世界的「抹茶ブーム」で激変する産地の風景 模倣対策、危機感募らす農家

茶碗

抹茶ラテに抹茶入りスムージー、抹茶風味のケーキなど、“matcha”が世界を席巻している。お茶の国内市場の縮小に歯止めがかからない中で、苦境にさらされている茶農家にとっては一筋の光明といえる。ところが、国内の有名な茶産地を見回すと、ブームに乗ったところと乗り遅れたところで明暗がくっきりと分かれている。各地の取り組みを追う。

苦境に立つ茶農家に吹いた「神風」

「私が茶産業に参入した十数年前と今とでは、ゴールデンウィーク明けの茶畑の風景が一変しています。抹茶の原料となるてん茶を作るには、この時期に畑の上を覆いかぶせます。かつて茶畑で覆いがけをしていたのは1割ほどでしたが、今では9割と逆転していて、かつて新緑が見えていた茶畑は黒い覆いの下に隠れているんですよ」

茶葉

被覆資材で覆われた愛知県西尾の茶畑。京都府和束町でも同様の光景が広がる。

提供:西尾茶協同組合

こう話すのは京都府和束町の松本靖治さん(43)。副代表を務める京都おぶぶ茶苑は、町内に3ヘクタールの茶畑を持ち、お茶の栽培から販売までを手掛ける。和束町は宇治茶の4割弱を生産し、てん茶の生産量は全国シェアが2割ほどとトップクラスだ 。

抹茶は2~3週間程度覆いをした状態で栽培し、収穫したものをもまずに乾燥し、茶臼でひいて粉末にしたものと定義されている。通常の煎茶は覆いをかけず、もんで乾燥するため、栽培方法も加工方法も大きく異なる。グーグルマップで町の航空写真を見てみると、多くの畑が黒い被覆資材で覆われているのが分かる。抹茶ブームは産地の景観すら変えているのだ。

同町農村振興課によると、てん茶の生産量が増えたのはここ5年ほど。2014年度は天候不順で生産量が下がったものの、それ以降の増加は特に顕著だ。

スクリーンショット2017-12-2011.42.40

2012年から2016年にかけて煎茶の生産量は100トン減と実に25%の減産になったのに対し、同じ5年間にてん茶の生産量は62%の増産になっている。これに応じて、てん茶の加工をする工場数も2012年の20カ所から現在では25カ所に増えていて、今後も増設される見込みだ。

抹茶の需要増による供給の伸びは和束町に限った話ではない。全国茶生産団体連合会によると、同会の聞き取りでてん茶の生産量が100トンを超える県の生産量は、下の表のように推移している。

スクリーンショット2017-12-2011.28.24

茶農家がてん茶生産に傾斜しているのは、その収益力の高さにある。てん茶が煎茶に比べて収量が多い上に、販売価格が高いからだ。

仕上げをする前の荒茶の価格(1キロ当たり、2016年全国茶生産団体連合会調べ)は、煎茶が1419円なのに対し、てん茶は3057円と2倍以上になる。農水省の作物統計によると、国内の茶の生産高はこの10年で2割近く縮小し、2016年には8万トンにまで減少した 。そんな中で、苦境に立つ茶農家にとって海外の抹茶ブームは神風が吹いたといえる。

割安な外国産には品質で勝負

茶農家の“てん茶シフト”は今後も加速するだろう。「てん茶でも特に、二番茶、三番茶をてん茶用に栽培したものの値段の上がり方が大きい。お点前用に使われる一番茶に比べ、製菓用やフレーバー用に使われるのでもともと値段は安いのですが、最近は値上がりが目立っています」と松本さん。

抹茶をフレーバー用、製菓用に使うのは日本だけではない。海外需要について調査している日本茶輸出促進協議会は、日本からのお茶の輸出量が最も多いアメリカについて「抹茶の使用形態として最も多いと考えられるのは、喫茶店やレストランの抹茶ラテ。ほかにクッキー、ケーキ、アイス、チョコレートなど多様な使われ方をしている」と説明する。

