WeChat(微信)から予約、支払いまでできる中国のシェア自転車モバイク。サドルに貼られた緑のステッカーはWeChatのロゴマークだ。モバイル決済が中国社会変革のベースになっている。
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これまで、日本を訪れたことのある中国人から、多種多様な日本の印象を聞いてきた。
圧倒的に多いのが「清潔」。次に「接客が丁寧」。ここ数年は、中国の経済力の向上を反映し、「何でも安い」という感想が増えた。
そして2017年、初めて耳にしたのが「日本は不便」という嘆きだった。
中国出身の李華傑さん(21)は2017年3月、留学で秋田に住むことになった。一番心配していた「方言の聞き取り」は何とかなったが、現金を持ち歩く生活には、なかなか慣れない。
「中国のジャック・マー(アリババ会長)はキャッシュレス社会を本気で目指しているし、もう半分実現してますよ。日本はまだ現金社会なんですねえ」
テクノロジーの国と聞いていた日本が、少し色あせて見えたという。
「日本はまだ現金社会ですね……」
中国の街並みは、この1年で“一変”した。路上を埋め尽くすオレンジや黄色のシェア自転車、飲食店のテーブルに貼られたモバイル決済用のQRコード。マッサージ屋に行くと、「微信(WeChat)で払う? 現金で払う?」と聞かれた。「銀聯(ギンレン)カードはだめ?」と問い返すと、「今は受け付けてない。微信の方が簡単だし、偽札の心配もないから」。
中国のモバイル決済は、アリババ系のアリペイ(支付宝)とテンセント(騰訊)系のWeChat Payがシェアの大部分を握る。ユーザーのスマホに表示されたバーコードを、店舗の端末で読み取るか、店舗のQRコードをユーザーが読み取って金額を入力する簡易なシステムで、デパートやスーパーは当然、タクシー、道端で傘や果物を売る露天商まで対応している。日本銀行が2017年6月に公表したレポート「モバイル決済の現状と課題」によると、中国都市部の消費者の98.3%が、過去3カ月の間にモバイル決済を「利用した」と答えたという。
訪日中国人の消費を取り込もうとする日本の小売業界にとっても、中国モバイル決済は突破口の一つだ。特に中国の春節(旧正月、2018年は2月中旬)が近づくと、商業施設はインバウンド対策を強化する。イオンリテールは12月12日、アリペイとWeChat Payを一部店舗に導入し、2018年2月をめどに全国で使えるようにすると発表した。春節期間限定でモバイル決済を導入する地方の観光地や商店街もある。
「できるだけ財布を持ちたくない」
中国人にとって、海外旅行で自国のモバイル決済を使えることが、どれだけ消費に影響するのか。
社員旅行で7月に日本を訪れた北京在住の会社員女性(26)は、数日の滞在で化粧品や炊飯器など6000元分(約10万円)の買い物をした。「日本に来るまで、中国のモバイル決済を使うつもりはなかったけど、行く先々で広告が目に入ってきて、つい買いすぎてしまった」という。
2017年1月、ローソンはアリペイを国内全店舗に導入した。
写真提供:ローソン
李華傑さんの同級生で、同じく2017年3月に来日した秋田在住の孫坤陽さん(24)は、「現金を使わない生活に慣れてしまって、日本でもできるだけデビットカードで買い物します。秋田はアリペイを使える店が少ないけど、時間に余裕があるときは自転車でローソンに行きますよ。アリペイだとApple Watchで使えるようにしているので、財布もいらないですし」と話す。
中国で約1300店舗を展開するローソンは、他のコンビニに先駆け、2017年1月にアリペイを国内全店舗に導入した。当初からアリペイ利用者の客単価は全体の客単価を上回る800~900円で推移し、牛乳や飲料水など、日用食料品がよく購入されるという。広報室の李明さんは「国慶節や夏休みなど、訪日客が多い時期に利用が増えます」と言う。
関西の百貨店の化粧品コーナーで働く販売員女性は、「アリペイがキャッシュバックキャンペーンをやっているみたいで、最近では中国人のお客さまの9割がアリペイを希望する。ただ、対応できる端末が少ないので、混雑時は現金かカード払いに誘導しないといけない」と、現場の悩みを打ち明けた。
