提供:GROOVE X
家庭用ロボット事業を手がけるベンチャー・GROOVE Xは、未来創生ファンドやINCJ(産業革新機構)などから最大64億5000万円の資金を調達する。同社は、第三者割当増資に関する投資契約を11月29日、締結した。これによって同社は、2015年設立以来の累計資金調達額が80億円に達したと12月4日、発表した。同社の創業者で、Pepper(ペッパー)の開発リーダーでもある林要氏に、今回の大規模な調達の意図と、GROOVE Xが目指すロボット事業の世界観を聞いた。
「5年間売り上げを立てない」宣言して80億円調達
GROOVE X代表取締役 林要氏。エンジニアとしてトヨタで空力開発、ソフトバンクでPepper(ペッパー)の開発リーダーを経て、2015年にGROOVE X創業。
「日本国内で1円も売り上げをあげていない会社が80億円の資金調達をするというのは稀ですが、グローバルで見たときはめずらしい話ではないんです。私たちはグローバルなハードテック産業の戦い方に準じているだけ」。
今回の資金調達の経緯を単刀直入に聞くと、林氏はひとつひとつ言葉を噛みしめるように語った。
GROOVE Xが現在開発しているのは「LOVOT(ラボット)」というコンセプトネームで呼ばれる新世代家庭用ロボットだ。製品発表は2018年秋、一般発売は2019年を予定しているが、どのような製品になるのかは未だ謎のヴェールに包まれている。
LOVOTのコンセプトムービー。最後に外見の一部のみが公開されている。
提供:GROOVE X
林氏は「人の代わりに仕事をするのが“ロボット(ROBOT)”なら、人が自己実現のために使う存在が“ラボット(LOVOT)”だ」と説明する。
確かに、少子高齢化社会で「役には立たないが人を元気付けたり癒したりするもの」のニーズは今後ますます高まっていきそうな気はする。ただ、現代社会でその存在を担っているのはSNSやゲームだ。なぜロボットはその存在になれていないのか? 林氏は、“ロボット”という名前に引きずられるがあまり、中途半端に「役に立つ」機能がつけられてしまっているからだ、と言う。「役に立たないが存在自体が価値になる存在」それを強調するため、これはロボットではない、として、“LOVE”と“ROBOT”を組み合わせた「LOVOT」と命名した。
林氏によるROBOT(左)とLOVOT(右)の違い。「コンセプトとしては、LOVOTは仏像に似ている」(林氏)。
ソフトバンクお膝元・汐留に打った街頭広告
2018年になるまで全貌は明らかにならない「LOVOT」。しかし実は昨晩から汐留で、GROOVE Xは大規模な看板広告を掲出し始めた。
12月3日から汐留の屋内通路に設置されたGROOVE X社の巨大広告。LOVOTの外見の一部とともに「いま世界に必要なのは、ロボットじゃないのかもしれない。けれど、、、」というメッセージが書かれている。
汐留といえば、林氏がかつて在籍していたソフトバンクの本社がある場所だ。その本社近くの広い屋内通路にあるタワーレコード前に、その巨大街頭広告を設置した。キャッチコピーはこうだ。
「いま世界に必要なのは、ロボットじゃないのかもしれない。けれど......」
この街頭広告の意図を聞くと、林氏は即答で「Pepperの生みの親としての孫正義さんへのオマージュ」と答えた。
「家庭用ロボット産業の立ち上げは日本の使命。それに気づかせてくれたのは孫さんです。ソフトバンクさんが人型のハイエンドロボットを豊富な資金力で立ち上げるなら、私たちは全く違うタイプのもので、その産業に挑戦したい」。
さらに林氏は、12月4日の夜から1カ月間、ロサンゼルスに本拠地を構えるロケット開発企業・スペースXのオフィスでも街頭広告が貼り出されることも公表した。メッセージは日本版よりもさらに「過激」だ。スペースXのイーロン・マスク氏に宛てたもので、「Dear Elon, Our ambition is mashi-mashi as yours. LOVE × ROBOT=LOVOT™️ From another X in Tokyo」と綴られている。
訳すと「イーロンへ、私たちの野心はあなたのようにマシマシだ。東京のもうひとつのXより」。“マシマシ"とは、イーロン・マスク氏が来日した際訪れたと言われる「ラーメン二郎」の増量オーダーの合言葉だ。
提供:GROOVE X
なぜイーロン・マスクなのか。林氏は「(スペースXが2024年までの実現を目指している)火星に私たちが行けたとして、そこでの日常生活をイメージしてみてください」と言う。
そこでは宇宙服を着るか屋内でなければ生存できない「究極の人工環境での生活」が待ち受けている。そもそも、火星はあまりに遠い。火星移住計画を標榜するプロジェクト「マーズワン」によると、210日の片道切符だとも言われる。火星に着くまでの間も、孤独に苛まれる可能性はある。そうした過酷な環境で退屈したとき、さびしくなったとき、サポートする存在に「LOVOT」がなると言う。
「人類が大自然にいた時代から、数千年で生活は劇的に便利になった。けれど、どこか心に満たされないものを持ったまま、我々は火星まで到達しようとしている。火星の生活の縮図が都市部の生活なら、火星でも都市部でも、LOVOTのような存在は必ず必要になる」。
「家庭用ロボット」を日本発のグローバル産業に
「グローバルで戦える日本発の新産業を立ち上げたい」。取材中、林氏は繰り返した。
強気の姿勢は「2019年まで売り上げゼロ」という経営指針にもみられる。試作品はすでに動いていると言うが、発売時期はずらさないと以前から決めている。この理由について、「世界を変えるような新産業においては、いかにステルスで開発しきり、後追いできる企業を離した状態でリリースするかが重要だからだ」と強調した。
GROOVE Xの資金調達リストにはLINEの名前も載っている。LINEは2017年10月、Clova WAVEでスマートスピーカー市場に参入したほか、同年3月にはバーチャルホームロボット「Gatebox」を開発するウィンクル社を買収するなど、AIやロボット分野への進出に積極的だ。
LINEのAIアシスタント・Clovaとの連携も将来的には見込んでいるのか、との質問に林氏は「現時点では未定」と答える。今のところ、LINEも含めて資金調達先はすべて純投資で、業務提携を条件にしたものは一社もないという。
「今ロボット分野は、ある意味では一通り投資が終わり結果が容易には出ないことが見えた、という状態。ロボットだから出資が稼げる、というフェーズではない。我々は決して夢だけを語ってこれだけの投資額を集めたわけではない」。
実際に今回の出資には、シードラウンドからの追加出資を決めた引受先も複数ある。そうした引受先は、プロトタイプの進捗を見て追加出資を決めた。「2018年末の製品発表まで、今後も定期的に情報露出をしていきたい」と林氏は意気込む。
「Pepperの父」は次に何を生み出すのか? 今後少しずつ明らかになるだろう、その姿形も含めて、興味は尽きない。
(文、写真・西山里緒)