総合商社も直面する「人材流出」27歳女子がベンチャー転職を決めた本音

大手有名企業を辞めて、創業数年で成長中のベンチャーに転職する動きが増えている。就職活動の人気企業ランキングで長年、上位を占めてきた総合商社からも、大量に人材流出しているというツィートが話題になるなど、人気企業も例外ではないようだ。その背景には何があるのか。

横断歩道

転職の決め手は時代と共に変わりつつある。

ShutterStock

「意外と残り時間は少ない」

クラウド会計ソフトや人事労務管理ソフトのfreeeでマーケティング・企画担当として働く須藤香織さん(27)は、2016年6月、総合商社から転職した。freeeは創立6年目のベンチャーだが、クラウド会計では85万事業所が導入し、シェアナンバーワンと急成長中だ。

転職を考えたきっかけは、入社2年目の秋のことだ。来年以降も同じ部署で同様の業務を担当することになると知って、心が揺れた。

「自分のキャリアにとってどうだろう。このままで、やりたいことができるのか」

新卒で総合商社を選んだ理由は「新規事業に投資するキャッシュがあってグローバル展開をする商社なら、チャレンジする環境が整っている」と考えたから。世の中の問題解決をする新たなサービスをやってみたかった。

入社してエネルギー物流の部署に配属となり、海外とのやりとりや国内の取引先との調整を担当した。

「社会人の基礎力みたいなものも叩き込まれました」

電話の取り方、取引先との交渉、飲み会の幹事まで、おおよそ基本的なことは「すごく身についた」。その基礎が、今の仕事でも生きているのは間違いない。

ただ、「欧州留学や浪人もしたので、社会に2年遅れて出た、という意識がありました。その分、できるだけ早く成長したかった。30歳までに子どもを産みたいと考えると、意外と残り時間は少ないのに、同じ仕事を3年も繰り返していたら(想定までに)新しいサービスを普及させせる力、それで稼ぐ力がつかないな、と」。

時間をお金で買う感覚

2年目の秋に、大学の知人が働いている縁があってfreeeと接触。勤務先だった商社は希望に沿った部署異動も提案してくれたが、結局、思い立ってから半年あまりで転職した。

freeeに転職した須藤さん

ベンチャーへの転職は「成長する時間をお金で買った」と考える。

撮影:滝川麻衣子

急成長中のベンチャーに来た今、カルチャーの違いを肌身に感じる。

「PDCA(計画→→実行→評価→改善)のサイクルがとにかく速い。試行錯誤しながら走り、問題があればそこを改善していくというスピード感は、やっぱりベンチャーならでは」

経営陣と社員が直接話せる時間を設けるなどフラットで、一社員の裁量権が大きい。副業や在宅ワークもOKで、働き方の自由度が高い。

収入は商社時代と比べて下がったが、後悔は全くないという。

「不安定な時代、どんな大きな会社だって先行きはわかりません。共働きでリスク管理して生きていく必要があると思います。子どもを育てながらも、やりたいことで食べていく力をつけるためには、20代でどれだけ成長できるかが大切。私にはお金より時間が惜しかった」

伝統的な大企業か、急成長中のベンチャーか。どちらがいい悪いではない。

「組織の育成システムの話だと思います。大企業の成長サイクルが合わない人は辞めていく。(報酬に差があっても)成長する時間をお金で買うという感覚です

「居続けることはリスク」

社員による企業の口コミサイトVorkersには、具体的な企業の実態や評価と共に、退職検討理由も赤裸々につづられている。そこでは総合商社の評価は抜群に高い。待遇面の満足度、社員の士気などの項目でつくる八角形チャートで「他業種に比べてバランスよく高いのが特徴」(担当者)という。

Vorkersの協力で、商社社員のコメントを抽出したところ「ビジネスマンとしての基本動作から、深い思考力、状況判断力、先を読む力が身についた」「安定性は抜群」「優秀な人材の中で磨かれる」と、伝統的な大手企業ならではと思わせる高評価の一方で、退職者の退職検討理由には「大企業ならではの葛藤」も浮き彫りになってくる。

