「マーケティングのデジタル化」を推進する際には、組織の「壁」を乗り越えなければならないと語るアビームコンサルティングの竹井昭人氏(左)と本間充氏(右)。
マーケティングのデジタル化は、成熟化・多様化が進む市場環境に、的確かつスピーディーに対応していくために不可欠となっている。ITのパワーを生かして、マーケティングを進化させることこそが「マーケティングのデジタル化」であり、決して、ネットに特化したデジタル施策を指すわけではないことは前回の記事で伝えたとおりだ。
しかし、「マーケティングのデジタル化」を推進する際には、大きく立ちはだかる「壁」があると、アビームコンサルティングの本間充氏と竹井昭人氏は語る。「組織の壁」だ。
この「壁」はなにが原因なのか、どうすれば打ち破ることができるのか。再び両氏に聞いた。
マーケティング部門のミッションは「プロモーション」に限定されてきた
—— 前回は、多様性と不確実性が増す環境の中で、マーケティングのデジタル化はもはや避けられないという話を伺いました。今回は日本企業におけるマーケティング課題に踏み込んでいこうと思います。
本間:前回お話ししたとおり、わたしはもともと事業会社でマーケターとして長年、事業を推進してきました。だから、事業会社が抱える様々な内部の問題点を、つい先日まで、リアルに認識していました。竹井は当初、戸惑うこともあったようです。
竹井:もっとも驚いた点は、マーケティング支援のサービスを展開する際、本間が真っ先に「まず広告宣伝費のトップ200社をターゲットにしよう」と言ったことです。なぜ広告宣伝費が、我々のマーケティング支援の指標になるのかすぐには理解できませんでした。
本間:ここ10年ほどで、日本企業の中でマーケティングについて盛んに語られるようになってきています。しかし、それはほとんど「どうプロモーションしていくか」というテーマに尽きる。マーケティング全体について語られているわけではありません。わたしはここに根が深い問題があると思っています。
日本は伝統的にものづくりに強い。だからマーケティングの基本的なフレームワークである4P(Product・Place・Price・Promotion)の中で、ProductやPriceは開発部や営業部が主導権を握り、マーケティング部門はPromotionのみを担当していることが多い。外部からは「マーケティング部門と言えば、製品開発や営業戦略にもかかわっているだろう」と思われますが、実態は大きく乖離しています。加えて日本では、マーケター自身が多くの場合、その事実を認識していません。
竹井:それに、広告宣伝費トップ200社といっても、専門のマーケティング組織を設置している企業は決して多くありません。広報部や宣伝部と兼任していたり、あるいはその2つが一緒になって「マーケティング部」を名乗っている企業も少なくない。
それと同時に、流通分野で戦略策定から現場の最前線の施策、教育や組織づくりまで携わってきた経験から言えば、本社オフィスの中でマーケティング施策を考えている人たちと、日々、得意先を回っている営業部門との間には壁があります。言うならば、「空中部隊」と「地上部隊」のあつれきのようなものを感じます。
本間:同じ企業の中で、同じ経営目標を追い求めているはずなのに、残念ながら「空中部隊」と「地上部隊」で、1つのビジョンが共有できていないケースが多いのです。
同じ企業の部門が目的を共有できないのはなぜか
—— なぜマーケティング部門と営業部門の間で、そうしたあつれきが生じるのでしょうか。
本間:部門ごとにKPI(Key Performance Indicator:主要業績評価指標)を設定している企業は多いと思います。ですが、そのKPIが部門視点になっていることにまず大きな原因があると思います。本来ならば、KPIの上に「経営目標」があり、経営目標を因数分解してKPIに落とし込むべきです。ですが、経営目標の明確化・共有化がないまま各部門で個別にKPIを設定してしまっているのではないでしょうか。
コンサルタントの視点からいえば、これは経営側の問題でもあります。2000年以降、株式公開している会社は、半年や1年のスパンで数値目標を明確にしなければならず、短期的な視点での目標を重視せざるを得なくなっています。本来なら、20年、30年と続くブランド価値や企業価値など、大きな理念を株主や従業員と共有しなければならないのに、ロングタームで物事を考えられなくなっている。実際、多様性と不確実性が増す中、理念やビジョンを掲げても、それを本当に実現できるかどうか予測が難しい時代になっており、ますますロングタームでの価値創出については置き去りにされる傾向があります。こうしたことが、KPIの不合理性を招いていると感じます。
