シアトル店の店員と話す新CEOのケビン・ジョンソン氏。
Joshua Trujillo, Starbucks
スターバックスの新CEOケビン・ジョンソンがよく使う冗談に「僕の埋めようとしている靴のサイズはベンティだ」がある。
英語の表現で「埋めるには大きな靴だ」は、先人の功績が偉大なだけに跡を継ぐ者の責任が大きくなることを意味する。その表現に倣って言えば、ジョンソンが埋めようとしている靴のサイズはグランデ(Lサイズ470ml)どころかベンティ(LLサイズ590ml)だ。
そこは本人もよく心得ている。30年かけてスターバックスとほぼ同義語になったハワード・シュルツの退任を受け、ジョンソンはCEOに任命された。彼にはやらなければならない多くの仕事がある。ジョンソンの統括の下、スターバックスは現在2万6000店ある店舗を2021年までに3万7000店舗に増やす意向だ。また高級志向の新業態店「ロースタリー」も世界で30店に広げる計画。現在米国内のスターバックスでは、店舗に到着する前に携帯電話から事前注文と事前決済ができる「モバイル・オーダー&ペイ」の利用率が飛躍的にアップしている。しかしモバイル注文に対応しきれない店舗が続出しており、スターバックスに大きな変化をもたらすと共に、新たな問題を生みだしている。
スターバックスはまた、政治的にも注目を浴びる存在になった。ミニマリストをうたった極めてシンプルなデザインの赤いカップを2015年のクリスマス・シーズンに使用し不評を買ったかと思えば、「全世界で1万人の亡命者を雇用する計画」を発表して議論を巻き起こしたりした。時には不買運動まで起こるほど、不評を買うこともある。ジョンソンは、CEOとしての仕事を4月3日月曜日に開始した。筆者はその日、シアトルの本社でジョンソンにインタビューを行った。
ジョンソンとシュルツは仲が良い。2人のオフィスを隔てるのは扉だけ
Starbucks
シュルツはスターバックスを8年間離れた後、低迷していた業績を立て直すためにCEOに復帰した。ジョンソンはその翌年の2009年、シュルツに誘われてスターバックスに入社した。
「彼からとても多くのことを学んだ。彼はビジネスパーソンにとって、アイコン的な存在だ。僕らの世代にとっては特にね」と、ジョンソン。 2人のオフィスは一枚の扉を隔ててつながっており、シュルツは日に何度もジョンソンのオフィスに立ち寄る。「扉が開いてハワードがぴょこっと頭を出すのはいつも、そろそろ次の冒険が始まる時期だ」(ジョンソン)
ジョンソンは2015年からスターバックスのCOOを務めており、同社の今後の戦略を描くために、シュルツと二人三脚で会社をリードしてきた。昨年12月には、2人はスターバックスの新5カ年計画を発表している。
「シュルツには、政界よりスタバのオフィスにいてほしい」
長年にわたり、スターバックスの社会貢献に対する努力は、提供するコーヒーと同じくらい広く認知されてきた。シュルツの指揮の下、議会の分断に対する意識向上を推進するキャンペーン(2012年)と、人種問題を取り上げたキャンペーン(2015年)が行われた。
シュルツの積極的な発言は政界における第2のキャリアを見越したものではないかという憶測を生んだ。2015年、シュルツはニューヨーク・タイムズに論説を掲載し、自身が大統領に立候補する計画がないと説明したが、2016年のCNNのインタビューでは「大統領選出馬が絶対にあり得ないとは言えない」とした。昨年の選挙ではその数カ月前からヒラリー・クリントン支持を表明。クリントンが勝利していたら、労働省長官に指名されていただろうと報道された。
シュルツは今後、会長としてスターバックスにとどまり、社会貢献や高級志向ブランドの「リザーブ店」に注力していくという。 シュルツは有能な大統領になれると思うか、という質問に対し、ジョンソンは「勝手なことを言わせてもらえば、ハワードに隣のオフィスにいてもらって、自分も会社も助けてもらえる環境が自分にとっては最高だ」「大統領選出馬は、ハワード自身が決めるべき極めて個人的な決断。ただ僕自身、彼のファンなんだ」と述べた。
スターバックスはこれからも社会問題に取り組む
シュルツとジョンソンは会社の信念に基づいて社会貢献事業を行ってきたが、シュルツの方針が論争を呼ぶこともある。 最近実現した「1万人の退役軍人とその家族の雇用」のように広く支持された取り組みもあれば、あまりうまく行かなかった取り組みもある。 今年に入って「世界で1万人の難民の雇用」を発表した際には、一部の人々による批判が不買運動にまで発展した。
スターバックスが進歩的な勢力となり得るかを決めるのは、今後はジョンソンの役目になる。
