法科大学院の相次ぐ閉鎖がクローズアップされる中、同じ専門職大学院の経営大学院(ビジネススクール、MBA)にも淘汰の波が忍び寄っている。
2013年の日本大学に続き、2017年度は南山大学、中京大学が学生募集を停止した。高度専門職人材を養成する専門職大学院制度が2003年に始まり、日本の大学は続々とMBA創設に動いたが、和光大学経営学部の金雅美教授は、「国内MBAの半分は定員割れだろう」と厳しい現実を指摘する。
社会に出てから勉強の必要性を感じる人々は少なくない。
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多くが「限界ビジネススクール」
世界のMBAを20年にわたって研究している金氏は、2011~2014年にかけ、日本のMBA教員や学生から聞き取り調査を実施。国内MBAを一度も定員割れを起こしていない「優良ビジネススクール」、入学者数が減少傾向にある「準限界ビジネススクール」、定員割れが数年続いていたり、創立当初から定員が埋まっていない「限界ビジネススクール」に分類した。
「日本のMBAはピークアウトしている。最近はアジアのMBAへの関心が高まり、私の研究対象もそちらに移っている」と語る金雅美教授。
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金氏は、「調査したMBAで学生が増え続けているところはなく、『優良ビジネススクール』に相当するのは少数だった。入試倍率を公開しているMBAの平均倍率はこの数年、1.3倍前後で推移している。倍率や入学者数を公開していない大学も多く、実際は全体の半分以上が定員割れだろう」と話す。
聞き取り調査では、限界ビジネススクールの教員から、「プログラムの質を確保するために入学試験を厳しくしており、定員が埋まらない」との声がある一方、定員が埋まっている学校からは、「本当に入れたくない学生だけを落とすのが入学試験であり、学生を選んでなんかいられない」「落とせるほど学生は集まっていない」との声が挙がった。
昨年地方の大学でMBAを修了した30代前半の女性は、「社会人経験のない中国人留学生が多くて、講義の質に影響が出ていると感じた。学校は『アジア重視』という名目だったけど……」と語る。
日本企業はMBA人材を求めていない
大学院レベルのMBAの始まりは、1908年に創設されたハーバード・ビジネススクール。日本では1978年、「和製MBA」を目指した全日制の慶應義塾大学大学院経営管理研究科が開講し、1990年前後に筑波大学や神戸大学が社会人向けの夜間カリキュラムを開設した。その後、2003年の専門職大学院制度制定で設立ラッシュが起こり、文部科学省によると、2017年5月時点で30大学が専門職大学院の経営大学院(技術経営のMOT含む)を運営。ファイナンスに特化した会計大学院も12大学に置かれている。
日本の大手企業は1970年代ごろから、欧米MBAへの社員派遣を開始。自費でのMBA留学も増え、日本でも「MBA=ビジネスエリートのパスポート」とのイメージが浸透していった。
にもかかわらず、国内MBAが苦戦する理由について、金氏は「日本企業からの評価が低いのが大きい」と語る。
MBAの草分けハーバードビジネススクールは、エリートビジネスマンを多数輩出している。
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「日本企業は若手を幹部に抜擢する、給料に差をつけるというやり方を好まない。現場で結果を出してこそというボトムアップ経営では、MBA人材は求められない」
金氏によると、日本企業の海外MBAへの社員派遣は減っていない。エグゼクティブMBA(EMBA)など、期間が短いカリキュラムの人気は上昇しているという。それも、「経営幹部の育成手段というよりは、新卒採用で良い人材を集めるための広告のような位置づけ。複数名派遣すれば数千万かかるが、大手企業の採用コストとしては合理的な範囲」だという。
一方で、外資企業の間では「空前のMBA採用バブル」が起きているという。中でも価値が高まっているのがアジア、特に中華圏MBAだ。
「香港や中国には英語コースを提供するMBAが多い。英語が話せ、中国事情も分かる点が企業には魅力に映る。就職活動で競争力が高いためか、修了した日本人学生もおおむね満足している」
ただし、外資企業が人材採用の前提とするのは「英語力」であり、ここでも日本のMBAの優位性は薄い。
社会人のディズニーランド
転職の武器にならず、外資の採用バブルから取り残された感もある国内MBAに存在価値はあるのか。金氏は「確かに、国内MBAで人生やキャリアを変えるのは難しいが、日本の社会構造に応じた価値はある」と語る。
そもそも、会社を辞め、多くの場合は学費のために借金までして入学する欧米のMBAと、「働きながら通える」カリキュラムが主流の国内MBAでは、学生が背負うリスクや投資が全く異なり、対価が違うのは当然と言える。
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自身もアメリカでMBAを取得した金氏は、「アメリカのMBAで夜中も図書館にこもって勉強した、なんて話が日本人経営者のインタビューに時々出てくるが、多くの場合は英語で苦労しているのであって、トップクラスのスクール以外は、そこまで勉強しなくても修了できる。MBAというとハーバード、スタンフォードなどを連想しがちだが、欧米には草の根スクールのようなMBAが多くあり、日本のMBAもそちらを参考にすべきだ」と指摘する。
「日本のMBAは、『多様性』を是とし、ビジネス界以外の多様な人材が集まる。言い換えれば、経営のプロを養成するというより、経営の入門を教える役割を担っている。また、日本は転職が頻繁でなく、職種によっては会社以外の人と付き合う機会がほとんどないため、MBAは利害を超えた友人をつくる場にもなっている」
金氏は、「欧米MBAは結果重視だが、日本のMBAはプロセス重視。ストレスが発散でき、勉強もできる。社会人のディズニーランドみたいな存在かもしれない」と形容する。
とは言え、半数以上が定員割れとみられる中で、国内MBAの数が飽和状態にあるのは間違いない。日本のMBAは働きながら通えるゆえに、法科大学院のように人生を大きく左右するものではなく、大規模な淘汰は起こりにくいが、それでも「準限界ビジネススクール」「限界ビジネススクール」は緩やかに消滅に向かっていると金氏は見る。
「安泰な国内MBAは10もない。生き残るのは、京都大学のように学歴としての価値がある大学、学費が比較的安い国立大学、最初から戦略をしっかり打ち出している大学だけだろう」と述べた。
(文・浦上早苗)