竹井:そうした視点に加えて、「空調の効いたオフィスにいる」部門と、「暑い日も寒い日も外に出て、明日の売り上げを考えている」部門とでは、何か文化的な違いのような問題もありそうです。
本間:一方で、組織を「デジタル」の視点から見れば、部門間の「壁」はすでに各種APIの活用など、テクニカル面では乗り越えつつあります。経営データから様々な帳票類まで、多くのものがデジタルデータでやり取りされているように、今後、マーケティングもサプライチェーンやバックエンドのシステムと連携し、データが連携していくようになるはずです。
竹井:たとえば、アマゾンは在庫情報をサイトで顧客に提示しています。在庫はバックエンドの情報ですが、情報を顧客に提供することで「在庫が少ないから早めに注文しておこう」など、顧客の意思決定に役立ち、それがほかにはない価値になっています。
デジタルデータを活用することで顧客の購買行動に変化を促し、自社の事業形態や価値を変革していく。これこそが「デジタルによる事業変革(デジタルトランスフォーメーション)」です。わたしたちは、マーケティングのデジタル化のみならず、組織や企業のデジタルトランスフォーメーションを支援していきたいと考えています。
「マーケティングのデジタル化のみならず、組織や企業のデジタルトランスフォーメーションを支援していきたい」
マーケティングとシステム部門で、成果も評価もまったく異なる
—— マーケティングのデジタル化を推進していく中では、マーケティング部門と営業部門のみならず、情報システム部門との連携も避けて通れません。こちらも両者の間でカルチャーや言語が異なっています。この課題に対しては、どのように対処すべきでしょうか。
本間:結論から先に言えば、そういう時こそ、我々コンサルティングファームの出番です。コンサルティングファームは第三者として企業内のあらゆる部門に横断的に入っていけます。特定の部門や業務に肩入れするのではなく、組織横断的に関与し、連携を取って論点を洗い出し、共通の目標を設定することも可能です。そこがコンサルティングファームならではの強みです。
竹井:さらに「各部門が同じ経営目標を目指す」とは言っても、部門ごとに評価の方法や尺度が異なることも多く、その調整も必要です。特に組織を変革する場合は後回しにされがちですが、大きな問題になります。本間も実際に経験したと聞きました。
本間:前職ではマーケターでありつつ、システム運用も任されるという、まさに「デジタル」と「マーケティング」を兼ねる役割でした。具体的な事例をあげると、システムの世界では「トラブルが起きて動かなくなる」事態は何としても避けなければなりません。ところが「何もトラブルが起こらない」という状態が続くと、マーケティングの人間から見れば、「あいつは何をやっているのだ? 何も仕事をしていないじゃないか」となる。実際には「何もない」状態を維持するために、彼らは日々、苦心しているわけです。それがシステム部門にとっては大きなミッションなのに、マーケティング側にはその認識がない。
一方で、マーケティング側はキャンペーンが話題になり、大量の人が自社ウェブサイトに来てくれることを狙っています。ところがシステム部門からすると、「急激にトラフィックが増えて、サーバが落ちたらどうする!」となってしまう。求められる成果も評価軸も、現状ではこれだけ違っています。
竹井:部門が違うと、そこで求められる「パフォーマンスや評価基準が違う」ということに気づかなくなることがあります。同じ企業内でも珍しい話ではありません。
本間:わたしの場合も、マーケティング部門とシステム部門、互いの上司に、互いの仕事内容と成果を理解してもらうまでが大変でした。
マーケティングのデジタル化は「攻めのIT戦略」
—— マーケティングのデジタル化にあたり、システム部門を始めとする他部門との連携は不可欠。しかし、成果指標や評価指標、カルチャーや使用言語などが異なっている。そこを乗り越えて、全体視点で議論していくことが必要ですね。
