HRテック、ヘルステック、VRなど、あらゆる分野でテクノロジー系のスタートアップが台頭する。しかし、このようなスタートアップが提供する新しいサービスがどのようにして社会的な課題の解決に寄与しているかという状況は、実はそれほど広く知られているわけではない。そこで、本連載では、AIなどのテクノロジーを活用し、さまざまな業界の課題解決に取り組む日本のスタートアップおよび彼らの画期的なサービスを紹介していきたい。
AIがファッション業界を変革する
本連載で最初に登場するサービスは、スナップ写真の画像認識AIを用いたレディースファッションサービス#CBK(カブキ)だ。#CBKを開発・運営するニューロープ代表取締役CEO 酒井聡氏に、同サービスの特徴、AIがファッション業界をどのように変革していくかという未来図を聞いた。
スナップ写真の無断転用問題にメスを入れる
—— #CBKの具体的な内容と、ビジネスモデルの核は何ですか。
AIはファッション業界をどのように変革していくか。ニューロープ代表取締役CEO 酒井聡氏に聞いた。
ニューロープ
#CBKはモデルや読者モデル、インスタグラマーなど約300人と提携して運営しているレディースファッションのサービスです。ユーザーはモデルさんたちのスナップ写真から、気に入ったコーディネートを見つけて、類似アイテムを購入できます。現在はスナップ写真にアイテム情報を紐付けるのにマンパワーに頼っているところが大きいのですが、間もなく人工知能で完全に自動化できる見込みです。
この仕組みはファッション関係のメディアを運営する企業にも提供しています。企業側は著作権がクリアになっているスナップ写真を利用できます。
#CBKのビジネスモデルの核は、スナップ写真の提供者に対価を生むことです。Webの世界では画像の無断転用が問題視されて久しいですが、この問題は、スナップ写真の提供者、すなわち著作権者が(スナップ写真で)マネタイズすることができるようになれば、解決できるのではと考えました。スナップ写真が利用されればされるほど(スナップ写真の)提供者は収益が得ることができ、評価も高まる。そんな仕組みを当たり前にしたいと考えたのです。
—— ファッションに関する様々な「教師データ」(訓練データ)を用いた人工知能開発に着目した理由は何でしょうか。
実はファッションの画像認識というのは、想像以上に難易度が高い領域なんです。各アイテムを解析するには、「アウターはここ、ボトムスはここ」というように、まずはコーディネートを領域に切り分けて特定することが必要です。
とはいえ、人工知能による自動タグ付けが実現すれば、大きなビジネスチャンスがあることは明らかでした。だからこそ長期的に投資を続けてきました。幸運にもニューロープには人工知能の実装スキルに長けたCTOがおり、データ構造の作り込みなど初期の設計から将来を見据えることができたため、サービスの運用に伴い、「教師データ」を大量に集めることも可能となりました。その結果、高度な画像認識を実現する上で不可欠なレベルのハードルは越えられたと思っています。
ファッション×AIの未来図とは?