「20代の内はまだしも、30代以降の成長機会があまり感じられなかった。ソフトスキルを磨くことに専念しているが、そこは数年やればある程度は分かってくるので、4〜5年目ごろから物足りなさを感じるようになってくる人もいると思う」(三菱商事、在籍5〜10年、退社済み)


「20代成長度合いの低さ。もっともっと自走力を鍛えたかった」(三井物産、在籍3年未満、退社済み)


「住友商事の中でしか生きていける人間になりたくなかった。将来何が起こるかわからず、倒産する可能性も視野に入れて自分のキャリアを考えた時、居続けることはリスクだと感じたから」(住友商事、在籍5〜10年、退社済み)


「新卒が大事に育てられる環境ではあるが、成長スピードは遅いと感じた。 社員は総じてエネルギーのある人が多いものの、全体的に内向きに使われていて非常にもったいない。自分のことが1番という感覚があり長い目で見たときのキャリアとして不安がよぎった」(伊藤忠商事、在籍3年未満、退社済み)」

退社済みの元社員のコメントは、在籍年数10年未満が多いのも特徴だ。

300人未満企業への転職が急増

昭和世代なら定年まで“一生安泰”とされたような大企業を数年で辞めて、国内外の成長ベンチャーに転職するケースは、商社に限らず増えている。リクルートエージェントの「転職決定者データ」によると、同サービスで2017年上期の「5000人以上企業出身者」の転職決定先規模は、もっとも小規模の「300人未満」が2014年上期比で134%と、右肩上がりに伸びている。人手不足で求人自体が増えたこともあるが、2016年度の35歳以下の転職決定者数は、2010年比で2倍に達した。

転職決定先規模

出典:リクルートエージェント「転職決定者データ」

転職先を選ぶ決め手となった理由で「経験やスキルが活かせる」「やりがいのある仕事に携われる」に次いで多かったのが、「新しいキャリアを身につけられる。成長が期待できる」(46.2%)だった。

リクナビNEXT編集長の藤井薫さんは、リクルートエージェントの登録者に対する有効求人倍率が1.9倍(11月時点)と、売り手市場が長期化する中で、転職市場のトレンドとして「企業規模から成長機会へ、転職の決め手が変わっている」と指摘する。

「企業の勝負はものづくりから、コトづくり、つまりサービスの競争に移りつつあります。例えば自動車や流通でもIT人材がほしい。どの業界にいたかより、個人のスキルアセット(資産)が重視され、業界をまたいだ越境転職が増えている

大企業を数年であっさり辞めて、創業数年のベンチャーに行けば、「親世代は驚くかもしれませんが、ミレニアル世代は企業規模よりも自らの成長ステージが上がる方に価値があると考えているのでしょう」。

若手の成長実感がカギ

IT企業の採用・組織開発支援を10年にわたり担当してきた、リクルートキャリアのHRソリューションプランナー長尾悠さんは「この10年で転職市場は激変している」という。

「商社やメガバンク、グローバル展開するメーカーといった大手有名企業の若手にも、IT業界への転職が増え(転職したいと考える)潜在層も顕在化してきている」

「従来、企業にいったん入ると、社内の付き合いが増えて周囲の情報は入ってこなかった。今はオンライン上にいくらでも、大手ではなかなか機会のない(ゼロから何かを生み出す)ゼロイチの体験ができるベンチャーの情報があるので、触発されるのでしょう」と、長尾さんはみる。

キャリアの選択は個人の自由で、時代と共に変わるのは自然な流れだ。ただ、日本の人口の年齢構成は、若手ほど少ない逆ピラミッド。それに加え若手が流出していては、大企業は中間管理職層が育たないという事態になりかねない。

「俺について来いというコマンド(命令)型の教育を受けてきた世代の上司も、1on1(一対一でコミュニケーションを重視する関わり方)で、命令ではなく支援やサポートをしながら、若手の成長実感を促進するマネジメントに切り替えていく必要があるのでは」(長尾さん)と、話した。

(文・滝川麻衣子)

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