「詐欺容疑」IT業界に衝撃、スパコン開発会社PEZY齋藤元章社長の素顔

12月5日、スーパーコンピューター(スパコン)開発の先頭を走る起業家が逮捕されたとの報道で、IT業界に衝撃が走った。「PEZY Computing社長、齋藤元章容疑者、逮捕」。報道によると、独立行政法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO)の助成金約4億3000万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで東京地検特捜部に逮捕された。

PEZY Computing 齋藤元章容疑者

PEZY Computing 齋藤元章容疑者(2016年4月撮影)。

筆者は、2016年4月に齋藤容疑者を取材している。齋藤容疑者は、少なくとも10社を創業した連続起業家で、関係者の間でも評価の高い有能な人物だ。

朝日新聞デジタルによると、東京地検特捜部に逮捕されたのは、齋藤容疑者と同社の元事業開発部長の鈴木大介容疑者の2人。両容疑者は2014年2月、同社が選定されたNEDOの2012年度の研究開発費補助事業で、約7億7300万円の費用がかかったと水増しした実績報告書を出し、同年4月、助成金名目で約4億3100万円をだまし取った疑いがある。

技術屋集団「PEZY Computing」の姿

PEZY Computingの公式サイト

PEZY Computingの公式サイトより。

登記簿によると、PEZY Computing(PEZY社)は、2010年1月に設立された。

PEZYグループは、プロセッサ開発を担うPEZY社のほか、絶縁性の特殊な液体「フロリナート」を使ってスパコンを冷却する液浸冷却技術を開発・販売する「ExaScaler(エクサスケーラー)」社、積層メモリー開発を行う「UltraMemory(ウルトラメモリ)」社などからなる。2016年4月の時点で総勢100名あまり、ハードとソフトの開発に長けた技術屋集団だ。

PEZYグループ各社の関係性

PEZYグループ各社の関係性を示した資料。2016年の取材時に齋藤氏から見せられたもの。

齋藤容疑者は、新潟大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科卒。医学博士で放射線科医師の資格も持つ。1997年、28歳でアメリカのシリコンバレーで医療画像システムの開発会社テラリコン社を創業。2001年11月には医療画像の3次元インタラクティブシステムを開発するなどして頭角を現してきた。

自著によると、2003年には日本人として初めて、米国コンピューター業界栄誉賞「Computer World Honors」を医療部門で受賞した。

近年は、PEZY社とグループ会社の活動を通じて、スーパーコンピューター開発において天才的な手腕を持つ人物として注目を集めていた。著書『エクサスケールの衝撃』では、齋藤容疑者が思い描く、次世代スーパーコンピューターが人類のためになぜ必要なのか、といったことまで踏み込んだ持論も展開している。

PEZY社のビジョン

PEZY社が2016年当時の取材で示したビジョン。

スパコン開発には、巨額の開発費用がかかるとされる。ベンチャー企業がスパコンを短期間で開発するだけでも異例だが、PEZYグループは独自の冷却技術のみならず、心臓部のプロセッサ、メモリーの開発も進めていた。

登記簿によると、2015年1月時点でPEZY社の資本金は約3億円だったが増資を繰り返し、同年7月には約9億4000万円になっている。

NEDOからも、さまざまな技術開発で助成を受けている。NEDOによると、2010年度以降、PEZY社に対して5件の助成金を出している。交付予定の助成金を含めると、総額で約35億2000万円にのぼる。

スパコン開発、技術力には社外から高い評価

新聞社系のネット報道メディアやテレビ局が「助成金詐欺容疑」事件として報道する中、IT業界関係者の間では全く違った反響があった。「なぜあの人が?」「本当なのか?」という声だ。ある大手企業関連会社のエンジニアは「この業界では珍しいほど、(逮捕容疑に対して)後ろ指を指すような人が見当たらない。成果を出している会社。道半ばで終わるようなことにはならないでほしい」と言う。

筆者は人工知能関連の書籍のために2016年4月、インタビュアーと共に齋藤容疑者のもとを訪れたことがある。一言でいって、非常に頭の切れる人物。インタビューを始めると、書籍15ページ以上の内容を、一切言い淀むことなく、プレゼンを交えながら一気に話した。しかも、とてつもなく面白い。その内容が、ほとんど編集を加えなくて良いほど完成された構成だったため、編集作業を進めながら再び驚かされた記憶がある。

技術力に高い評価があったことは、PEZY社とExaScaler社などが関わったスパコンや冷却技術の採用実績から明らかだ。

RIKENと共同設置したスパコンが世界トップの性能に

RIKENと共同設置したスパコンが世界トップの性能になったことを伝える最新のリリース文。

理化学研究所(RIKEN)や大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)といった大手研究機関がPEZY社と共同開発などをしたスパコンを設置、Yahoo!JAPANのスパコン「kukai」にも、ExaScalerの冷却技術が採用されている。その省エネ性能は高く、2017年11月16日、RIKENとPEZY社、ExaScalerが共同設置したスパコン「Shoubu(菖蒲)system B」は、スパコンの世界的な省エネ性能ランキング「Green500」で世界1位を記録している。

PEZY社のスパコンは「Green500に特化した、いわば直線しか走れないベンチマークマシンだ」という研究者がいる一方、齋藤容疑者自身は2016年4月の取材時に明確にそれを否定していた。

IT業界が思い出すべき、Winny金子氏の「事件」

どのような行為が具体的に詐欺と認定されたのか。公判がどのように展開されるのかについては、今後の捜査の進展を待つしかない。

ただ、IT業界と日本の司法が忘れてはいけないのは、2000年代に社会問題に発展したP2Pファイル共有ソフト「Winny」の開発者、故・金子勇氏の「事件」だ。

金子氏は著作権法違反ほう助の疑いで2004年5月に起訴されたが、最終的に2011年12月20日、最高裁で無罪が確定した。その後、金子氏は2013年7月6日、病死により急逝している。

金子氏は、所属していた東京大学の教授らも認める「天才」で、その開発技術と視点の高さは、多くの技術者や研究者から認められていた。

こうした天才開発者が、無実の罪で長期間、PCに触ることもままならないような環境を作ったことは、日本の産業において大きな損失だったという声は決して少なくない。金子氏が最後に取り組んでいた研究の1つはニューラルネットワーク、つまり今日の最新AI研究に繋がる技術だ。また、Winnyそのものも分散ファイル処理の技術であり、今のブロックチェーンに代表される非中央集権的な思想を持っていた。

Winny事件から学べることは、捜査当局が違法と判断した容疑事実と、技術の研究開発を切り分けて考えることだ。今回の詐欺容疑事件の全容解明が必要なことは当然ではあるが、事件が起きたことで、評価されるべき技術の開発が大幅に停滞するようなことはあってはならない。

その点で、報道機関はこの事件を司法だけではなく、技術的側面からも慎重に報じていかなければならない。

(文・伊藤有、小島寛明、写真・伊藤有)

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