ファッションの画像認識というのは、実は想像以上に難易度が高いテクノロジー領域。
ニューロープ
—— AIは今後、どのようにファッション業界や人々のライフスタイルを変えていくと予測していますか。
ユーザーに最適なコンテンツや商品を提示する「フィルタリング」にはまだまだ可能性があります。『シンデレラシューズ』という、消費者にフィットする靴だけを提示するというコンセプトのサービスがありますが、このように無数のアイテムからユーザーが着られる可能性のあるアイテムを絞り込むような切り口には、大きな価値がありますね。
「商品の演出」などにも活用の余地があります。現在ファッションのECサイトでは、モデルの選定やポージングについて、担当者の経験やセンスに依存しているところがあります。ここにAIを導入すれば、客観的なデータに基づいて「この商品を売れやすくするには、こういう系統のモデルさんを起用し、こういうポージングの写真を用意して、メイン画像はこれにするとよい」ということが特定できます。
—— 勘の世界に客観データを持ち込むことで、売上増が見込めるのですね。
自動運転技術も、物流コストを圧倒的に下げるという点でファッションの世界に影響を与えていくとみています。現在、日本ではairClosetなどのファッションレンタルサービスが勢いを増していますが、輸送コストがタダ同然になれば、そもそもかさばる服をたくさん所有すること自体が不自然になるかもしれません。洗濯やアイロンがけも各家庭でわざわざするより、センターに集約してしまった方が断然効率が良いはずです。生活に必要なアイテムがすべてクラウド化でき、居住スペースと切り離される未来も描けますよね。
—— こうした未来を見越して、今後AIを駆使したサービス開発で考えておくべき点は何でしょうか。
技術起点ではなく、「こうだったら生活が便利になる、楽しくなる」というバリューありきで考えることです。そのバリューを実現させるために、AIがどうアシストできるのか。こうした視点でサービスを考えることが不可欠だと考えています。
例えば、スナップ写真の大量のデータをもとに、「黄色のプルオーバーにはこういうパンツがよく着られている」など、コーディネートの「正解」みたいなものを提示することは技術的に可能ですが、ニーズはあまり見込めないでしょう。ユーザーはみんなと同じ服装をしたいわけではないですよね。「適度に周りと差をつけたい」という人が大多数で、そこに市場はないだろうと思います。
一時期、AIを使ったパーソナルスタイリストのチャットアプリが注目を集めたものの、現時点ではそこまでユーザーに浸透していません。後出しで理由を考えると、ファッションの感度が高い人なら相談せずとも選べるし、そうでない人はファッションの要望を言語化するところにハードルがあって、ヒットするセグメントが薄かったからだろうと思われます。
あくまでAIは人間の希望をかなえるサポート役。AIありきで考えるのではなく、「人々のニーズに即しているか」という視点がキーになると思っています。
—— 日本と海外とで、ファッションへのテクノロジーの浸透度にどのような違いがありますか。
ここ半年くらいで日本でも、ファッション画像認識のテクノロジーを前面に押し出す企業が出てきましたが、海外では3年前の時点ですでに、PinterestやASAP54など、一定レベルの精度の高さを誇るファッション画像認識のサービスが生まれています。
こうやって見ると、領域によっては2年遅れているというようなことがいまだに起きています。
日米の比較でいうと、アメリカにはうまくいっているファッション×テクノロジーのサービスが日本よりも多い印象がありますよね。それは、内需の大きさに起因する面が大きいと考えています。
アメリカの人口は日本の3倍。例えば、ネクタイのレンタルサービスといった、日本ではスケールしなさそうなニッチ分野でも、アメリカだと十分な市場規模が見込めます。インターネットはネットワークの外部性が高いので、飲食業などとは異なり、類似サービスが乱立しても結果的に1〜2個のサービスが生き残って寡占市場をつくり出す構図がよく見られます。すると、内需の大きい国では単純にスケールの余地が3倍あるということになる。こうした市場構造も手伝って、アメリカや中国のような人口の多い国の方が、サービスを浸透させるうえで優位に立ちやすいといえます。
—— 今後の構想は?
「海外進出」と「多角化」の二軸で展開していきたいと考えています。後者は、例えばファッションのリアル店舗向けサービスや画像認識を応用した異分野での横展開なども選択肢として考えています。
自社ECサイトを構築して収益性を上げていくという方向性も考えられますが、すでにうまくやっているプレイヤーがいる中で、うちがわざわざ再発明する必要はないだろうと。
海外、特にアジアは成長し続けている市場なので、とても興味があります。日本での地盤を固めたらまずはアジアに打って出たいですね。
松尾美里:日本インタビュアー協会認定インタビュアー/ライター。本の要約サイトを運営するフライヤーなどのメディアにて経営者、著者、スタートアップのインタビューを行う。