差別化模索する国内MBA 。グローバルの弱み補う留学生部隊

「日本の秘密を知りたい」

ミャンマー人のスー・テンギ・レッさん(24)が日本に興味を持ったのは、父の影響だ。中国・福建省から移住し、ミャンマーで自動車部品販売会社を経営していた父は、日本製品を好み、「日本の物は何でも品質がいい」が口癖だった。

物心ついたときには日本を意識していたスーさんは、2010年に奨学金を得て佐賀県の高校に留学した。

スーさん

ミャンマー人留学生のスーさん。父親から「日本の物は何でも素晴らしい」と聞かされて育った。

「でも、一般的な留学とはちょっと違った。今思えば、よく乗りきれたもんだと思う」

スーさんは当時を振り返る。留学先は普通高校の普通のクラス。スーさんは日本語を話せず、日本人の同級生は英語を使いたがらない。ミャンマーの母に電話して、「何もない。何もできない」と泣いた。それでも、親切な同級生とホームステイ先の家族に助けられ、10か月の留学が終わるころには、スーさんは基本的な日本語を話せるようになっていた。

「日本の秘密を知りたい」

ミャンマーに戻って2014年3月に大学を卒業した後も、日本への思いは消えなかった。初めての日本暮らしは生活するだけでいっぱいいっぱいで、「日本の秘密」は分からずじまい。もっとちゃんと勉強したい。再び奨学金を探し、応募しまくって2015年3月、今度は東京の日本語学校への留学にこぎつけた。日本語を身に着けたら、大学院に進学してマネジメントを学ぶつもりだった。

勉強姿

「一番知りたかったのは日本の企業や技術のことだけど、私の父は中国人、母はミャンマー人なので、アジア全体のビジネスも学びたかった。大学院レベルの内容を日本語で理解できるか不安だったので、英語で講義を受けたいとも思った」

スーさんによると、ミャンマーの母語はミャンマー語だが、小学校から英語を学び、多くの人が英語を使いこなす。香港や韓国の大学も調べ、最終的に「インターンシップが充実しているし、通いやすい」と、法政大学のグローバルMBA(GMBA)プログラムを受験することにした。

2014年に文部科学省が定める「スーパーグローバル大学創成支援」に採択された法政大学は、グローバル化への取り組みの一環として、2015年9月、経営大学院(MBA)にGMBAを開設した。アジアのファミリービジネス後継者や日本企業のグローバル人材養成を掲げ、全ての講義を英語で行うほか、日本社会を複数の角度から理解できるように地方自治体と企業での長期インターンシップを必修としている。

2016年9月、台湾やパキスタン、遠くはブラジルやアフリカからの留学生とともに、GMBAに入学したスーさんは、佐賀県基山町役場で1カ月、東京のベンチャー企業で計200時間のインターシップを経験した。普段もホテルでアルバイトしているが、「インターンシップは行政や企業の実務を全体から見ることができ、貴重な体験だった」と話す。

日本人学生にグローバルな環境を

法政大学GMBAは1年半コースで学費は計約300万円。主なターゲットはアジア各国のビジネスエリートだ。とはいえ、学生の質を保つため定員は15人に抑えている。GMBAディレクターの高田朝子教授は、「MBAをグローバル化し、通常コースで学ぶ日本人学生を『プチ留学』環境に置く狙いもある」と語る。学内はGMBAを含め3つMBAのコースがあるが、講義を相互開放し、自習スペースも共有する。

講義風景

法政大学GMBAの定員は15人。今は全員外国人だが、日本人の受験も制限していない。

法政大学イノベーション・マネジメント専攻(MBA)は、国内MBA設立ラッシュ期の2004年に開講。全日制の1年コースでスタートしたが、2007年に、夜間と週末に講義を行う2年プログラムと、中小企業診断士の資格を取れる全日制1年プログラムに再編した。

当時は「会社を辞めるか休職してフルタイムで学び、学位取得後に好待遇のオファーを受け転職する」というイメージが強かったMBA。日本で最初にMBAを設置した慶應義塾大学は今も全日制の2年コースを維持しており、法政もそれに倣った。

だが、「新卒一括採用、年功序列、人材流動性の低さが特徴の日本では、職を捨てて、2年間勉強に専念できる人は、思った以上に少なかった」(高田氏)。

一方で、転職するつもりはなくても、「業務を改善したい」「会社に新規事業を提案したい」などの理由で、経営を学ぼうとする中堅ビジネスパーソンは少なくない。仕事と学びを両立できる夜間カリキュラムが、国内MBAのスタンダードになっていった。

差別化が課題の首都圏大学

2000年代前半の国内MBA設立ブームから10年以上経ち、定員確保に苦労するビジネススクールは少なくなく、法政も危機感を強めている。

アメリカと日本の両方でMBAを修了した高田氏は、

「日本にはMBAホルダーのための転職市場がほぼない。日本のMBAの草分けの慶應でも、修了後に劇的なキャリアアップを果たし収入面で大成功を収めたという例はほとんど聞かない。欧米MBAのようなジョブホップのニーズにはなかなか応えられない」と語る。

知名度の高い総合大学の多くがMBAを設置している首都圏では、差別化も課題になっている。

早稲田大学を卒業し、明治大学MBAに進学した30代の会社員男性は、「できれば母校の早稲田に行きたかったが、仕事との両立を最優先し、会社から一番近い明治を選んだ」と話した。高田氏も「法政大学も、近くの会社からの通学者が多いとは感じる。イノベーション、中小企業という強みを打ち出しているが、受験生にはなかなか届かない」と認めた。

「正解のない問い」に悩む社会人

高田氏はGMBAを「英語力に劣る」国内MBAの弱点を補完しつつ、中小企業経営の課題である「アジア市場」に近づく切り札と位置付ける。

スーさんはミャンマー語、英語、日本語のほか、父の母語である中国語と大学で専攻したフランス語を話せる。「日本の企業を理解したい」と明確な意志を持って来日し、就職活動では日本企業3社の内定を獲得。2018年4月、総合商社の双日に入社する。

「アジアの若者の価値観やハングリー精神を直接知ることは、日本人学生にとっては大きな刺激になるし、海外で仕事をするときの練習にもなる」(高田氏)

高田先生

「勉強に対する幅広いニーズを受け止めるのも、日本のMBAの役割」と語る高田教授。

撮影:浦上早苗

昨年のGMBA入学者にはイスラム教徒がいたため、校舎内にお祈りのスペースを設けた。「お祈りの時間」と言って教室を抜けて、実際はたばこを吸っていた学生を見かけた日本人は、「お祈りという習慣に驚き、実際はお祈りをしていなかったことに二度驚いた」と苦笑する。

日本での就職を目指す留学生にとっても、社会人学生との付き合いから学ぶことが多いという。スーさんは、「学校に何か頼みたいことがあったら、先に日本人の学生たちに、非公式に伝えてもらう。後から私がメールすると、『あ、その件なら聞いていますよ』とスムーズに話が進む。こういうやり方を『根回し』というと皆に教えてもらった」と笑った。

日本のMBAの存在価値と生き残りの方法について、高田氏はこう話した。

「まず、多くの日本人は正解が用意されていない問いに慣れておらず、社会に出てから『勉強しないと』と思うようになる。さまざまな『勉強したい』というニーズを受け止める場がMBAであり、分析のためのツールを知り、過去のケースに学ぶことで、ビジネスの予測の精度を上げることはできる」

「転職マーケットで人材としての価値を上げるために存在する欧米MBAがキャリアの特効薬なら、国内MBAは漢方薬なのではないか

(文・浦上早苗、撮影・今村拓馬)

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