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国の経済が不安定になると、人々は服を買わなくなるという。
スイスの証券会社UBSのアナリスト、アダム・コクラン(Adam Cochrane)氏らがイギリス人2000人を対象に実施した購買動向調査によると、衣服への購買意欲が半年前と比べ、著しく低下したことが明らかになった。
イギリスは堅調な成長を続けているように見えるが、コクラン氏はそれを「見せかけの成長」と切って捨てる。分かり切ったことではあるが、半年間(2016年6月〜2017年1月)における経済面の唯一の変化は、イギリスのEU離脱だ。
商品別の購買意欲
UBS
UBSの調査によると、衣服の購買意欲の低下は、消費者が自身の財政状況の悪化を自覚したことが引き金になっている。
そして、その傾向をリードしているのは、ブレグジット(イギリスのEU離脱)を強く支持した高齢者たちだ。
UBS
調査の対象はあくまで消費者心理であり、全てが現実に反映されるわけではないだろう。
だが、英Pantheon Macroeconomics(パンテオン・マクロエコノミクス)のチーフエコノミスト、サミュエル・トムス(Samuel Tombs)氏は、消費者心理はいずれ実態経済に影響を与えるとみる。
2016年第4四半期のGDPは、前四半期比0.7%上昇した(前年同期比1.9%上昇)。トムス氏は「健全な成長だが、持続的ではない」と指摘する。貯蓄が減少しているからだ。現在、イギリスの家計貯蓄率は総可処分所得のわずか3.3%で、2008年の金融危機時と比べても低い数値となっている。
世帯の貯蓄比率
Pantheon Macroeconomics
では、なぜ突然イギリス人の貯蓄が減り、新しい服を買おうとすら思わなくなったのか。
次のチャートが1つの手がかりを示してくれる。
賃金の伸びを示すグラフ
Pantheon Macroeconomics
とはいえ、賃金は長い間停滞していた。最近変化したのは、インフレ率だ。インフレが存在しない経済では、低賃金でも成り立つ。ここ数年、イギリスでは特段のインフレは発生していなかったが、ブレグジットによってポンド安が加速。突如インフレ率が2%を超えた。イギリスのインフレはさらに進行すると予測されている。
EC業者による物価の見通しを示したグラフ
Pantheon Macroeconomics
消費者はブレグジットがインフレを引き起こしていると知っているので、インフレによって手持ち資金が目減りする前に、使ってしまおうとしている。服の値段も今後上がると思えば、購買意欲がしぼむのは当然だ。
ブレグジット以降、消費者は貯金だけでなく、借金も控えていることを以前報じた。2月以降の最近の数字は、その傾向が続いていることを示しており、家計の金融資産は減少している。
世帯の保有するお金(青い線)。黒い線はCPI
Pantheon Macroeconomics
こちらは、消費者の負債についてのグラフだ。
消費者のクレジット利用残高
Pantheon Macroeconomics
イギリスは、突如として貯蓄しない国に変貌したように見える。皆、残ったお金でやりくりし、借金を避けようとしている。
これは、衣服だけの問題ではない。
あなたが外国人投資家だとしたら、新たな靴下よりも古い布切れの人気が高く、今後の経済についても不安要素が大きな国に投資したいと思うだろうか。
現実には、ポンドの下落によって、イギリスのあらゆるものが割安になったため、多くの外貨がブレグジット後にイギリスへ流入した。それは思わぬブレグジット効果だった。
第4四半期の貿易赤字は改善したものの、パンテオン社のトムス氏はその状況が続かないと信じている。GDPに対する今の国際投資比率は、2008年の不動産信用バブル時よりもはるかに高い。
海外投資の対GDP比率
Pantheon Macroeconomics
外国人が購買したイギリスの資産は、イギリスから見れば負債である(すなわち、もし中国人がイギリスの工場を100万ポンドで取得すれば、中国人は資産として、イギリス人は負債として工場をもつことになる)。現在、イギリスにある海外機関保有資産はGDPの560%に達する。
トムスはこう懸念を示す。
「GDP成長率は家計貯蓄率の大幅低下が落ち着くと、急激に鈍化するだろう。イギリスは海外市場への依存度が高いので、消費者の所得にダメージを与えるポンドの崩壊はしばらくは起こらないだろうが」
言い換えれば、海外マネー次第ということになる。それがなくなったら、残るのは通貨安と物価上昇だ。
Pantheon Macroeconomics
UBS証券のコクラン氏は、消費者マインドのもろさに大きな懸念を持っている。それこそが、数字上の経済成長を「見せかけの成長」とする理由だ。コクラン氏は顧客にこう説明している。
「これまで好調だった消費マインドは、著しく悪化している。実質的な賃金が減少すると、不必要な支出は手控えられるだろう。2016年四半期の数値の良さは実態を反映しておらず、2017年は下押し圧力が強まる。そしてこの状況は2018年まで続く」
この見通しは、最近登場したものではない。エコノミストたちは、2016年6月のEU離脱を問う国民投票後に経済は崩壊すると予測していた。しかしそうはならず、離脱派はイギリスがEUの一員でなくてもやっていけると自信を深める根拠になっている。
(翻訳:本田直子)