政府は2018年春、国が定めるモデル就業規則を改正し、副業容認にかじを切り、国を挙げて副業を推進する姿勢を打ち出す。一方で中小企業庁の調査では企業の85%が副業を認めていないのが現状だ。
一般の会社員の副業そのものを禁止する法律はないとされるが、副業禁止の職場で副業が会社にバレたらどうなるのか? 副業を認めている会社でも、NGな副業とは? 労働法に詳しく、厚生労働省の検討会の委員として、副業解禁議論の最前線にいる荒井太一弁護士に聞いた。
shutterstock
—— 副業禁止の会社で、副業をしていることがバレてしまったらどうなるのでしょうか? 副業を辞めるか、会社を辞めるか迫られた話を聞きますが。
荒井太一弁護士(以下、荒井):どうなるかは、ケースによって異なります。場合分けをしてみましょう
case1. 本業と違う仕事→◯
食品メーカー営業職の社員が、フリマアプリのメルカリで洋服や趣味の物品を販売し、利益を得ている。さらには実家のマンション経営も手伝い、そこでも報酬を得ていた。これを見とがめた会社側が「会社に申請もせずに何をしているのか。副業を辞めるか会社を辞めるか選んでほしい」と言ってきた。
荒井:このケースでは、副業の仕事で本業の秘密情報を話すことはまずないですし、競業避止(労働者が勤務先企業と競合関係にある業務を行うことは、労働法の信義則に反するため、できないとする義務)には当たらない。こういったケースは、個人の自由です。禁止すべきではないとの、判例も出ています。
副業禁止規定があるにもかかわらず、副業がバレたときに本人が「辞めない」と言った場合、それでも解雇するかを会社は決めなければなりません。本人が辞めないと言っている以上、解雇訴訟が起きるかもしれない。そうなった場合に、メルカリやマンション経営のケースで、(会社側が)裁判で勝ちきるのは、本業をサボっているなどの事情がない限り、なかなか難しいでしょう。
case2. 本業の知識・ノウハウを使って仕事→×
人材サービスの会社に勤めている社員が、週末にキャリア相談を受けて、報酬をもらっている。カリスマキャリアカウンセラーとして立ち上げた個人ブログも、一躍人気に。これに対し、会社の上司が「ちょっと君、ブログ見たけれど、キャリア相談をお金もらってやっているの?」と、指摘してきた。本人が「そうですが」と認めると、「それは副業を辞めてもらわないと困る。応じられないのなら、君はこの会社にいる資格はないね」と迫ってきた。
荒井:平日の業務と週末やっている業務が同じというシンプルなケース。おそらく競業避止に違反する形になりますので(本業も副業も)、両方辞めないと言っている場合は、本業の方を解雇されてもやむを得ないと思います。
副業そのものを禁止する法律はないが、禁止されるケースはある。
撮影:今村拓馬
このケースは本来、本業の会社に売り上げが立つはずの業務です。副業をやっていなかったら「実はこういう相談をされている」と本業でお客さんになる可能性もある。本業の営業担当と「一緒に営業に行こう」というのが、本来起き得るシナリオです。
それに対して自分で対応して、自分のお金としてポケットに入れてしまっている。会社にとってみれば「その副業でやっているサービスをつくり出したのは誰なのか」と言うことになります。利益相反です。
会社は漠然と副業自体の禁止はできないのですが、競業避止行為は禁止できるのです。なお、こうした副業であっても、会社が許可しているのであれば、もちろん問題はありません。
ただ、何を持って「競業」というかについては、解釈によって多少違いはあると思います。会社としても可能な限り特定しておくと、誤解が生じず、トラブルも避けられると思います。
case3. 会社の対外的信用を傷つける可能性があるケース→×
大企業の20代社員が、会社の仕事を終えた後、六本木の性風俗店でほぼ毎日6時間、「〇〇社現役OL」と明らかにして、人気風俗嬢として深夜まで働いていた。会社には内緒。
