日本の過疎地の高校生たちに仕事を 日本的経営で急成長するインド企業

ゾーホージャパンが川根本町に設立したサテライトオフィス開所式。

ゾーホー・ジャパンが川根本町に設立したサテライトオフィス開所式。

ゾーホー・ジャパン提供

インドのチェンナイに本社を置くIT企業、ゾーホーコーポレーションのCEO、シュリダー・ベンプ(48)が静岡県庁を訪れたのは、2017年9月のことだった。シュリダーが県庁東館5階にある一室に入ると、静岡県知事の川勝平太が待っていた。シュリダーはこう切り出した。

「川根本町にサテライトオフィスをスタートさせて半年がたちます。これからは地元の雇用拡大や、街おこしにも協力していきたい」

川根本町は静岡市から車で1時間ほどいった山深い村。1965年には1万人以上いた住民は今では6500人まで減少しているまさに過疎地だ。ゾーホーの日本子会社、ゾーホー・ジャパンがコールセンター機能を持つサテライトフィスを川根本町にオープンさせたのは、2017年4月のことだった。

「当社はクラウドのサービスを提供している。だからその力を信じている。クラウドのような高度なスキルを必要とする仕事はどんな場所でもできる。それに日本の地方は多くの可能性を秘めている」

シュリダーはすでにインドの生まれ故郷の町に学校を作り、貧しい学生たちを教育し、技術者に育て上げてきている。そのプログラムを日本でも実践しようとしている。申し出に川勝も深くうなずいた。

数学では貧困問題は解決できない

ゾーホーは1998年の創業以来、急成長を遂げているインドのIT企業だ。創業の地こそ米・ニュージャージー州だが、現在はインド・チェンナイに本社を置いている。

主力のネットワーク管理運用ツール「WebNMS」は、シスコシステムズ、エリクソン、アルカテル・ルーセント、モトローラなど世界2万5000社で採用され、IT運用管理ツール群「ManageEngine」の顧客は、世界に12万社を超える。業務の改善や生産性向上を支援する企業向けクラウドサービス群「Zoho」は、世界で3000万人を超えるユーザーに利用されているという。

ゾーホ・ジャパンは障がい者雇用にも力を入れ、法政大学大学院教授の坂本光司が会長を務める「人を大切にする経営学会」主催の「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞で、外資系企業としては初めてノミネートされ、「審査委員会特別賞」を受賞している。

CEOのシュリダーは1968年、“南アジアのデトロイト”と呼ばれ工業や金融業の盛んなチェンナイで生まれ、21歳までインドで過ごした。生家は決して裕福とは言えなかった。

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チェンナイの街並み

Karthikeyan Gnanaprakasam/shutterstock

「7、8歳ごろから『この貧しい環境からなんとか抜け出したい』という思いで、必死で勉強しました。電子工学や物理学などの本が手に入らず苦労したこともありましたが、先生に教えてもらいなんとか勉強しました」

奨学金で高校を卒業し、特待生としてインドの名門大学、インド工科大学(IIT)に入学。さらに奨学金を得て米プリンストン大学の大学院に留学、数学の博士号を取得する。

「大学院の修了を控え、仕事をするなら社会の役に立つ仕事がしたいと思うようになりました。私は昔から貧困問題の解決に大きな関心を持っていましたが、数学では貧困問題は解決できないのです」

そんな思いから学者の道を捨て、ビジネスの世界に飛び込む決心をした。

プログラマー確保のために日本式人材教育

最初に入社したのはサンディエゴに本社のある通信会社、クアルコム。衛星通信を使った電話網のテストをするソフトの開発を担当した。

その後シュリダーの後を追うようにインドの大学を出た弟がクアルコムに入社。その弟とともに1996年にソフトウエア開発の会社を設立。優秀な技術者である弟がチェンナイに戻ってソフト開発を、シュリダーはアメリカで営業を担当した。最初は鳴かず飛ばず、車で何カ月も寝泊まりしたこともあったという。そんな人生が大きく変わったのは友人からの1本の電話だった。

電話の主はIITの先輩から紹介されたトニー・トーマス。トニーはAT&Tのベル研究所からスピンアウトして、ネットワーク関連のSNMP(ネットワークの制御や監視するためのもの)に関するソフトウエアを開発していた。

