになると、結構いろんなビジネスモデルの構造が分かってきて面白いんですよね。ファミレスで単価を上げるのは難しそうだなとか。
泉:小さく刻んで単価を上げるという意味では、牛丼チェーン店や立ち食い蕎麦のほうが圧倒的に稼げるモデルですね。
編集部:本では「無料で顧客を獲得する」というプロモーション手法についても解説されています。佐渡島さんも実質無料に近い価格でのキャンペーンを打っているようですが。
佐渡島:結局、「誰から何のお金をいただくのが妥当か」という話だと思うんです。モノやサービスが、誰に対しても同じ価格であることが公平で喜ばれるかというとそうではなくて、飛行機でもファーストクラスからエコノミークラスまであって、個人のニーズによって選ばれている。片道5時間を快適に過ごしたいという人もいれば、移動できればそれでいいという人もいる。
同じように読書も、毎月数千円出してでも好きな作家の限定グッズが欲しいというファンもいれば、「時間潰しで読めればいい」という人もいる。どこにどんな気分の顧客がいるか注意深く観察して初めて、「無料」というモデルが成立するというのが、ここ5年で僕が思考錯誤してきた結果の答えです。しかも、先に無料ありきではなく、まず熱心なファンを獲得する順序のほうが裾野は広がっていきやすい。
泉:愛着ある商品を「無料で売る」ことに抵抗を感じる人も少なくないのですが、要は、無料というコストで何を獲得しているか。その戦略を明確に持ち、マーケティングに活用していく姿勢が大事ですよね。
時間軸を長く持つと精神的に楽になる
佐渡島:最近、ある歌手が「友達の結婚式で歌ってほしいと頼まれたけれど、僕はプロなのでタダでは歌えません」みたいなことをTwitterでつぶやいていたのですが、僕は友達のためにタダで歌えない歌手の曲は買いたくないと思いました。友達のために一肌脱ぐという行為一つで、いったいどれだけの信用がたまるのか。まさにBS思考の欠如だと思いました。
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泉:本当にそうですね。常に「その場その場で回収しなければ」という短期思考に陥ると、成長機会も逃しやすくなりますね。「時間軸を長く持とう」というメッセージは、この本でも強く込めたつもりです。
佐渡島:時間軸を長く持てると、精神的にも楽になる。うちのような非上場の創業社長の会社の強みって、「短期の結果を求められない」ことじゃないですか。同じように個人も“自分の人生”という会社の創業社長になったつもりで、「今一生懸命やっていることが、20年後、30年後に回収できればいいや」という時間の使い方ができるとすごくラクですよね。本来はそうあっていいはずなのに、どうしてもサラリーは「今日のこの時間を売って得られる対価」という感覚になってしまう。
泉:今月の残業代と先月の残業代を比べる、という発想だと寂しいですね。本質はそこではないんです。
佐渡島:人との付き合いなんて特にそうだと思います。時間をかけて信頼を築いて、長期で回収していくような感覚が大事だなと。
泉:時間単価はアルバイトの1000円から弁護士の3万円まで、せいぜい30倍程度の差にしかなりませんが、「信頼」の差は、何万倍、何百万倍にも開きます。それは結果的に必ずお金という形でも返ってくるんです。信用経済においては。そういった仕組みを理解していれば、人間関係の築き方も変わってきますよね。
佐渡島:実際、仕事の実績もお金という資産も豊かに築いている人は、一対一の人との付き合いを大事にしていますよね。コルクでも人への投資を優先してきました。社員が少しでも快適に過ごせるオフィスに移転したり、研修の機会を増やしたり。
泉:人への投資も時間軸を長く持ってこそできること。人が育つのには少なくとも3年くらい要するけれど、その分、回収できる期間も長いし、成長も伴うから価値はずっと増大していく。
成長に合わせて稼ぎ方のチャネルを変える
編集部:会社の成長に合わせたお金の使い方の原則はありますか?
泉:基本は提供できる価値、強みを「売る」のか、「貸す」のか、「運用する」のかという稼ぎ方のチャネルを、成長ステージに合わせて変えていく戦略を持つことです。収入基盤を安定させたい初期は、短期で回収できる「売る」をメインにしながらブランド力を磨く。ブランドが認知されてきたら、それを活かして価値を「貸す」「運用する」という方法も考えるというふうに。
佐渡島:なるほど。
出典:『それ、売りますか? 貸しますか? 運用しますか? 無料という手もありますよ。』
泉:この本でもカフェ経営の例を取り上げています。オープン1年で売り上げも好調なので、「ケータリングや夜の経営まで考えたい」という相談でしたが、それは「売る」の延長でしかないので、他の方法を提案しました。そのお店がお客さんから一番喜ばれている「静かで落ち着ける空間」という強みを活かして、営業時間外に空間を「貸す」というモデルです。労働集約型からいかに脱するか、というのも成長に欠かせない視点ですね。
佐渡島:こういう話を伺っていると……、スミマセン。取材中なんですが、実はちょうど泉さんに相談したいと思っていた件があって。ごめんなさい。いいですか? 来春くらいを目処に、ずっと温めてきた●●●●をいよいよ始めたいと思っているんですが……。
<15分ほど本気の相談>
佐渡島:ありがとうございました! また、報告します。
泉:ますます面白くなりそうですね。佐渡島さんのように、お金と上手に付き合う感覚を大切にしながら、夢を実現する人がどんどん増えたらいいですね。そのほうが絶対、人生も楽しくなるし、豊かな未来が待っているはずですから。ではまた。近々、ご飯食べにいきましょう。
(構成:宮本恵理子 撮影:竹井俊晴)
佐渡島庸平(さどしま・ようへい):コルク代表取締役社長。1979年生まれ。東京大学文学部卒業後、講談社に入社。東大受験をテーマにした『ドラゴン桜』が600万部、『宇宙兄弟』が累計1900万部超の大ヒットに。2012年に講談社を退社、コルク創業。安野モヨコ氏、小山宙哉氏など作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。
泉正人(いずみ・まさと):ファイナンシャルアカデミーグループ代表。一般社団法人金融学習協会理事長。日本初の商標登録サイト立ち上げ後、金融経済教育の必要性を感じ、2002年にファイナンシャルアカデミー創立。身近なお金から会計、経済、資産運用まで、独自のカリキュラムを構築。東京・大阪・ニューヨークで学校を運営。