安倍政権が一転、中国の「一帯一路」支持で動き出す経済界

日本の経済界が、中国政府のシルクロード経済圏構想「一帯一路」に熱い視線を注いでいる。これまで冷淡だった安倍政権だが、日中関係改善の“切り札”として構想に協力する姿勢に転換したことで、これまで及び腰だった企業も積極姿勢に転じている。

中国の工事現場

中国では道路、港湾などで大規模なインフラ工事が進む。この工事を受注できるかどうか。日本企業にとってもビジネスチャンスである。

REUTERS/Stringer

ダナンと東京で大賛辞

この2人が日中の国旗をバックにほほ笑みながら握手するのは初めてだった。11月11日、ベトナム戦争の激戦地、港湾都市ダナンで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)。期間中に開かれた日中首脳会談で安倍首相は、習近平中国国家主席に「第三国でも中国と協力してビジネスを展開したい。日中両国だけでなく、現地国にとっても意義がある」と、「一帯一路」支持を自ら伝えたのである。

続いて12月4日、首相は東京で開かれた日本と中国の主要企業トップが一堂に会す「日中CEOサミット」で「アジアの旺盛なインフラ需要に日中が協力して応えることは、両国の発展だけでなくアジアの人々の繁栄にも貢献できる」と、「一帯一路」への賛辞を送った。昨年までは見向きもしなかった構想に、ここにきて積極姿勢に一転したのはなぜか。

中国共産党規約にも盛り込まれた「一帯一路」は、習主席が2013年に明らかにした。中国から中央アジア、欧州に続く「シルクロード経済ベルト」(一帯)と、東南アジア、インド、アラビア半島、欧州に続く「海上シルクロード」(一路)で、巨額のインフラ投資を通じた経済圏構想である。沿線国人口は計約44億人と世界の約6割を占め、国内総生産(GDP)の合計は約21兆ドル(約2360兆円)で世界の約3割に迫る。

孤立回避、改善の切り札に

数字をみれば魅力的な経済圏に映る。安倍政権は2016年まで、中国を排除した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の成立に血道をあげてきた。しかし「アメリカ第一」のトランプ政権はTPPから離脱し、日本は「ハシゴ外し」に遭ってしまった。日本政府は、アメリカ抜きの11カ国新協定「TPP11」発効を目指しているが、米中の入らない経済圏に求心力はない。

中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)は「意思決定過程が不透明」と批判してきただけに参加のハードルは高いが、「一帯一路」に加盟手続きはなく、民間が進めればそれで済む。

成長著しいアジアで、米中のパワーシフト(大国の重心移動)が加速する。日中関係だけが悪化し続ければ、とり残されるのは日本。孤立を回避し市場拡大を図り、関係改善の「切り札」にする —— 政経両面のプラス効果を計算した方針転換だった。

中国にとって構想は、成長の果実を周辺国と共有することで巨大な経済圏を構築し、国内産業の市場開拓にもつながる。同時に過剰生産した鉄鋼やセメントなどを処理する狙いや、4兆ドルもの外貨準備の運用多角化にもつなげる思惑もある。急成長が望めなくなった中国経済にとってはプラスが多いが、日本企業にとってはどうだろう。

日中協業のウィンウィン

中国は最近、あらゆる海外プロジェクトを全て「一帯一路」に結びつけて宣伝する傾向がある。日立製作所の小久保憲一常務は、中国・広州での記者会見(12月1日)で、「これまでも中国企業と組んで(日中以外の)第三国で仕事をしてきた」と説明する。

首脳写真

APECでの首脳会談では一転して「一帯一路」構想への協力を申し出た安倍首相。そこには日本だけ「取り残される」という焦りがあったのか。

REUTERS/Jorge Silva

「中国の影響力拡大につながるだけでは」との慎重論に対しては、「どの国を利するかは顧客が決める」。同氏は、中国企業が海外で受注した高速鉄道車両に、発注元の要請で日立製の基幹部品が使われたこと。逆に同社がリビアで受注した発電設備で、コスト削減のために中国企業を活用した例を挙げ、「日中協業」がウィンウィンにつながったと強調した。

安倍政権の方針転換を受け経済産業省は、「一帯一路」に参加する日本企業の協力分野を企業に説明し始めた。

  1. 「省エネ・環境協力」では、太陽光と風力発電所の開発・運営
  2. 「産業高度化」として、タイ東部の工業団地の共同開発
  3. 「物流利活用」では、中国と欧州を結ぶ鉄道を活用するための制度改善を協力推進

を挙げ、政府系金融機関の支援も検討するとしている。官が、中国協業を躊躇していた企業の背中を押す構図である。

軍事目的には「乗らない」

「一帯一路」を巡って、中国と投資先のアジア諸国との摩擦も伝えられる。パキスタンやネパールでのダム・発電所プロジェクトが融資条件を巡って対立し、建設が中断している。スリランカでは、債務軽減と引き換えに政府が中国にハンバントタ港の99年間の運営権を与えたとして批判された。

麻生財務相は、AIIBの融資を「サラ金」に例えて批判したが、日本郵船の工藤泰三会長はこのプロジェクトについて「物流網の効率化に貢献している」と評価し、自動車輸送での協力の検討を始めたと述べている。丸紅も「一帯一路」関連のインフラ整備で、中国企業との連携を深めることに意欲を示す。インフラ建設は、軍事利用につながる案件がある。中国は2017年8月、紅海の入り口ジブチに中国軍の補給基地を建設した。ミャンマーでは、両国間の「経済回廊」の建設に意欲的で、中国内陸部からインド洋へと抜ける原油輸送バイパスとして利用価値に目を付ける。

ある大手商社幹部は「日中が第三国に整備した港湾に、中国の軍艦が寄港する恐れがあるなら、話に乗るわけにはいかない」と語る。素材メーカー幹部も「中国の真の狙いが見えにくい。新たな投資は控えたい」と慎重だ。

中国一人勝ち「脅威論」も

対中ビジネス全般について言えば、中国の内需の堅調な推移を背景に、日本企業の対中投資姿勢が積極化しつつあると見る経済専門家は多い。

上海の夜景

成長の鈍化が伝えられるが、それでも中国が世界経済に果たす役割は大きい。

REUTERS/Aly Song

好転の背景には、

  1. 中国の中間所得層の拡大が持続
  2. 雇用、物価など中国経済のマクロ指標の好転
  3. 日中関係の改善傾向

が挙げられる。「一帯一路」について、特に3の日中関係の改善という政治ファクターが大きい。財界も改善に向けて政権にさまざまな圧力をかけてきた。

一方、ネガティブ要因も少なくない。中国は2017年「サイバーセキュリティ法」を導入、ネット規制を回避するソフトウエアVPNの規制強化など、サイバー空間の統制を強化した。このため、IT関係企業の中国市場への見方は厳しさを増している。

中国一人勝ちの「経済脅威論」とでもいうべき姿が浮かぶ。第一に、中国企業による相次ぐ西側優良企業の買収。第二は、石油に匹敵する重要性を持つ「ビッグデータ」で、中国企業はデータ収集力で圧倒的優位。第3にスマホ、eコマース、フィンテックなどの分野での中国企業のイノベーション力、である。

欧米企業の間では一時の中国へのビジネス熱が冷え始めているとされるが、動き出した一帯一路ビジネス展開に落とし穴はないのか。中国が強調する「共同発展の新たな原動力」という構想の「ウィンウィン精神」が試されている。


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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