Zohoコーポレーション

社内でプログラマー養成のプログラムを構築したゾーホー。

「人手がいるということで、協力してほしいといってきたのです」

1998年にはゾーホーコーポレーションの前身、アドベントネットを立ち上げ、シリコンバレー近郊に本社を設立、チェンナイの開発センターもこのとき本格稼働した。

会社が大きくなれば多くの人材が必要になる。最初は弟が親戚や知り合いを集めていたが、さらに企業が成長すれば、より優秀な人材が必要となる。

しかし、優秀な人材は大手の有名企業にとられてしまい、新興企業が有名大学から新卒社員を採用することは難しい。

「社内では当初、レベルの高い大学から社員を採用したいという声が強かった。しかし、私はダンスに例え、『それは自分とダンスを踊りたくないといっている人にダンスを申し込むようなものだ』『来てくれる人に来てもらわないといけない』と言っていたのです」

そこでシュリダーは人材の社内育成を考えるようになる。無名の大学の学生でも社内できちんと教育すれば、優秀なプログラマーになるのではないか。脳裏に浮かんだのは日本の人材育成方法だったという。

シュリダーは小さいころから日本に大きな関心を寄せていた。

シュリダー・ベンブ

ゾーホーCEOのシュリダー・ベンブ。

撮影・松崎隆司

「1970年代から80年代というのはちょうど、インドでも急成長した日本が注目されていました。私も日本に大きな関心を寄せていました。友達から“東京”というニックネームを付けられたくらいですから」

本田宗一郎や松下幸之助、井深大、盛田昭夫などの自伝や日本的経営の本も読みあさった。

「日本には何か特別なものがある。それを学んでインドに持っていこうと思ったのです」

その一つが日本の社員教育だ。日本は欧米のように大学で専門的な知識を得るのではなく、社員を社内で教育し育て上げている。しかも日本のプログラマーはほとんどが文系出身。入社するまで本格的にコンピューターを触ったことのない社員まで一流のプログラマーに育てあげていた。

地元高卒者たちを技術者として育成

シュリダーの狙いは当たった。ゾーホーは2000年以降急成長し、120人の社員で年商10億円を稼ぐようになった。2004年からは大卒だけでなく、高校の卒業生を集めて専門的なプログラマーに育成した。高卒をプログラマーにするきっかけとなったのは実は一番下の弟だった。

ゾーホーコーポレーションが建設中の学校。

ゾーホーはインド各地で学校も建設している。

ゾーホー・ジャパン提供

「一番下の弟はいい学歴ではなかったので、アシスタントして雇ったのですが、仕事をしてみると、どんどん伸びて優秀なプログラマーになったのです。今ではこの一番下の弟がゾーホーの開発部門を率いているのです。結局学歴じゃない。仕事を通して基本からきちんと教えていけば高卒でも優秀な技術者は育つと確信したのです」

シュリダーは2004年、新卒の学生を本格的に教育するため社内大学、ゾーホーユニバーシティー(社内大学)を設立。カリキュラムはプログラミングに特化していたものだ。

「どんな学生でも、3、4カ月もすればプログラミングができるようになり、1年ぐらいでは仕事に付けるようになる」

こうしたやり方を今後は静岡でも導入していくことになる。

ゾーホーが日本でのサテライトオフィス設立に動き出したのは、2016年5月。立地の条件は(1)自然が豊かでストレスがない環境(2)光ケーブル回線がつながる環境、の2点だった。

するとたまたま企業誘致をしていた静岡県から声がかかり、ゾーホー・ジャパンの幹部たちが数カ所を視察、川根本町に決めたという。最終的に決めた理由は、他の地域から来た人たちも温かく迎える地域住民の人柄の良さに惹かれたからだ。

「川根本町にもいずれトレーニングセンターを作って地元の高校の卒業生を技術者として育成して最終的にはゾーホー・ジャパンの5分の1の社員を川根本町から採用したい」

シリコンバレー流の経営に精通したインド人が繰り広げる日本的経営、そこには日本の企業が学ぶこともたくさんあるのではないだろうか。

(文中敬称略)

(文・松崎隆司)

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