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トランプ米大統領の取材に関わる記者たちが、毎日ビクビクしながら、しかし、欠かさずチェックしているメールがある。
「Axios AM」。毎日午前早朝に届くこのニューズメールは、大統領側近や議員から取材し、CNNのような主要メディアが報じないニュースや情報を日々発信している。発信元は今年1月設立されたばかりのAxiosというオンラインメディア。名前もよく知られていないメディアが、なぜ、トランプ・ホワイトハウスに関する細かい「スクープ」を連発できるのか。
たとえば、「Trump 101: What he reads and watches」(トランプ101:彼が何を読み、観ているのか)は、メディアとの対立姿勢を誇示しているトランプ大統領が、果たしてどのように新聞を読み、ニュース番組を追っているのかを側近の証言から明らかにした。この記事から、世界の非常識は常識、という「トランプ・ノーマル」がどうして起きるのか、多くのヒントを得ることができる。
完全アナログ大統領、Twitterも口述させる?
Axiosから「トランプ式」メディアチェックをまとめてみる。
1. 本を読まない
反トランプ派が大統領にふさわしくない理由によくあげるが、真実だったようだ。複数のアドバイザーが、彼が本を持っていたり、本のことを話すのを聞いたことがない。従って、長いブリーフィングはダメ。1ページの紙にまとめて説明するしかない(要点をまとめたものなら、さらにいい)。
2. 紙でないと読めない
彼はコンピュータで記事を読んだり、情報を検索することが苦手だ。ニューヨーク・タイムズとニューヨーク・ポスト(保守系で、トランプ氏を支持)、ウォール・ストリート・ジャーナルを紙の新聞で配達してもらい、黒の油性ペンを手に、詳細に読み、反論が必要な記事にマークをし、担当者の名前を書き込む。それを直接手渡すか、そばにいたスタッフにマークした記事のPDFを作らせてメールさせる。
トランプ氏自身がAxiosに対し、(お気に入りとみられるTwitterでさえ)「口述してスタッフにタイプさせ、「送信」ボタンまで押させる」と語った。
3. ニュース番組は録画する
朝6時からは、保守系アンカーがホストする「モーニング・ジョー」(MSNBC)、7時からは保守系ネットワーク局FOXの「フォックス&フレンズ」を見て、合間にCNNをチェック。アメリカの高齢者や知識層が必ず見る日曜日の報道番組「60ミニッツ」(CBS)は、録画して必ず見る。
世界中の人が、トランプ氏についてのニュースをスマートフォンでリアルタイムにキャッチしている中、彼は完全な「アナログ人間」で、いまだに新聞とテレビがすべてという状況が、この記事で浮かび上がる。彼が読むべきニュースや情報は、スタッフがすべて印刷しているという。
これに対し、オバマ前大統領は、2008年の大統領選の頃から、スマートフォンやソーシャルメディアを使いこなし、1日の終わりは、必ずSkypeのビデオ通話で娘2人と話をするという、デジタル・フレンドリーなリーダーだった。
オバマ氏と真逆のリーダーが、ホワイトハウス入りし、スタッフばかりでなく、メディアも対応を迫られている。Axiosはそれに警鐘を鳴らす貴重な記事を出したと言える。
たとえば、ニューヨーク・タイムズは、トランプ大統領が朝刊しか読まないため、「フェイク・ニュース」と呼ばれる犠牲者になった。
ニューヨーク・タイムズは2月10日夕、中国の習近平国家主席が昨年11月14日以来、トランプ氏と対話していないこと、そして、両者は対話をするべきだと促す記事をオンラインに流し、11日の朝刊として印刷した。これを読んだトランプ氏は早速ツイートした。
「倒産寸前のニューヨーク・タイムズが『習近平氏は、トランプ氏と2016年11月14日以来、会話したことがない』とする、大変なフェイク・ニュースを流した。我々は昨日、長い会話をしたぞ」
実は、トランプ氏は10日、習近平氏と電話会談をしたが、メディアに公表しなかった。一方、ニューヨーク・タイムズは、会談を察知し、朝刊が配られる以前に、オンラインで差し替えて報じていた。しかし、トランプ氏が朝刊しか読まないため、このようなツイート反論に発展した。このツイートには「いいね」が10万以上も付き、トランプ支持者が、リベラルなニューヨーク・タイムズへの反感を強めるのに一役買ったのは、間違いない。同紙にとっては痛手となった。