日本企業と合弁会社設立計画
アリペイのアプリを開くと、現在位置に応じた商業施設情報やクーポンが表示される。
アリペイ、WeChat Payともに、海外展開を積極的に進めている。中国人海外旅行者の買い物の利便性を高めるだけでなく、海外店舗にとっては中国人の消費を取り込める。モバイル決済は、スマートフォンのGPS機能を利用し、ユーザーの現在地点に近い店舗のクーポンや観光情報を提供するなど、より精度の高いプロモーションも展開できる。
今のところ、中国モバイル決済を導入している店舗は、中国人が多く訪問する商業施設やコンビニに限られる。アリペイもWeChat Payも中国のクレジットカードや銀行口座を持っていないと、お金をチャージするのが簡単ではないからだ。しかし、それも2018年には変わるかもしれない。
アリババの金融子会社で、アリペイの運営事業者でもあるアント・フィナンシャルは、2018年春、アリペイ日本版のローンチを目指している。
同社は公式には日本版の展開を発表していないが、現地メディアの報道などによると、中国のサービスをそのまま展開するのではなく、日本企業と手を組み、合弁会社を設立する方法を検討しているという。
「偽札」のない日本での普及は未知数
2017年は、中国の人気サービスの日本上陸が相次いだ。シェア自転車大手2社はいずれも日本パートナーとの提携を発表。配車アプリ「滴滴出行(ディディ・チューシン)」も、日本のタクシー会社と組んで、日本展開する計画が報じられた。しかし、どのサービスにとっても壁となりそうなのが、日中の社会構造やプライバシーへの意識の違いだ。
中国でアリペイとWeChat Payが一気に普及したのは、いくつかの要因がある。
まず、現金以外の支払い手段がデビットカードの銀聯カードしか普及していなかった点。そしてアリペイは中国最大のECサイトタオバオ(淘宝)、WeChat Payは9億人のユーザーをもつWeChatと、それぞれ巨大なユーザー基盤を持っていることも強みだった。さらに偽札が流通し、店員たちがお金を受け取る際に、本物かどうかもチェックしないといけないことも、キャッシュレス社会の構築を後押しした。現金のやり取りを必要としないモバイル決済は、店側には安心感をもたらすツールとなっている。
空港など中国人が多い場所で急速に導入が進むアリペイ(支付宝)。2018年は日本人向けサービスを始めるという。
撮影:浦上早苗
一方、日本にはクレジットカード、交通系電子マネー、小売り系電子マネーなど、既にさまざまな決済手段があり、そこに、Tポイント、楽天ポイントカードなども入り混じる。消費分の一部をポイント還元するサービスが多く、それが囲い込みの手段にもなっている。
中国は「スマホ、モバイル決済、シェアサービス」が一体となったエコシステムが急膨張しているが、そこでは本人確認や決済をスムーズにするために、モバイル決済アプリに身分証明書や銀行の口座を登録することが前提となる。中国は全体として、個人情報保護への意識が希薄で、電話番号やSNSのアカウントも本人の了承なしに広くやり取りされるなど、何事も利便性が優先される傾向にある。
先の日本銀行のレポートによると、店頭でモバイル決済を利用すると答えた日本人はわずか6%。たとえ中国系モバイル決済を使えるインフラが整ったとしても、既に他の選択肢があり、個人情報の流出などリスクに敏感な日本人が、どこまで移行するかは未知数だ。
日本上陸を目指すアント・フィナンシャルも当然こういう事情は認識したうえで、信頼性の高い日本企業と組んだり、大々的なキャンペーンを展開し、ユーザー基盤を拡大しようとするだろう。
「キャッシュレス経済」「無人コンビニ」「シェアサービス」……2017年に大きく注目を浴びた中国発イノベーション。2018年はそれらが日本でどこまで浸透するか、とりわけ世界有数のIT企業に成長したアリババ系サービスが成功事例になれるか、注目の1年になる。
(文・浦上早苗)