2018年に波が来ると予想されるIT業界のトレンドの1つが、スマホ向けの半導体で動作するWindows、いわゆる「Windows on Snapdragon」だ。
Snapdragonとは、スマートフォン向け半導体大手クアルコムの製品。そのチップ上で動くWindowsのことをこう呼ぶ(プロセッサの名前をとって、Arm版Windowsとも呼ばれる)。従来から開発が進んでいたもので、2017年12月5日(現地時間)の自社イベント「Snapdragon Tech Summit」で大々的にデビューした。
Snapdragonで動くWindows 10搭載PCが、クアルコムのイベントで発表された。
同イベントには、PCメーカーのASUSやHPの幹部もゲストとして登壇。第1弾製品として、ASUSは「NovaGo」を、HPは「Envy x2」を正式に発表している。両機種とも、2018年春に発売される予定だ。ASUSとHPに加え、レノボも2018年1月のCESで、Windows on Snapdragon対応PCを発表する予定。詳細は明かされていないが、ASUSやHPのPCと同様、Snapdragon 835を搭載した、長時間駆動が特徴の機種になると見られる。
スマホの特徴を備えたWindowsマシンが持つ意味とは?
Windows on Snapdragonの魅力は、「ユーザーがスマホに期待しているようなことが、PCでできる」というクアルコム幹部のコメントに集約されている。具体的には、スマートフォンのようなLTE回線での常時接続と、長時間駆動の2つだ。これが、従来のWindows PCとの最大の違いになっている。
ASUSは「NovaGo」を、HPは「Envy x2」を披露。
さらに重要なのが「長時間駆動」で、ASUSのNovaGoとHPのEnvy x2のどちらも、動画の連続再生時間は20時間を超える。これは、スマートフォンで培ったSnapdragonの省電力性能を活かしたもの。イベントでは、待機状態では1カ月程度バッテリーが持つといったデータも紹介されており、マイクロソフトのWindows&Devices担当上級副社長のテリー・マイヤーソン氏が「ゲームチェンジング」と表現したほどである。
NovaGoは、動画再生で22時間、待機状態で約1カ月のバッテリー駆動を実現。
価格は、ASUSのNovaGoが、599ドル(約6万7600円)から。ストレージ256GB、メモリ6GBの最上位構成は799ドル(約9万200円)と、決して“激安”なPCではないが、通信機能や長時間駆動によってPCの使い方を変えるデバイスとして、注目しておいて損はない。
過去の失敗を乗り越えられるか? 「アプリの動作速度」が鍵
一方で、一抹の不安もある。Windows on Snapdragonの発表会では、デモ用の実機に触れることができたものの、動作しているアプリは、プリインストールされたもののみだった。Windows on Snapdragonには「バイナリー・トランスレーション」という一種のエミュレーション技術が入っていて、これまでのWindowsアプリも動作するようになっている。
ただし、展示機はWindowsストアアプリのみにインストールが制限されるWindows 10 Sが採用されていたため、一般的なアプリを試すことはできなかった。
確認できた範囲では、Word、Excel、PowerPointといったプリインストールの従来アプリは、サクサクと動いていた。けれども、CPU性能を要するアプリがどの程度、実用的な速度で動作するのかは未知数だ。また、現状、Windows on Snapdragonでは、64ビット版アプリが動かないという制限もある。
Officeなどのアプリはスムーズに動いたが、よりパフォーマンスを要求される場合に、どういった挙動になるのかが未知数だ。
クアルコム幹部にパフォーマンスの質問をぶつけても、回答はお茶を濁すようなものが多く、どの程度の実力なのかはまだはっきりしない。(その仕組み上)PCの性能を限界まで使うゲームや、動画の処理などには向かないとのことだが、それ以外でも、例えば、アプリを複数立ち上げて仕事をするときに、どの程度まで快適なのかがまだ分かっていない。
こうした実力は、発売までに徐々に明らかになっていくはずだが、一歩間違えると、大失敗した(同じArm版Windowsの)「Windows RT」の二の舞になってしまうと考える人がいてもおかしくない。Windows RT搭載機は2015年2月に最後の製品「Nokia Lumia 2520」が製造終了している。実利用でどの程度のパフォーマンスを発揮できるかは、もう少し丁寧にアピールしてもよかったと思う。
また、ASUS、HP、レノボの3メーカー以外が、Windows on Snapdragonにどう取り組んでいくのかも、明らかになっていない部分が多い。「スマートフォンのようなPC」を志向しているのであれば、ホームファクターのバリエーションを広げることも、必要になってくるはずだ。
現状では、ASUSとHPのどちらも、2in1タイプで、タブレットとPCを兼用できる仕様になっているが、キーボードなしのタブレット型や、一部の小型PCファンの間で話題を集めた中国GPDテクノロジー社の「GPD Pocket」のような、超小型PCがあってもいいだろう。製品に広がりを出せるかどうかも、Windows on Snapdragonの普及を左右しそうだ。
NovaGoはディスプレイが回転、Envy x2はキーボードを着脱可能な2in1スタイル。PCの枠内に収まらないデバイスの登場にも期待したい。
Snapdragon 835は、日本だとGalaxy Note8や、Xperia XZ1など、幅広いフラッグシップ端末に採用されている。OSがAndroidかWindowsかという違いはあるものの、ここまで小型化できるということだ。
NovaGoとEnvy x2のどちらもファンレスで、構成されるパーツを見てもスマホと大きな違いはないため、バッテリー駆動時間にさえある程度目をつぶれば、手のひらサイズのPCも実現できるかもしれない。バッテリー駆動時間は重要な特徴ではあるが、そのパラメーターをモバイル方向に振った端末があってもいいだろう。
スマートフォンとPCの「衝突」が起こる
スマホの技術を取り入れ、進化したPCがWindows on Snapdragonとすると、スマホ側は逆のアプローチで、PCに近づこうとしている。Galaxy Note8の周辺機器である「DeX Station」や、Mate 10 Proの「PCモード」などがそれだ。こちらは、Androidのマルチウィンドウ機能を生かし、大画面に出力したときだけ、PC風のユーザーインターフェイスにするという機能になっている。マルチウィンドウに一部制約はあるものの、スマホに届いたメールに対して、そのままキーボードで返信できたり、クラウド上にある書類をスマホで編集したりできるのは便利だ。
スマホのPCモード的な機能に、Windows 10を採用できる可能性も出てきた。写真はサムスンの「DeX Station」。
ただ、やはり本格的に仕事をしようと思うと、“なんちゃってマルチウィンドウ”の壁に当たる。OSが違うので当たり前だが、Windows PCで動いているアプリは使えない(Android版アプリが必要)。作業によっては代替案を考えなければいけないのは、ユーザーフレンドリーとはいえない。
普段はAndroidのスマホとして動き、大画面に出力したときだけ、Windows PCになる —— Windows on Snapdragonの技術を生かせば、将来、こんなことも可能になるかもしれない。すでにインテルのチップを搭載したPCで、AndroidとWindowsのデュアルブートを実現した端末は存在するため、OSのラインセンス的には可能だと思われる。Windows on Snapdragonも、使っているチップセットは現行のSnapdragon 835そのままなので、技術的なハードルもクリアできそうだ。
実現できれば、スマホにPCの機能を取り込む形でもっと進化するのではないか。スマホとPCが1台になることで、その両方を販売しているメーカーにとっては売上減少の可能性というビジネス面でのリスクもあるが、スマホ側の視点からWindows on Snapdragonの発表を見て、そんなことを感じた。
(文、撮影:石野純也)