FOLLOW THE MONEY —— 日本人がカジノに反対する理由が、外国人投資家にはさっぱりわからないワケ

筆者の七尾藍佳氏は元 Bloomberg TV 東京支局の特派員。現在は、国内メディアでコメンテーターを務める一方、米コンサルティング・ファームで国際メディア・コンサルタントとして大手企業にリスク・マネジメントのアドバイスを行う。


「IR(統合型リゾート)法はカジノを広めることが目的ではありません。もちろんカジノも含みますが、それは一部。全国に何百カ所もできるわけではなく、10カ所以下を想定しています」。こう語るのは自民党・筆頭副幹事長で総裁特別補佐の西村康稔・衆議院議員だ。

日本のマスコミが「カジノ法案」と呼ぶIR推進整備法の旗振り役が、法律の主眼は「カジノではない」と明言した。ではなぜ、日本の大手メディアはギャンブル依存症を理由にカジノに反対するニュースばかりを報じるのか? なぜ、日本国民のうち、実に7割近くがIR法に対して否定的な意見を持っているのか? “FOLLOW THE MONEY” —— 第1回は、外国人投資家向けに情報を発信する立場にいると、どうにも納得できない日本の「カジノ解禁をめぐる認識のズレ」にフォーカスする。

意味がわからない

「カジノくらい作れなくて何がアベノミクスだ」

これが多くの外国人投資家の本音であろう。幾度も成立が先延ばしとなり、世界中の投資家を失望させ続けたIR推進整備法が2016年12月にやっと可決した。通称「カジノ法案」として知られるこの法案に対し、日本国内で反発が強いという報道を見るにつけ、その反発するところの「意味がわからない」というのもまた、外資系メディアやグローバル金融業界に身を置く人々の率直な感想だ。

しかし、昨年12月の法案可決時にNHKが実施した世論調査では法案を支持する人は12%にとどまった。大手新聞社各社の世論調査の結果でも、国民の半数以上が法案に対してネガティブな見方を変えていない。なぜこれほどまでに否定的な意見が多いのか?海外勢は諸手を挙げて賛成。ドメスティック(日本国内)では反対が大勢。これほど国内と国外で意見の乖離が激しいテーマは稀だ。

日本以外では「カジノ」とは誰も呼ばない「カジノ産業」

その最大の理由は、外国人投資家や欧米系金融・経済メディアは「統合型リゾート推進整備法」を「IR」の法律ととらえ、日本の主要メディアは「カジノ」の法律と捉えていることにあるのではないか。MGMリゾーツやメルコ・クラウンなど、国際的なカジノ・オペレーターの経営陣に取材をする際に”casino”を主語に質問をすると、彼らは主語を”gaming industry(*1)“や”integrated resorts”に置き替えて答えを返してくる。なぜなら彼らは、Casinoは「クラウン・ジュエル」(王冠の真ん中にある、最も大きく輝く宝石、つまり最も華やかな“象徴”という意)に過ぎず、ビジネスとしての本丸は”Casino”の周りに作られる会議場、展示場、ホテル、ショッピングモール、劇場などを含めた「IR=統合型リゾート」であるという認識を持っているからだ。

(*1):Gaming Industry - カジノを中心にオンライン賭博に至るまで、ギャンブル産業全体を「ゲーミング」産業と称すことが投資業界・金融界では一般的になっている。「賭博・ギャンブル」が持つネガティブなイメージを払拭し、エンターテインメント、ショッピング、不動産開発を含めた総合的なビジネス全体をとらえるという視点からもGamingという呼称が好まれている。

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Pascal Le Segretain/Getty

かつて、砂漠の真ん中や陸の孤島で賭博場を経営していた中小企業は今や、時代の変遷と共に巨大「MICE(*2)デベロッパー」へと進化していた。この基本的なファクトが、日本のマスコミにおける「カジノ」をめぐる報道には欠けがちだ。一方、冒頭で引用した西村議員をはじめIR法を推進してきた日本の政治家たちは、実は海外勢の認識を共有している。なぜなら統合型リゾートは、「MICE」産業振興において必要不可欠なインフラであるからだ。特に、経済面での出遅れに危機感を覚えている関西や、過疎化が進む地域出身の議員は「地方経済活性化」と「少子高齢化」に対して敏感だ。そして「MICE振興」は少子高齢化が進む日本経済にとって生命線の1つと言っても過言ではない。