荒井:例えば、社員が痴漢で逮捕されるといった事案を「私生活上の非行」と言います。私生活において一般常識に反することを指しますが、こうした行為も会社の社会的評価や職場秩序に悪影響を及ぼす場合は禁止されます。副業でいうと、原則的には本業には無関係なのだけれど、世間に知られることで会社の名誉・信用を損なったとして、懲戒処分となる可能性は十分にあります。風俗店勤務が非行と言えるかはともかく、会社の社会的評価などに悪影響を及ぼす場合、会社がこれを禁止することは認められると言えます。
case4. 本業に支障→×
不動産会社の営業担当の社員が、副業で得意のイラストの仕事をクラウドソーシングで受けていたところ、注文が殺到。夜はほとんど寝る時間がなく、本業の就業中に居眠り、アポイント忘れなど支障が出ている。
荒井:これは認められないですね。副業だろうがそうでなかろうが、やってはいけないことはやってはいけない、守るべきは守る。①競業避止②私生活上の非行など職場秩序に悪影響③本業に支障—と、ここまでに出て来たNGのケースは、実は副業に限らず、労働契約の義務として、そもそも認められないことです(本業の会社が認めていれば別ですが)。会社は社員に副業を一律禁止する法的な根拠はありませんが、例外としてダメなケースはある。それは、副業に限らず、会社員として認められないことです。
case5. 週末は人気YouTuber→◯
大手旅行代理店の社員が、週末や就業後、英会話YouTuberとして活動。人気が出て会社に知られることに。「本業以外で報酬を得ることは許されない」と会社に言われた。
これは副業禁止規定があったとしても(仮に解雇訴訟になった場合、裁判で勝ちきるのは)、会社側が厳しいケースですね。そもそも副業でお金を稼いでいても、本業には関係ない。そこだけでは、止める根拠にならないです。
企業が副業嫌がる本当の理由とは
——そもそも、社員の副業を嫌がる企業が多いのはなぜでしょうか。
荒井:さまざまなリスクを考え、不安に感じるということもあると思います。
日本型雇用は、シフトチェンジの時期を迎えている。
撮影:今村拓馬
もっとも、個人的な印象としては、より大きな背景として、日本型雇用の特徴が、そもそも副業を想定していないことに戸惑いの原因があるのではないかと思っています。
それも一理あって、今まで日本企業は長期雇用を前提として、さまざまな人事制度や報酬体系を設計しています。その前提の中で、家族手当など、いわば労働者の私的なイベントも含めて、手厚く面倒をみてきた。
いわば(職務だけでなく)人生を丸ごとみているのです。つまり労働契約を、単なる労務提供に対する賃金の支払いとは、心情的には思っていない。もっとディープなものとして捉えているように思います。
——そこに、政府が今度は副業を推進せよ、と言っています。ちまたでは「少子高齢化で財政が厳しい中、政府は副業推進で退職後も自己責任で自活させようとしている」との声も上がっていますが。
荒井:海外の学識者からも、日本は本来国が負うべき社会福祉や雇用保障を、企業が負わされてきた面もある、という指摘もされています。
しかし、転勤や長時間労働と引き換えに、年功序列で給料が上がり終身雇用を保証するという日本型雇用の限界がきているのは確かです。
副業は、次のモデルを探さなくてはならない時代の、小さいながらも一つの方策ではないでしょうか。いきなり「みんな自由」ではなくて、本業はあって一定の雇用保障は残りつつも、副業という形でキャリアチェンジをしていく。穏健な働き方のシフトチェンジをしているのでは、とみています。
——副業を認めると、会社側の労務管理は、どうなるのでしょうか。
荒井:厚労省が2017年春に公表する副業推進ガイドライン案では現時点で、本業も副業(副業でも雇用されている場合。自営やフリーランスは除く)も含め会社側が、社員の申告などにより「労働時間を通算する」となっています。これは昭和23年の通達が根拠となっているのですが、さすがに時代も大きく変わった今、この通達は見直すべきとの意見もあり、まさに議論の最中です。
荒井太一(あらい・たいち):森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士。慶應義塾大法卒。米バージニア大ロースクール修了。商社や官庁への出向も経験。厚生労働省、柔軟な働き方に関する検討会委員も務める。
(文・滝川麻衣子)