「当社の本質的な価値に関連していて、なおかつ社会的にインパクトを与える課題について、僕自身がそれに取り組んでいくかどうかだって? もちろんだ」
ジョンソンは2013年に同社が支持を表明した同性婚を例に挙げ、それはスターバックスの戦略として必要不可欠な要素になったと述べた。この決断により、同じ価値観を共有する従業員を同社に引き付けることになったという。
「私は戦略を立てる人間の1人だ。戦略の中には我々が社会的にインパクトを与え得る課題も含まれる」とジョンソン。「その課題は、我々自身の価値観を反映したものだ。同時に、同じ価値観を持つパートナーを引き付けられる」
また、ダンキン・ドーナツやマクドナルドとの差別化も図れる。
「スターバックスにとって重要な差別化要因は、我々のパートナーとの感情的なつながりと、ビジネスにおいての人間的なつながりなんだ」とジョンソンは言う。「異なる国々や他の大陸にある店を訪れれば、当然皆違う言語を話すし、異なる文化を持つ。でも結局、全人類に共通するたった1つのことがある。それが体験だ。つまり、体験をつなげることが我々の使命なんだ」
スターバックスは出店場所を厳選しようとしている
Matt Weinberger/Business Insider
シュルツが2000年に初めてCEOを辞任した時、同社が抱えていた最も大きな問題の1つは、あまりにも多くの場所で店舗が展開されたことでブランド価値が下がってしまったことだった。 チェーン店が急速に広がった結果、店舗は独自性を失った。
現在、スターバックスの店舗数は過去最高となり、5年以内に世界で1万2000店舗を新たにオープンする予定だ。スターバックスは過去の過ちを繰り返さないのだろうか。
「店舗がどこにでもある状態は、スターバックスの価値を落としてしまうことになる」とジョンソン。「だからこそ我々は、ブランドの底上げを図るために『ロースタリー』を展開することにした」
世界で20~30店舗の展開を目指す「ロースタリー」は、高級コーヒー豆「リザーブ」を店内で焙煎するコーヒー店で、観光スポットとしても位置付ける。高価なコーヒーメニューを提供しており、樽の中で豆を熟成させ、熱を加えず時間をかけて水で抽出したアイスコーヒーは1杯10ドル。店舗はイノベーションハブとしての役割も担っており、カスカラ・ラテといった新メニューも開発している。コーヒー・チェリーというコーヒー豆の果実から抽出したシロップを入れたカスカラ・ラテは、全国展開を前に今年オープンしたロースタリー・シアトル店のメニューに試験導入された。
「現状維持は受け入れられない」とジョンソン。「ロースタリーを訪れた人は、サイフォンやハンドドリップ式など、コーヒーの入れ方でもさまざまな手法を目にする。バーの美しさや、樽の中で熟成された豆やカスカラ・ラテの周りで行われる新しい創意工夫を直接見ることができる。我々は同時に多くのことに着手しており、結果、体験的小売りという分野でビジネスとしてのレベルを向上させられると考えている」(ジョンソン)
それでも顧客の多くは職人芸の焙煎よりもパンプキン・スパイス・ラテの方に興味があるというのが現実だ。
スターバックスは家庭と職場に次ぐ「第3の場所」として、人とつながれる場所を提供したいと考えているが、多くの顧客はバリスタとの感情的なつながりよりもサービスのスピードの方を重視している。その問題を解決するために、スターバックスは新しい店舗形態を開発中だ。利便性を重視したドライブ・スルー型の「特急」店舗がある一方で、ブランド価値を下げず、コーヒー好きをもうならせるロースタリー。 「我々は違った形態を使うが、顧客とのつながりにおいては同じアプローチを試みる」とジョンソンは語った。
「モバイル・オーダー&ペイ」における長い道のり
「モバイル・オーダー&ペイ」は利便性においてはスターバックス最大の進歩だった。アメリカで2015年9月にこのサービスが開始されてから、注文は8%増加した。
「シンプルでエレガント、スターバックスならではの店舗体験を作り出すために、我々は店舗デザインのあらゆる細部にこだわっている」とジョンソン。「デジタルでの注文体験が店舗での体験と同じくらいシンプルかつエレガントであるために、エネルギーを費やしてきた」
しかし、最近はこのシステムに問題が浮上している。店が混みあう時間になると、洪水のようにデジタル注文が殺到し、繁盛店は渋滞を起こしてしまうのだ。ラテやフラペチーノを待つ顧客が店内に溢れかえり、店に立ち寄ろうとした顧客は入店をためらうようになった。 ジョンソンはこの新サービスは始まってまだ2年足らずである点を強調しながら、サービスを改良し発展させていくと述べた。