(*2:MICE - Meetings=会議・セミナー、Incentive Tours、Convention /Conference=学会や国際会議、Exhibition=展示会の頭文字をとった造語)

少子高齢化を生き抜く「筋肉質な経済」にはMICE活性化が不可欠

なぜか? それはひとえに日本が経済の「生産性」を高める必要があるからだ。少子高齢化で日本の人口は減少している。少ない人数で今の生活水準を維持したいのであれば、国民1人あたまで稼ぐ金額を増やさねばならない。そのために重要なのは「イノベーション」だ。2012年に英紙『エコノミスト』が「第三次産業革命」という特集を組んだ。21世紀型経済では、たとえばiPadの価格に占める中国での労働コストがたったの1.6%に過ぎないことが示すように、安価な労働力は必ずしもその国のメリットにはならない。むしろ、新しい高付加価値商品が売れるマーケット(経済力があり、厳しくモノを見る消費者が多い市場)に近いところで作るメリットの方が大きくなることから、「いずれ製造業は新興国から先進国へと回帰するだろう」というのが『エコノミスト』の主張。つまり、人口の多さが経済力と比例しなくなるのが「21世紀型経済だ」というのである。

「『少子高齢化』は未曾有の危機で、日本の将来は暗澹(あんたん)たるもの」という論調が日本国内では根強い。しかし、この危機を「チャンス」と捉える人もいる。日本を代表するマクロ経済学者、吉川洋氏は「人口減少ペシミズム(悲観論)」こそが日本のイノベーションを阻害していると警鐘を鳴らす。やや長くなるが、吉川氏の近著『人口と日本経済 —— 長寿、イノベーション、経済成長』(中公新書)より引用する。

「ひとつだけはっきりしていることがある。それは先進国の経済成長は、人の数で決まるものではなく、イノベーションによって引き起こされる、ということである(中略)。すでに現実になりつつある超高齢社会において人々が「人間らしく」生きていくためには(日本は)膨大なプロダクト・イノベーションを必要としている —— 医療・介護は言うまでもなく、住宅、交通、流通、さらに一本の筆記具から都市まで、すべてが変わらざるをえないからである。それは、好むと好まざるとにかかわらず、経済成長を通してのみ実現される —— 超高齢社会の姿は誰にもわからない。しかし、社会のすべてが変わると言っていいような変化が起きることは間違いない。それは数え切れない大小のイノベーションを通して実現される。所得水準が高く、マーケットのサイズが大きく、何よりも超高齢化という問題に直面している日本経済は、実は日本の企業にとって絶好の「実験場」を提供していると言っても過言ではない。人口が減っていく日本国内のマーケットに未来はない、という声をよく耳にするが、超高齢社会に向けたイノベーションにとって、日本経済は大きな可能性を秘めているのである」

夢洲

大阪府のIR建設候補地「夢洲」

中西亮介

ここに、国際会議や展示場を開催する「箱」ないし、インフラとしてのIR整備と、MICE産業の振興が大きくクローズアップされる理由がある。日本のモーターショーや、家電見本市などの国際展示会は、出展社数・来場者数、海外メディアの注目度から見ても、中国やドバイで開催されるイベントに大きくひけをとっている。その理由の1つが、インフラの不備だ。吉川氏が指摘する「日本経済の可能性」を日本経済が活かせるかどうかは、世界最先端の技術、知識、頭脳が、我先にと競って集まるような魅力的な「場」を作り出せるかにかかっている。この点について、安倍政権はどう考えているのか、アベノミクスの実働部隊を率いる前述の西村康稔衆議院議員はこう語った。

「IRですから、ホテルもあればショッピング施設もあり、展示施設や国際会議場、劇場などもある。インバウンドの来日観光客の方々に日本のいろんな文化を楽しんでもらう中で、選択肢の1つとしてIRでカジノを楽しんでもらったり、あるいは国際会議や国際展示会で日本に来ていただき、宿泊し、日本を楽しんでいただきたい。中国など世界の他の国は大規模な展示会を行っていますが、日本の国際展示場は小さく、大規模で国際的な展示会はなかなか開催できない。そういったもの(国際展示場など)もこれを機会に整備したいと考えています。コンサートホールに関しても大きな「箱」がなく、施設が足りないという声が多いので、これを機会にぜひ整備したい」

