2012年12月、はやぶさ2の打ち上げ。
JAXA
2010年6月に感動的な地球帰還を果たした小惑星探査機「はやぶさ」。その後継機であり、新たな任務に向かっている「はやぶさ2」についてJAXA(宇宙航空研究開発機構)は12月14日に新情報を公表した。
JAXA 宇宙科学研究所の吉川真ミッションマネージャによれば、「はやぶさ2は、2018年1月からイオンエンジン長期運転を行って秒速24km以上という速度で小惑星に迫る。この段階で万が一エンジンにトラブルが発生すると、目的地の小惑星に追いつけなくなる」という重大な時期に差し掛かっているという。
この山場を切り抜ければ、「5月には航法カメラで(目的地である小惑星)リュウグウを捉える。目的地を見ながら飛行し、“ホームポジション”と呼ばれるリュウグウ上空の20kmに到達するのは、6月後半」だ。
はやぶさ2はどんなミッションを持ち、その実現の難所はどこにあるのか。この機会にまとめてみよう。
何のために小惑星リュウグウへ向かうのか?
小惑星とランデブーする「はやぶさ2」のイメージ。
制作:池下章裕
はやぶさ2は、2014年12月から小惑星「リュウグウ」に向けて宇宙を航行している。事前に立てられた行程表では、小惑星リュウグウには2018年6〜7月に到着し、小惑星の表面物質(サンプル)の採取する予定だ。
2019年12月ごろまでに3回の着陸とサンプル採取など主要なミッションを行い、2020年12月には地球に帰還し、サンプルの入ったカプセルを地上に届ける。
小惑星リュウグウは、初代はやぶさが探査した小惑星イトカワとは異なり、水や有機物などを持つと見られている。地球のように海がある惑星が太陽系内でどのようにできたのか、その起源を解明する手がかりになる。
はやぶさ2に与えられたミッションは、初代はやぶさから大きく変わっている。
特徴的なのは、史上初めて、小惑星の表面にインパクターと呼ばれる衝突体をぶつけて人工クレーターを作る計画が含まれることだ。成功すれば小惑星の内側の原始太陽系の名残りをとどめた物質を採取できる。また、初代はやぶさでは小惑星表面に投下できなかったロボット探査機を今度こそ着陸させるという目標もある。
ライバルはNASAの探査機
はやぶさ2にはライバルがいる。
2016年9月に打ち上げられたNASAの小惑星探査機OSIRIS-REx(オサイリス・レックス)だ。はやぶさ2のわずか2カ月後となる2018年8月に目的地の小惑星ベヌーに到着してサンプルを採取する予定だ。
OSIRIS-RExは掃除機のヘッドのような独特の形のサンプル採取装置を持ち、窒素ガスを噴射して表面物質を大量にすくい取る方式だ。はやぶさ2とOSIRIS-RExはともに小惑星探査を行う仲間として協力関係でもある。だが、NASAは欧州が史上初めて接近探査成し遂げた彗星からのサンプルリターン計画を発表するなど、容赦なくサイエンスの成果で上を行こうとする一面も見せている。
2012年12月、はやぶさ2の打ち上げ。
JAXA
成否は技術力と創意工夫にかかっている
初代のはやぶさは、小惑星探査機という名称が一般的だが、実は「工学実証衛星」だった。当時どの国の宇宙機関も実現していなかった「小惑星の表面から物質を取ってくる」目標を実現するための「技術を実現」する探査機だったのだ。
初めてのことなので、やってみなくてはわからないことも多かった。事実、太陽の巨大なエネルギー爆発「太陽フレア」にさらされるといったトラブルもあった。7年間にわたってイオンエンジンを運転する技術も確立されていなかったことから、「こんなこともあろうかと」と後に言われたように、ギリギリの予備的な技術を駆使して地球に帰還した、という経緯がある。
当時、はやぶさの川口淳一郎プロジェクトマネージャーは「はやぶさプロジェクトはあくまでも、“やったことのないこと”をやるための、準備なんですよ」とぼやいたこともあるのだが、帰還にサンプルが取れなかった可能性が示された段階で、「失敗」と評されてしまった部分もある。
惑星探査で大きな実績を上げているアメリカ、NASAや中国は、同じ型の探査機を1度に2機作る、同じ天体をターゲットにした探査機を次々と打ち上げるなど、科学探査に大型の予算をつけている。
日本ではこうした大型の連続した予算は得られていない。だから、成否は技術力と創意工夫によって高めるしかない。