本間:日本は部門ごとの個別最適で発展してきました。システム部門は、米国では経営企画部門に属していて、「ITをどう使えば全体最適できるか」という視点で考えていますが、日本の場合は、システム部門は主に「工場の生産自動化」からスタートしています。全体最適ではなく、部分最適。部門の利益を最大化することが情報システム部門の始まりだったわけです。
「日本の場合は、システム部門は主に『工場の生産自動化』からスタートしています。全体最適ではなく、部分最適。部門の利益を最大化することが情報システム部門の始まりだったわけです」
竹井:ERP(Enterprise Resource Planning)も、バックエンド業務のデータを回して業務を効率化する、いわばコストダウンのツールです。マーケティングのデジタル化と、そこから生まれる「デジタルトランスフォーメーション」は、より付加価値を高めることが目的。まったく異なります。情報システム部門も「コストダウンではなく、価値向上のためのシステム、付加価値創造のためのIT」という意識変革が必要です。
本間:「他社がやっているから、当社も会計基準をグローバル基準に合わせよう」ではなく、攻めの経営に転じるためにITを活用し、グローバル市場において存在感を発揮する日本企業がもっとたくさん出てきてほしいですね。
—— 具体的にマーケティングのデジタル化にあたっては、どのような支援を行うのでしょうか。
竹井:アクセス解析からスタートすることもありますし、組織改革につながるご相談もあります。きっかけは本当に様々です。
ただし、アクセス解析にしても、ただ解析結果を出すのではなく、市場環境や製品特性、営業状況など、企業活動全般の関係性を見ながら、視点や仮説に漏れがないかなど全体を整理していきます。お問い合わせいただく企業の中には、「アクセス解析はこの方法で良いのか」「客観的に見ておかしくないか」など、そもそもの評価基準についてご相談いただくケースも少なくありません。
本間:我々コンサルティングファームは、数多くの事例を見てきているので客観的なアセスメントができます。アクセス解析は個別の事例の話ですが、我々の「マーケティングBPRソリューション」は、まずマーケティング部門における業務のあるべき姿と現状のギャップを測定し、成熟度を可視化する「マーケティングオペレーションアセスメントサービス」からスタートし、マーケティング業務の変革・改善を継続的に支援しています。
竹井:アセスメントは、大きく6つの観点から現状のマーケティング活動を捉えます。ですが、アセスメントの結果、この6つがすべて満点という企業はありませんし、そもそもすべてが満点である必要はありません。どこを強化すべきなのかという優先順位が明確になっていれば良いのです。まず、その道筋を示すサポートを行うことが我々の役目だと考えています。
本間:コンサルタントは「山岳ガイド」のような存在です。初めての人は、今いる場所が中腹なのか峠なのか、頂上までどれくらい時間がかかるのかわからない。そもそも、どれくらいの高さまで登れるのかもわからないことがある。山岳ガイドは、これまでの経験を踏まえて、登山する人の装備や実績をもとに、どのペースで、どのルートを登れば良いのかをアドバイスできます。このペースなら、いつ山小屋に着くのかもだいたいわかる。そんな存在です。マーケティングのデジタル化は大きな山ですが、ぜひ山岳ガイドをうまく使ってほしい。そう考えています。
■本間 充:大手消費財メーカーを経て、2015年アビームコンサルティングに入社。多くのマーケティングおよびデジタルマーケティングの経験と、データ分析の実績多数。東京大学大学院数理科学研究科 客員教授。ビジネス・ブレークスルー大学 客員講師。
■竹井昭人:大手IT企業にて、欧州を拠点とした企業へのプロジェクトを数多く手がけ、2006年にアビームコンサルティングに入社。リテール&サービス業をはじめ、製造、銀行、スポーツなど幅広い業種・業態のクライアントに対してデジタル案件のコンサルティングを推進中。
アビームコンサルティング「マーケティングBPRソリューション」
企業が効果的にデジタル化を進め競争優位性を保つには、変革の目的とそのメリットを組織横断的に浸透させ、計画に沿った形でマーケティングの「BPR(Business Process ReEngineering:業務変革)」と「デジタル化」の双方を進めることが必要。同社は、単なるデジタルツール導入にとどまらず、企業の経営ビジョンに基づいたマーケティング変革を業務・IT・組織の面から継続的に推進できるよう支援している。
Text:岩崎史絵、Photo:渡部幸和