「もちろんホテルも足りません。またインバウンドの外国人観光客は東京ですら、夜の健全なエンターテインメントが足りないとよくおっしゃいます。ニューヨークやロンドンに行けばオペラやミュージカルなどいろいろあって楽しめるのに、日本には(娯楽が)ないと言われています。そこで音楽や劇場のショービジネスや、歌舞伎や落語などの伝統芸能も英語で見に行けるなど、そのあたりのこともこれを機会に拡充したいと思っています。カジノは集客・収益拡大のための1つの手段で、その目的は観光、地域経済活性化、ショービジネスの充実とインバウンド(振興)なのです」

つまり、IR法とは超高齢社会でも日本人が「食っていける」経済、より筋肉質な経済に肉体改造を進めるための1つの方策なのだ。外国人投資家は、その国の「ポテンシャル」を見据え、経済合理性にもとづいて投資する。彼らが日本のIRに熱い視線を送るのは、当然、吉川氏が主張するような日本の「可能性」に着目しているからだ。確かに日本のGDPは中国に抜かれ、現在世界3位である。しかし、日本の人口は中国の10分の1以下である。つまりそれだけ労働生産性が高いということだ。日本の技術力・文化発信力を考慮すれば、今後、日本の生産性が伸びる可能性は高いと、多くのエコノミストが認めている。

外国人投資家の大本命「お台場は有力な候補」と西村議員

IRオープンに向けた都市および事業者の選定や規制の具体的な中身は、年末にかけて政府を中心に詰めの作業に入る。

注目の「場所」に関して西村議員は「候補地は、先行して手を挙げているところで言えば大阪、横浜、北海道、長崎、和歌山、こういったところがこれまで、そして現在も、熱心に活動しています。東京は知事が変わったこともあり、豊洲問題・都議選といった目の前のことがあるので、それが終わった頃に方向性が出るとは思いますが、恐らくお台場も1つの有力な候補だろうと我々は思っています」

BUSINESS INSIDER JAPANの取材では松井府知事を筆頭に大阪が熱心にアピールをしていることからも、夢洲が先行していることが明らかになっている。だが、外国人投資家の本命は「お台場」だ。お台場で大規模IRをやらせてもらえるなら、「4兆から5兆円」を投資する用意があると大見得を切るメルコのローレンス・ホー(Lawrence Ho)社長。まさに「お台場」で取材した際、彼が日本、特に「お台場」への想いをこんな風に語ってくれた。

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メルコ・クラウン・ローレンス・ホー CEO

中西亮介

「今回もそうだけど、日本に来る時はビジネスでも子どもたちを連れてくるんだ。なぜかというと、日本はマカオや香港と違って家族全員が楽しめる国だからね。このお台場に来たらレゴランドがあって、妻は1人でGinzaに買い物にいけるし、子どもが大好きなShibuya、Harajukuも目と鼻の先だ。ちょっと東京の外に足を伸ばせば温泉だってスキーだって楽しめる。そんな国はアジアには日本だけだよ。お台場にIRを作れたらどうかって? Great! それはBestだね!」

日本人にとっては当たり前でも海外の人にとってはとてつもなく魅力的、そんなことが実はたくさんある。「カジノ」を巡る国内と国外の意識の差も、そのあたりに根っこがあるのかもしれない。よく言われることだが、日本人は自分の国のことを知らなすぎる。

「日本はとっても魅力的で、将来的なポテンシャルが豊かなのに、日本人は世界で一番、自分の国と経済に悲観的な国民だ」といった外国人エコノミストたちの声を耳にする。吉川氏が指摘するように「日本ペシミズム」の呪縛を取り払って、”FOLLOW THE MONEY” —— 金の動きを追えば、もっと違う日本の実像が見えてくるはずだ。

(このコラムの内容はBUSINESS INSIDER JAPAN編集部の意見を反映するものではありません)

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