「小惑星の詳細がわからない」困難
今回のミッション成功のハードルとなるのは「小惑星の詳細がわからない」ことだ。実は、小惑星リュウグウはイトカワよりもやっかいなターゲットなのだ。
地上からレーダー観測が可能だった初代「はやぶさ」の目的地、小惑星イトカワの事前予想形状モデルを持つJAXA宇宙科学研究所「はやぶさ2」ミッションマネージャの吉川真准教授。
撮影: 秋山文野
小惑星リュウグウのやっかいな点は、地上から様子がよくわからないことにある。地球から小惑星を観測する場合、自転につれて変化する表面の明るさから形状や自転速度などを推測する。さらに小惑星イトカワの場合は、NASAの協力によりレーダーで観測できて事前の情報をより多く得ることができた。
それでも、予測ではじゃがいも(メイクイーン)のようと考えらえれていたイトカワは、実際に行ってみると「ラッコ」といわれることになったように一部がくびれた形だった。
実際に行ってみて判明した小惑星イトカワの形状。
ISAS/JAXA
レーダー観測ができなかった例では、2014年に史上初の彗星接近探査を成し遂げた欧州の彗星探査機「ロゼッタ」がある。事前の予想ではいびつなダイスのような形と思われていた「チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」は、実際はおもちゃのゴム製アヒルのような二つの大きな塊がくっついた形状だった。
予想と大きく異なる形に科学者が驚かされ、後に「アヒルちゃん」と呼ばれることになった。リュウグウの場合もレーダーが届かないため、自転の向きはまだわかっていない。自転速度も、はやぶさ2が着いてから秒単位の精度で調べなくてはならない。こうしたデータは、着陸の難易度を左右する重要な情報なのだ。
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した画像をもとに作成されたチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の形状予測モデル。
NASA, ESA and Philippe Lamy (Laboratoire d'Astronomie Spatiale)
欧州の彗星探査機「ロゼッタ」が撮影したチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星。何事も実物を見なければわからない、と思わせられるなんとも奇妙な形状。
ESA/Rosetta/NAVCAM
はやぶさ2が着いてから決める着陸地点は、はやぶさ2が3回降りる場所だけではない。欧州から参加した「MASCOT」や、日本の「MINERVA-II」といったロボット探査機たちも無事にリュウグウに降ろさなくてはならないのだ。
小惑星リュウグウの形状モデルから作られた模型を手にする「はやぶさ2」プロジェクトサイエンティスト、名古屋大学の渡邊誠一郎教授。
秋山文野
はやぶさ2が予定通り2018年6月にリュウグウに到着すれば、10月に本番の探査が始まる。それまで約3カ月間、ミッションを成功に導く観測をこなさなくてはならない。
着陸地点の選定は8月ごろ行われる予定だ。はやぶさ2チームは、史上初となる衝突器インパクターをぶつけるのはどこにするか? クレーター内のサンプルはどこから取るか?といったシミュレーションを何パターンも繰り返している。
リュウグウは直径約900mと見られており、この規模の比較的小さな小惑星が衛星を持っていることはあまりないとされる。だが、万が一リュウグウが衛星を引き連れていた、というめったにない状況が出現したとしても、「こんなこともあろうかと」想定された探査シナリオを繰り出せるよう、訓練を繰り返している。
ライバルの猛追をかわし、地球と同じ水や有機物を持つ小惑星のサンプルというお宝をもってはやぶさ2は2020年、予定通り帰還できるか。それは、探査本番となる2018年の成果にかかっている。
「はやぶさ2」の運用訓練に用いる模擬小惑星の形状モデル(3億ポリゴン)の一例。現在はおおむね里芋状と考えられている。
JAXA
(文・秋山文野)
秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。