元ポリティコのエース記者が立ち上げた新メディア
Axiosのマイク・アレン氏。ニューヨーク・タイムズなどを経て、ポリティコのチーフ・ホワイトハウス記者となった。ニューヨーク・タイムズに「ホワイトハウスの目を覚まさせる男」と書かれたほどの敏腕記者。
Chip Somodevilla
Axiosの「トランプ氏が何を読み、何を観ているか」は、実は、マイク・アレン氏とジム・ヴァンデハイ氏が書いた。2人とも、政治専門ニュースサイト「ポリティコ」の出身だ(ポリティコもブリーフィングは出入り禁止になった)。2人はホワイトハウス記者協会には所属していないが、他社では得られない説得力ある内部情報を手にしている。
アレン氏は、ニューヨーク・タイムズなどを経て、ポリティコのチーフ・ホワイトハウス記者となった。彼が未明に発信していたニューズレター「プレイブック」は、ワシントンの内幕を知るのに必須の“メディア”だった。ニューヨーク・タイムズは彼を「ホワイトハウスの目を覚まさせる男」と書いた。
ヴァンデハイ氏も、ワシントン・ポストの元ホワイトハウス担当記者で、ポリティコの共同創業者となった。2016年夏、アレン氏とともにAxios Mediaを立ち上げた。同社は、メディア企業のオーナーなどから1000万ドルの資金を調達したほか、JPモルガン&チェース、BPなどの優良企業がパートナーや広告主として名を連ねる。
Axiosのマニフェストは、こう始まる。
「わたしたちは、(以下の共通認識から)新しいメディア企業を始めるために、クールで安定した職を離れた:メディアは崩壊している ーー そして、多くの場合、詐欺だ」(All of us left cool, safe jobs to start a new company with this shared belief: Media is broken — and too often a scam.)
Axiosのマニフェストによると、読者や広告主は意味がない見出しにつられて(記事のURLを)クリックしている。記事の中には、嘘の見出しや的外れな論点を持つものがあり、あまつさえ、フェイク・ニュースも存在する始末。フォード・モーターが、本当に人々が運転したいと思うかっこいいピックアップ・トラックを作らず、往年の「F150」(注:フォードのピックアップの代表モデル)の改良やリモデルばかりしているのと同じだとする。
Axiosは、「読者第一」「賢い記事を賢く配信」「賢い簡略さ」を掲げる。メディアや広告主がクリックを増やしたいという事情で、記事の見出しをつけたり、うるさいポップアップ広告をつけたりすることはしない。読者が読みたいと思う情報だけをなるべくシンプルに、そして、他メディアの記事でも、要約をつけて紹介する。力を入れる分野は、「政治」「テクノロジー」「ヘルスケア」「ビジネス」だ。
たとえば、ワシントン・ポストのAというコラムは、「必読」と紹介しても、Bというコラムは「人生の無駄だ。ここに要約する。これだけ読めば良い」としたりする。
わたしがこれを書いている3月12日日曜日の午前中(現地時間)、アレン氏のニューズレターを見ると、箇条書きになっている情報のトップに、早速「あれっ」と思う情報があった。
セッションズ米司法長官は週末、オバマ前大統領に任命された連邦検事46人に辞職を要求した。異例の事態だ。そのうち、辞職を拒否したニューヨーク・マンハッタン地区の連邦検事、プリート・バララ氏は、即「クビ」の憂き目にあった。彼は、ウォール街の不正などを暴く辣腕検事だった。アレン氏は、バララ氏が、管轄内にあるトランプ・タワー(=トランプ氏の事業)を捜査するのを防ぐのが一連の辞職要求の狙いだったと示唆している。
セッションズ長官は木曜日に連邦検事らに電話をし、「捜査に祝福」を送っている。この時点で、辞職を要請する予定はなかった。しかし、金曜日に突然、46人が無職になった。ホワイトハウスは疑惑を招くことを百も承知で、検事らが職務を果たすのを阻もうとしたのではないかというのが、アレン氏の見方だ。
幸いなことにトランプ氏はこのニューズレターを読むことはない(印刷されない限り)。しばらくは、ワシントンの異常な状況を把握するのに、Axiosは貴重な情報源となりそうだ。