もっとも、抹茶が国際化すればするほど、海外では中国や韓国といった外国産との競合が激しくなるのは必至だ。特に、価格面では日本産に比べて外国産は割安になるため、苦戦を強いられる可能性もある。ただし、こうした外国産の中には、先述の抹茶の定義から外れる商品も多いと見られる。

「緑茶をパウダーにしたものを抹茶として売っている可能性もある。抹茶とは製法が違うこのような粉末茶を抹茶と同じようにして飲むと、苦みが強くなるなど、本来の抹茶とは味が違ってしまう。正しい抹茶の知識を海外に知らしめると同時に、日本から質の高い抹茶を輸出し、日本の抹茶が世界で確たる地位を築けるようにしたい」と日本茶輸出促進協議会は力を込める。

模倣品の駆逐に打って出た産地も

外国産に対してブランド化で対抗しようとしているのは、てん茶の産地として和束町と並び立つ愛知県の西尾(西尾市と安城市、吉良町の一部)だ。茶畑の面積約200ヘクタールのうち、98%以上でてん茶を栽培している。ところが最近、「西尾の抹茶」の名前を冠した外国産の商品が出回るなど、模倣品の出現に頭を痛めてきた。

危機感を抱いた生産者らでつくる西尾茶協同組合は、昨年から今年にかけてアメリカや中国、タイなどの9カ国と香港、台湾で西尾の抹茶のロゴ商標や文字商標の登録を申請。中国企業がEUと中国で「西尾」「西尾抹茶」などの商標登録を申請していたため、異議申し立ても行っている。

和束茶カフェ

和束町内の「和束茶カフェ」で提供される抹茶と和菓子。

提供:和束町

競合相手ととらえるのはもちろん外国産だけではない。「他産地が煎茶からてん茶の生産に移行する中で、差別化が必要」(西尾茶協同組合)として、今春、「西尾の抹茶」を農水省の地理的表示(GI)保護制度に登録。この制度は、地域の特産品の生産地に関連する名称を知的財産として登録し、ブランドとして保護するものだ。抹茶としては全国で唯一の登録となっている。伝統ある産地ながら、宇治茶ほどの知名度が獲得できていない現状を変えたいという思いからだ 。

「品質には自信がある。あとは知名度なので、国内外でのブランド力の強化に一層努めたい」(同組合)と意気込む。

最大の茶産地、静岡は苦戦

一部産地で急速に急速にてん茶シフトが進む一方で、日本最大の茶産地である静岡県は出遅れが目立つ。県内で栽培されているお茶の9割以上は、煎茶に適した「やぶきた」という品種。2015、2016年の2年間でてん茶の生産量はほぼ倍増したが、それでも生産量は京都府と愛知県の後じんを拝している 。

静岡県お茶振興課は「県としては引き続き煎茶に軸足を置きつつも、国内外からの引き合いが強まっているてん茶についても生産拡大を推進している」とジレンマを口にする。

煎茶の消費が低迷しているとはいえ、煎茶から抹茶に生産を切り替えるのは容易ではない。煎茶向けの品種のままでも栽培と加工の方法を変えれば抹茶をつくることはできるが、抹茶の専用品種に比べると味の面でかなわない。抹茶用の品種に改植する場合、収穫が本格化するのは植えてから5、6年後で、その間経営をどうするかという問題もある。

とはいえ、てん茶工場の数は増加の一途をたどる。2013年に5カ所だったてん茶工場は現在12カ所にまで増え、建設を検討しているところも複数あるという。海外輸出のためにてん茶の有機栽培に取り組む農園が出てくるなど、野心的な取り組みもある。

そもそもお茶の一大産地のため、茶商は多い。お茶振興課は「県内でも抹茶を取り扱う茶商が増えてきており、今後さらに県内産抹茶のニーズは高まると見込んでいる」と巻き返しに自信を見せる。

(文・山口亮子)


山口亮子(Ryoko Yamaguchi): 2013年に中国・北京大学大学院修了後、時事通信社記者を経て、現在、フリーのジャーナリストとして活動。地域活性化や農業、中国問題を取材。

ソーシャルメディアでも最新のビジネス情報をいち早く配信中

メールマガジン購読

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい