「好きなことを仕事に食べて行く」を貫く2人の覚悟とは。平田麻莉さん(左)と塩谷舞さん(右)。
2017年はフリーランスや副業など、自由な働き方への注目がこれまで以上に高まった。
人気に応じて資金を集められるVALUやTimebankといったサービスも登場し、従来の肩書きよりも個人の価値が可視化される「評価経済社会」も広がりつつある。
ただ、自由な働き方や好きなことをして食べていくことは、キラキラした日常ばかりではない。
ウェブ編集者、ライター、プランナーと多才に活動し、SNSやブログを通して影響力をもつインフルエンサーでもあるしおたんこと塩谷舞さん(29)と、タスカジ、ビザスクなど複数企業の広報を担当するフリーランスのPRプランナーで、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会代表でもある平田麻莉さん(35)。「好きなことで食べていく」を体現する2人が、自由な働き方やインフルエンサー仕事のリスクも影も、赤裸々に語った。
365日お客様窓口を開設している状況
Business Insider Japan:おふたりは、この1年で憤ったことはありましたか。
塩谷舞さん(以下、塩谷):インフルエンサー周りでいろいろやるせないことはありましたね。まだ広告代理店がインフルエンサーと仕事をするということに慣れていないので、あらゆるところで摩擦があったように思います。
例えばブログでPR記事を書かせていただく場合、最後の最後で絶対に自分が言わないようなことを差し込まれてしまうとかですね。もしくは、炎上を恐れて表現をどんどん丸くしてしまう。
平田麻莉さん(以下、平田):普通の広告と同じ感覚でコントロールしようとしてしまうのでしょうね。
塩谷:タレントさんがCMで「これがおいしい」って言ったものが実際にはイマイチでも、その方は炎上しない。どう見てもそれは仕事で引き受けていることが、一目瞭然なので。ですが、ネット発のインフルエンサーと呼ばれる人たちが同じことをブログでやると「PR」と表記はつけて、お金をいただいていることは明記していても、読者とは精神的な距離がすごく近いから「本人がうそをついた」と思われてしまう。
一方で広告代理店さんなどは、従来のタレントと同様だと思って、すぐ言葉を変えようとしてしまうことはある。そこは個人のスペースに土足で入ってきてしまっていることをこちらから説明します。
インフルエンサーは24時間365日お客様窓口を開設している状況で、違和感あれば読者の方はLINEやTwitterで「どうしたの?」と聞いて来ます。インフルエンサーは毎日気が狂うくらい、その反応を見ていて、みんなすごく繊細です。
インフルエンサーは気が狂うほど反応を見ている。
平田:憤るというと大げさですが、2017年のニュースでいうと、(政府の副業推進の方針に対し)経団連が「副業は推奨しない」と難色を示していますね。本来、会社が副業を禁止するのは余計なお世話だと思っています。
長時間労働や本業でパフォーマンス出せなくなるなど、懸念やリスクから副業禁止して従業員を守らなければというのは、パターナリズム(父権的な干渉)だなと。
だったらそのパターナリズムはずっと続くんですか? 人生100年時代に90歳まで会社が面倒見て守ってくれるんですか?とは聞いてみたいですね。寿命が100年になってしまったら、会社はそこまで面倒見切れないですよね。
フォロワー増やしたい本当の理由
平田:しおたんさんはインフルエンサーとして仕事をする中で、意識してフォロワーを増やそうとされてきたんですか。
塩谷:美大生時代からそれは意識していました。日本人のクリエイターの間では、黙っている職人の美徳みたいなものがすごく尊重される。個人のクリエイターで本当にネームバリューがある方って限られていると感じました。
けれど、良い作品を作っていたとしても、その人自身が主張をしないと、作品も日の目を見ないことに疑問を抱いたんです。それでは力のある組織や人ばかりが、お金も注目も集めてしまう。
京都市立芸術大学時代は、周りにいた面白いクリエイターのポートフォリオをたくさん持って、東京で営業したり、百貨店やファッションビルで催事をさせてもらったりしていました。そういうパイプ役というかポータルの場所になりたいなと思っていて。
そこで美大生時代から雑誌を作り始めたのですが、出版業界では雑誌がどんどん休刊して、紙の本が売れないと言われている。じゃあどうやったらクリエイターたちの情報を届けられるんだろうと考えたときに、自分自身がメディアになるしかないというのは、昔から一つの解としてありました。
平田:自分がメディアになることに大学生の頃から気づいていたのはさすが。たしかにクリエイターや職人の方って「いいもの作っていたら気づいてくれるはず」という考え方が、けっこうあるかもしれませんね。
会社の副業禁止は余計なお世話だと思う。
塩谷:これまで「BRUTUSだから読みます」って雑誌を買っていた人が、今は「このライターだから読みます」というところから入ってきてくれる。
例えばスマートニュースやLINENEWSみたいなプラットフォームでも、私が顔を出して自分の持論を展開していたら、いやでも記憶に残ると思うんですよ。
そして、ツイッターで私のアカウントをフォローしてくれるかもしれない。すると、次の記事も読んでくれるかもしれない。
とはいえ顔出しすることで、自己顕示欲が強いとか読モライターだとか、いろいろ揶揄(やゆ)はされますけどね(笑)。
信用のインフレが起きている
平田:かなり戦略的にインフルエンサーを目指してきたんですね。私は小さい頃からゴレンジャーとか戦隊モノが好きなんです。みんな違う特技を持っていて、適材適所で勝つみたいな。フリーランスはまさにそんな感じで素晴らしいなと思っています。ただ一方で、やっぱり、昔では考えられなかったことが起きているなあと。
本人がこれまでやってきた実績や専門性と関係なく、例えばちょっと有名な人がリツイートしてくれたとかでメディアが殺到したりして、いきなりバブルというか、個人の信用力のインフレが起こり得る。その辺りはどう思われますか。
塩谷:クリエイターの世界でいうと、ここ数年でインスタグッドなところだけはうまいけれど、展覧会に行ったらがっかりというのは、よくありますね。クリエーティブなものってデザインとか写真とかでどこまでも「カッコよく見せられちゃう詐欺」みたいなものがすぐに出来上がってしまうので。もちろんそれも、時代に合ったスキルではありますが。
ただ、SNSを上手に使いこなすことだけが目的になっては、本末転倒です。私自身の開催するイベントでもジレンマがあって、「SNSでのフォロワーを増やしたい」というノウハウを求める方が多くいらっしゃいますね。
平田:活動や仕事の成果よりも、とりあえず見せ方だけがんばってしまう人、確かにいますよね。
塩谷:その時に、SNSの楽しい面だけを伝えないようにしています。些細(ささい)なところで、出る杭は打たれるし、共感も増えれば批判も増えます。まっとうな批判と、ただただストレスをぶつけたいだけのアカウントは、見分けなくてはいけないと思います。
SNS上のインフルエンサーのように、人が何万何十万人の意見をフィルターなし、組織の後ろ盾なしに浴びるっていうのは、人類の歴史でたぶん初めてなんじゃないかなと思っています。
平田:しおたんさんは、クリエイターさんの力になりたいとか、メディアを持って発信するんだっていうライターとしての第一義的なアイデンティティがあって、結果インフルエンサーになっている。
だけどインフルエンサーになってマーケティング料をもらって食べていくことをゴールにしてしまうと、それは長続きしないだろうなあと。
インフルエンサーのように、人が何万何十万人の意見をフィルターなしに浴びるのは、人類の歴史で初めてでは。
塩谷:なぜフォロワーを増やしたいのか?という理由がしっかりしていないと、危険かもしれませんね。「会社に言われているから」とか「目立ちたいから」という理由でやっても、本質的なファンは増えません。テクニックを駆使して1000人くらいまでいっても、本当に何か強いものを持ってやっている人には負けてしまう。大した仕事にもならないですし、ちょっと出る杭になって打たれて傷つくくらいです(笑)。
今すごく強いなあと思うのは、ライターというよりも専門分野がある人が何かを書く。コンテンツプラットフォームのnoteでも、アパレルに強い人がファッション業界のチャート図作ったり、起業家がビジネスモデルについて図解したり。好きなものをこれでもかっていうくらい世の中に伝えたい衝動があって、それが結果的にバズっている。こういう形は理想的だな、と。
平田:自分の専門性やパッションがあって、それに対してちゃんと対価がもらえる状態であれば、人気が上下したり、そこで収入が変動したりしてもとらわれる必要がないですね。本業がちゃんとあるからと、自分を保てると思う。
セルフブランディングしない
平田:私は協会を2017年に立ち上げてフリーランス支援をやっていることもあって、セルフブランディングの相談も来るのですが、正直それは全然分からない。私は全くセルフブランディングってしたことがないんです。私の専門は広報なのですが、持論やノウハウを語るのは粋じゃない気がして。結果を見てくださる人が少しでもいればいいかなって。
Facebookはやっているのですが、Twitter、ブログ、ニューズピックスはほとんど使わない。自分の知らない人からフォローされることは、私にとっては心地よくないんです。日々のよしなしごとを、友達や知り合いに知ってもらうのはいいのだけれど、知らない人から自分のことを一部だけ切り取って理解されるのが嫌というか。
塩谷:すごく誠実ですね。
平田:というより、八方美人ですよね。変に誤解されたくないというのもあると思います。Facebookでも会ったことのある人としか基本つながらなくて。フォロワー増やすより、お互いに関して関心を持っていて、困ったらなんでも力になるよ、といった関係の人とつながっていたい。私はそんなにキャパシティーが多くないと思います。
塩谷:責任感がある。私なんかもう、よく分からないですもん。(Facebookで)共通の友達が65人くらいいる方から友達申請が来ると、「友達だったかな?」と思ってOKしたら「ありがとうございます、初めまして」ってメッセージが来ることも多いです(笑)。
平田:キャパの狭い私から見ると、むしろインフルエンサーの方たちはどれだけ心を鍛錬して批判リスクに耐えているのだろうと。
会社員時代は完璧プレッシャーがあった
Business Insider Japan:おふたりそれぞれ、メンタルとか体調をコントロールするもの、支えになっているものはありますか。
平田:私は3つあります。1つは、専門性や根本のやりたいことや、やっていることへの自負。それがあるとノイズに惑わされないし、専門性があるということは生産性も高いので、いくつか掛け持ちしても疲弊しません。
2つ目は仲間やチーム。フリーランスって一人って思われがちですけど、結構みんなチームで横のつながりをすごく大事にしています。何か嫌なことがあったら助け合おうとか、ガス抜きしようとか、そういうのも大事ですよね。
3つ目は自分の軸を持って、他人と比べないこと。副業でたくさん名刺を持っているのがすごいわけではありませんし、インフルエンサーであることとか、有名になることが目標になっちゃうと、辛いですよね、きっと。
塩谷:私は360度完璧にならなきゃいけない、って意識が全然ないことですね。会社員の時はそれがあって、制作会社でクライアントワークをしていたのですが、抜かりがあってはならない、時間に遅れてはいけない。タイプミスがあってはいけないとか。いろいろ神経を使っていた。それなのに、ものすごくミスが多くて(笑)。
学生時代のバイトも続かなくて、レジで3万円の物を30万円で打ち込んでしまったり、報告書をフォーマットどおりにかけなかったり……。組織の一員としてちゃんと毎月安定した成果を出さないといけない、となると劣等感しかありませんでした。
そういうタイプの人間なのですが、昔から何かを広めたいっていう時には人の30倍くらいの力が出るし、30倍くらい広められるという自負もある。拡散タイプのポケモンみたいな。
フリーになってからは、私がイキイキとブログを書いたり、情報を拡散しているところを見た人が依頼してくださるので、自分にフィットした仕事しか来なくなりました。
人と比べると燃え尽きる
平田:いきいき生きている人って自分との戦いが楽しいだけで、人と比べてどうとかはあまりないんですよね。
塩谷:ペースを乱してしまう人って、多くが嫉妬とか憧れが強すぎてそこからゆがんだ感情を仕事にぶつけてしまうのかもしれない。「あの人よりもっと有名になりたい」というベンチマークを自分の中で作ると、誰かを幸せにするためとか、自分の本来のミッションが「あの人を負かすため」にすり替わってしまう。
ただ、私も会社員のときは、自分の名前で活躍する同年代の子たちを見るとすごくうらやましかった。というか、悔しかったですね(笑)。「私ならもっといいアイデアでできるのに!」みたいにブツブツ言っていた気がします。ただ、そんな状況だと、隣にいる恋人や友達がしんどくなってしまう。実際、周りからもげんなりされていたし、仕事もなかなかうまくいかなかった。他人をうらやむのをやめて、いいと思った人やプロジェクトを紹介するブログを書き始めてから、状況は変わりましたね。
平田:自分らしくそのままでいられるのが一番のこの働き方の醍醐味だから、そこを活かさなくてどうする、ですね。自分なりの幸せとか、自分なりのバランスの取り方とか、自分で自分の人生と向き合って、選択して生きている実感を、みんなが持てるのが大事ですね。
(構成:滝川麻衣子、撮影:今村拓馬)
平田麻莉:慶應義塾大学卒業後、PR会社のビルコムで戦略・企画・実働を担当。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院への交換留学を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。現在は「タスカジ」や「ビザスク」等の広報を担うPRプランナーおよびケースライターとしてフリーランスで活動。2017年1月にプロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会設立。
塩谷舞: milieu編集長。東京とニューヨークの二拠点生活中。1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学 美術学部 総合芸術学科卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊、展覧会のキュレーションやメディア運営を行う。2012年CINRA入社、Webディレクター・PRを経て2015年からフリーランス。執筆・司会業などを行う。THE BAKE MAGAZINE編集長、DemoDay.Tokyoオーガナイザーなども兼任。