「彼氏がソーシャルアパートメントに住んでいます」(21歳大学生)、「ソーシャル住宅で出会ったカップルの結婚式に出ましたよ」(28歳会社員男性) —— 。周囲の20代からそんな声を聞く機会が増えた。
一人暮らしでも実家住まいでもなく、シェアハウスとも一味違う、ソーシャル住宅に住む20〜30代が増えているという。あえて他人と暮らすのはなぜ? プライバシーは気にならないのか。人気の物件を訪ねた。
他人と暮らす、ソーシャル住宅がもたらすものとは。
入居でFacebookグループ参加
居住者のスナップショットが、暖かみのある照明に照らされ、壁一面に貼られている。室内にはツリーがそびえ、そこかしこにクリスマスの飾り付けが施されている。
12月のある平日にソーシャルアパートメント「ワールドネイバーズ護国寺」を訪ねると、オープンキッチンから続くリビングには、4〜5人の居住者がノートブックパソコンを広げたり、大画面でアニメを見たりして、くつろいでいた。
「このスナップショットは、住人同士のファッション対決ですね。居住者の誰かが企画したイベントなんです」
そう説明してくれたのは、居住者のファブスティーン ・リーさん(26)。ニューヨークの出身だ。留学をきっかけに来日し、そのまま日本で職を得た。大学の寮を出て一人暮らしを始めたものの、周囲と関わりのない生活を味気なく感じていた。3年前、居酒屋の飲み仲間伝いに、ソーシャルアパートメントにたどり着いた。
ワールドネイバーズ護国寺には約170人が住む。20〜30代を中心に学生から最高齢は60代もいる。男女比は半々、外国人比率は2〜3割程度。個室は約10平方メートルと決して広くないが、共用スペースは広々として、IHヒーターや大画面テレビ、フリーWi-Fiが利用でき、毎日清掃のサービスもある。
国際色豊かな住人たち。外国人比率は2〜3割程度で、多様性に惹かれて選ぶ人は多いという。
共用のキッチンは広々としている。得意の料理の腕前を住人同士でシェアする人も。
コワーキングスペースも自由に使える。
プールバーも。共用部の充実ぶりは大きな魅力となりそうだ。
一人でいたい時は、一人暮らしも選べる。
もともとは大学の女子寮をリノベーションしたという。内装は現代的だが、建物にはどこか懐かしい雰囲気が漂う。
入居の際には、Facebookグループへの参加が求められ、住居者同士のやりとりはFBとLINEが多用される。クリスマスパーティーに節分など季節行事はもちろん、DJイベントにスピーチ大会と、居住者企画のイベントやワークショップが毎週のように開かれる。家族や友人の参加もOKだ。
ミレニアルは所有より合理性
「普通に一人暮らしで会社と家を往復していては会わないような人とも、交流が生まれます。友達と違って、気の合うタイプばかりとも限らない。地域コミュニティーに参加する感覚ですね」
現在36棟、2000室を手がけるグローバルエージェンツのコミュニケーションデザイン部、吉田主恵さんはソーシャルアパートメントについてそう説明する。吉田さんも居住経験者だ。
コアユーザーは20代後半から30代で、平均年齢は29.8歳。男女比はどこも半々くらいという。
「当初は情報感度の高い層が好んで住んでいましたが、この1〜2年で幅広い層にも利用者が広がっています。地方から上京して来る際に、親御さんが探し出して内覧に来るケースもあります」
「住みながら出会いがある」と話す、グローバルエージェンツの吉田さん。自身もソーシャルアパートメント住人だった。
2005年創業のグローバルエージェンツは、右肩上がりの成長を続け、この5年の伸びは著しい。2016年3月期の売上高は前年比35%増の17.4億円、2017年3月期は同44%増の25億円に達した。
従来のシェアハウスとは何が違うのか。吉田さんはこう説明する。
「シェアハウスは住居を住人が分け合う割り算で、ソーシャルアパートメントは一人暮らしに共用部やコミュニケーションを足し算する感覚」
若年層に人気の理由については、「ターゲットはまさにミレニアル世代ですが、この層は合理的に判断して取捨選択します。所有欲よりも、原点に立ち返ってキッチンや広いリビング、ランドリーなどシェアした方が合理的だよね、と感じれば入居する。掃除も毎日入るので、そこでできた時間を仕事や遊びに使う方がいいと考えるのではないでしょうか」。
さらに、ソーシャルアパートメントには、他の共同住宅では類を見ない、大きな特徴がある。
「一棟あたり1割くらいの確率でカップルが誕生します。ご結婚されて、ここでそのまま暮らす人も珍しくないですね。社会人になったら職場以外の出会いが減りがちですが、住みながら出会いがあることは大きな魅力」(吉田さん)
大震災以降のコミュニティー志向
居住者コミュニティーへの参加が売りのソーシャル住宅は、都心を中心に近年、増えている。
2000年代の半ばには、入居希望者が減ったことやコスト削減の狙いもあって、企業が社員寮を手放すケースが増えた。プライバシーが重視される一人暮らし向けのアパートが増え、学生寮も数を減らした。
「そうした物件は個室が小さく、なかなか売れない。そこで共用スペースにお金をかけて、ソーシャル住宅という付加価値をつけた」(グローバルエージェンツ)。その結果、入居者が増え、新たな市場が開拓された。ソーシャル住宅は物件のオーナーから、業者が借り上げて又貸しする「サブリース」というスタイルが多い。敷金、礼金、保証人がいらない物件が多いのも特徴だ。
1992年創業で、もともとシェアハウスでは業界草分け的なオークハウスも、よりコミュニティーの交流を重視する「ソーシャルレジデンス」を手がけている。同社営業本部長、横山雄一さんは、2010年代に「テレビドラマでシェア住宅が一気に広まったのと、東日本大震災の後にコミュニティーを求める人が増えたことも、追い風になった」と話す。
「近年の特徴はメディアの影響もあってか若年層の利用者が増えたこと。5割が20代、3割が30代です。女性専用もつくっていたのですが、やはり男女混合が人気。出会いの場というソフト面も支持されています」
オークハウスの山中広機社長はそう語る。ソーシャルレジデンスでは住人の8%がカップルという。
「現状、2000室程度のソーシャルレジデンスを、2020年までには5000室に増やしたい。それぐらいのニーズの高まりは感じている」(山中社長)
同社では若年層への人気沸騰の背景を「もともと長屋文化があったように、コミュニティーで暮らしたいというニーズは潜在的にあった。それが、リノベーションや運営管理、シェアリングエコノミーの概念によって再定義されることで、ニーズも再発掘されてきている」(営業本部長の横山さん)と、みている。
一つの屋根の下に暮らした住人たちも、時が来れば巣立っていく。
実はソーシャルアパートメントの平均的な居住期間は2〜3年。転勤や別の物件への転居もあるし、ファミリー向けではないため、子どもが生まれるとカップルも引っ越していく。誰かと暮らしたい時は交流できるし、一人暮らしをしたいときは一人になれる。他人よりは近いけれど、家族ではなく、時期が来れば、それぞれ別の場所へと移っていく。出入り自由の緩やかなつながりが、時代の気分を表しているかのようだ。
(文・滝川麻衣子、撮影・竹井俊晴)
(編集部より:敷金、礼金、保証人に関する説明を訂正し、記事を再公開しました。)