チェーン店はいくつかの解決策を提示し始めた。現在は全米中の店舗にデジタル注文の顧客に対応する担当者がおり、商品の受け渡しを行っている。シアトルのスターバックスでは、注文された品ができあがった時点で顧客に通知する新システムを試験導入している。
「モバイル・オーダー&ペイ」の最大の目的は、アプリを使った顧客体験を進化させ、特に朝の忙しい時間帯の注文数を上げることだという。 「一部では店舗に変化が見られるかもしれない。あるいは、テクノロジーが変化するかもしれない」とジョンソン。
「スターバックスはイノベーションを尊ぶ会社だ」
ジョンソンはテスラのような会社にインスピレーションを感じる
ジョンソンはCEOとして2種類の会社からインスピレーションを受けるという。規模を広げると同時に革新的であり続ける巨大企業と、産業に革命をもたらすようなスタートアップだ。
スターバックスは成長しながら、ブランド価値を下げることなく世界各地に店舗展開することを目指す。ジョンソンはナイキやアップルなどの他に、より新しく、より革新的なテスラのような会社にも注目し始めたという。テスラは「交通の概念を再定義している」とジョンソンは言う。
また、ジョンソンは、スターバックスの幹部と共に「発見の旅」に出ている。自分たちとは異なる産業の企業を、インスピレーションを求めて訪問するのだ。つい最近訪れた先はシリコンバレーだった。 会社名は明らかにしなかったが、ジョンソンは「それらの会社が、どうやって情報公開によって組織の中のつながりを強め、大規模でありながらその決断の速度をさらに加速しているかを学ぶため」に、訪問したという。
スターバックスの外にインスピレーションを求めることがリーダーシップに対するジョンソンなりのアプローチだった。実際、過去2年の間にジョンソンは社外から多くの人材を登用してきた。最高技術責任者にアドビからジェリ・マーティン・フリキンジャー(Gerri Martin-Flickinger)、最高グローバル戦略責任者にディズニーからマット・ライアン(Matt Ryan)、欧州・中東・アフリカのスターバックス社長にナイキからマーティン・ブロック(Martin Brok)をあてた。
「正しいやり方で才能を織り交ぜて、信頼や透明性、そしてチームワークに根差したチームのための環境を作り出す。それが結果として個人では達成できないかもしれないこともやり遂げるチームを生み出すことにつながる」と、ジョンソンは語った。
ジョンソンからのキャリアアドバイス
「自然体で自分らしくいられることは重要なことだ」とジョンソンは言う。「自分らしいというのは、感情的になるような弱い部分が自分にあると認めることだ。地球上の誰もが同じ経験を分かち合っていると思う。誰もが喜びも悲しみも体験している。何かを成し遂げようと苦労し、障害を乗り越えようと努力する経験をしているんだ」
ジョンソンにとって、自身の弱みを自覚した決定的な瞬間がある。数年前、メラノーマ(皮膚がん)と診断されたときだ。
「それをきっかけに、人生にとって本当に大事なものは何かと考えた。その瞬間、残りの人生を自分が愛する人たちと楽しいことだけして生きていきたいと思った」
スターバックスのCEOという役職に就くに当たり、自分らしさはジョンソンの道しるべになっている。
「私はハワードにはなれない。ハワードはハワードで、独自の存在だ」と、ジョンソン。
「だからこそ自分らしさが重要。自分以外の誰かのふりをするのではなく、自分自身でいようと思う。そうすることで他者からも彼らの最高の姿を引き出せると考えている」
新CEOも当然コーヒーが好き
スタッフと会話するケビン・ジョンソン
Joshua Trujillo, Starbucks
コーヒーの注文からは、その人の人柄を読み取ることができる。 シュルツのスターバックスの注文はダブル・エスプレッソ・マキアート。シュルツはエスプレッソだけではなくコーヒーも飲む。大抵、スマトラ産のコーヒー豆で、コーヒープレスで朝に入れたら1日飲み続ける。
ジョンソンの注文も似たようなものだが、カフェインの量は多めだ。
「トリプル・エスプレッソ・マキアートか、トリプル・エスプレッソ・アメリカーノのどちらか。日によって変わる」と、彼は言う。
「朝は家で、スマトラ産かグァテマラのアンティグア産どちらかの豆で入れることが多いが、店に来たら大抵、トリプル・エスプレッソだ」
(敬称略)
※このインタビューは、一部を編集しています。
[原文:Starbucks’ new CEO tells us he’ll never be Howard Schultz – and that’s a great news for the brand]
(翻訳:日山加奈子)