「匠の技」頼みの日本自動車メーカーの危機—— VRでの新車開発でドイツに完敗

自動車産業界ではいま、大きなパラダイムシフトが起きている。その動きは「CASE」というキーワードで端的に象徴される。Connected(つながるクルマ)、Autonomous(自動運転車)、Shared(配車サービスなど)、Eelectric(電気自動車)の頭文字を取ったものだ。

クルマが常にインターネットに繋がり、その指示を受けてEVの自家用車が無人走行でシェアカーとして貸し出される時代は夢物語ではない。

こうした動きに合わせてクルマの開発・生産手法も大きく変化し、日本が得意としてきた「匠の技」が通じにくい時代が来ている。変化とは、バーチャル・シミュレーションの技術を使った開発がドイツを中心に進んでいることだ。3次元のバーチャルリアリティ(VR)の画面で開発していくイメージだ。

将来の自動車

近い未来、自動車の運転席はこんな感じになるのだろうか。

shutterstock/chombosan

例えば自動運転の開発では、現状の自動ブレーキや高速道路での自動走行のレベルでも、600万シーンを想定した開発が必要と言われる。「シーン」とは映画の場面と同じ意味で、開発段階でクルマのソフトウエアにあらゆるシーンを覚え込ませて、判断できるようにするのだ。

これが完全自動運転のレベルになると、億単位のシーンを想定しなければならなくなる。とても実車を使った開発は到底無理だ。もし、VRを使わなければ技術完成までに100万年かかるといった試算も出ている。

ところが、日本の自動車メーカーはVRを使った開発がドイツに比べて遅れている。その理由は端的に言えば、「匠の技万能主義」と過剰なほどの現場主義がハイテク技術の導入を妨げているからだ。

VR駆使して机上で開発試作するドイツ

自動車の開発・生産の流れは、「主婦に便利なクルマを造りたい」といった商品企画が先に来て、そこから燃費や乗り心地など細かな仕様を決めていく。仕様を決めるために、実物で実験を繰り返す開発試作をして仕様を確定、それを設計図に落とし込んで量産化する。

その多くのプロセスで、関係する社内のさまざまな部署や下請け企業が参画して「すり合わせ」をしながら緻密に造り込んでいく。ここでは人の「経験値」に頼る部分も多い。複雑で高度な仕事を、ベテラン技術屋の勘と熟練工の匠の技を組み合わせて展開していくイメージだ。

ところがドイツではVRの技術を駆使して、実物での試作を減らし、机上で開発試作の仕様作りを完了する流れが強まっている。こちらの方が開発のスピードが圧倒的に早いうえ、開発の上流で、下流の製造まで意識した設計にすることから、品質トラブルも減少するという。

バーチャル・シミュレーションを使った手法は「モデルベース開発(MBD)」とも呼ばれる。実物で確認しづらい宇宙探査機やソフトウエアの開発で生まれた手法だ。仕様の「数値モデル」を実物での試験なしに机上で作り上げてしまうことからその名が付いた。

これが自動車の世界にも応用され始めているのだ。電子制御化が進む現在のクルマはソフトウェアの塊だ。高級車だと、ソフトウェアの分量を示す「行数」は1000万行を超え、ボーイングの最新鋭機「787」の約800万行よりも多い。これが前述した「CASE」によってさらに増えると見られる。

Mazda Motor Corp President and CEO Masamichi Kogai

マツダは日本の自動車メーカーとしてはいち早くVRを使った新車開発に挑戦した。

REUTERS/Issei Kato

マツダのノウハウを求めたトヨタ

日本でMBDを使って短期間で開発に成功した例としては、マツダの「スカイアクティブエンジン」が業界では有名だ。開発にあたってマツダはドイツのツールを使っている。これに対して、昔ながらの現場主義にこだわるトヨタはMBDの全社的な導入が遅れていると言われる。トヨタとマツダが提携したのも実は、こうしたマツダのノウハウをトヨタが求めたからだ。

Toyota Motor Corp President Akio Toyoda (L) and Mazda Motor Corp President and CEO Masamichi Kogai

トヨタとマツダは業務提携を締結、電気自動車の共同技術開発などを一緒に進めていくと発表している。

REUTERS/Issei Kato

ドイツに限らず、欧州ではバーチャル・シミュレーションの導入が進んでいる。1980年代、フォルクスワーゲンが日本車に駆逐されて北米市場から撤退したように、大衆車ではドイツ車の品質は日本車にかなわなかった。こうした教訓から、「メイド・イン・ジャパン」打倒のために欧州を挙げて開発手法の刷新と効率化を進めてきた。現在は第8世代のプロジェクト「ホライズン2020」が始まっている。

さらにドイツでは、VRなどの技術を使った自動運転の開発の評価システムを標準化するコンソーシアム「ペガサス」が設立、そこに補助金も投入されている。この分野でデファクトスタンダード(事実上の標準)を獲得する狙いがある。

さらに欧州では、開発・生産だけではなく、販売まで含めたサプライチェーンの中で、バーチャル・シミュレーションの技術を活用する動きも強まっているそうだ。

こうした問題提起をすると、日本でもCAD(コンピューターによる開発支援)やCAM(コンピュータによる製造支援)が進んでいるとの反論を受けるかもしれない。しかし、敢えて言いたい。CADやCAMは単に設計図をデジタル化した業務の効率化に過ぎない。これに対してVRを使って試作を減らす手法は開発哲学の抜本的な変更で、イノベーションを起こすツールとも言えるだろう。

日本の自動車産業にいま、バーチャル・エンジニアリングの脅威が迫っている。


井上久男 (いのうえ・ひさお):ジャーナリスト。1964年生まれ。1988年九州大学卒業後にNECに入社。1992年朝日新聞社に転職して主に名古屋、東京、大阪の経済部でトヨタ自動車や日産自動車、パナソニック、シャープなどを担当。2004年、朝日新聞を退社、フリージャーナリストに。最新刊に『自動車会社が消える日』。

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