ミクシィは傘下のフンザが運営するチケット転売サイト最大手「チケットキャンプ」のサービスを2018年5月末で終了すると発表した。
商標法違反などの容疑で警察の捜査を受けていたことなどから、サービスの継続は難しいと判断。一部報道では、チケットキャンプ側が出品数を増やすために複数の転売業者を優遇し、手数料を減免していたことが報じられている。
警察の捜査を受け、2018 年5月末をもってチケットキャンプのサービスは姿を消す。
チケットキャンプホームページより。
昨今、社会問題として大きな関心を呼んでいるチケットの高額転売。人気アーティストのライブチケットは、時には数万円、数十万円と定価をはるかに上回る価格で売買される。それも転売禁止と明示されたチケットがほとんどだ。
今回の捜査によって、チケットキャンプ自体がこうした不正な転売業者の温床となっていたことが明らかになったと言えるだろう。
チケットの高額転売は何故ここまで問題視されるようになったのか。
市場原理は働いていなかった
きっかけは2016年8月、一般社団法人日本音楽制作者連盟、一般社団法人日本音楽事業者協会、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会、コンピュータ・チケッティング協議会の4団体が、多くのミュージシャン賛同のもと「チケット高額転売取引問題の防止」を求める共同声明を新聞やウェブなどで発表したことだ。
声明は大きな反響を巻き起こしたが、賛同の声が多く集まる一方で、「都合が悪くなって行けなくなった時に他に売れる手段がないのは不親切」という声や、「転売は市場主義の原則」と擁護する声もあった。
チケットキャンプの問題の本質は「ネットダフ屋」と呼ばれる転売業者にある。
Shutterstock
もちろん、ライブやコンサートにやむを得ない事情で行けなくなったユーザーにとって転売のニーズはある。しかし問題の本質はそこではなく、「ネットダフ屋」と呼ばれる転売業者による投機的なチケット買い占めにある。
転売業者はボット(ネット上でチケットを大量に購入するプログラム)などの不正な手段を利用してチケットを大量に確保し、これを転売サイトに高額で売り出すことで大きな利益を上げていた。チケットキャンプがこうした業者を優遇していたとしたら、市場原理の原則は働いていなかったことになる。
「突き詰めると、音楽文化の継承に大きな損失をもたらすことになってしまうんです」(『音楽主義』75号より引用)
高額転売問題に対策を講じてきた野村達矢氏(一般社団法人「日本音楽制作者連盟」理事、株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション常務取締役執行役員)は、筆者の取材に対しこう語っている。
月に数千万円単位の利益を挙げる転売業者が横行する一方で、本当にライブに行きたい音楽ファンの手にはチケットが渡らない。
こうした高額転売による収益はアーティスト側には還元されない。ファンが適正価格を超過する額の支払いを余儀なくされることで、グッズ販売なども含めたコンサートビジネス全体の収入に影響を与えてしまうなど、アーティスト側の収入にも大きな影響を及ぼしている。
ライブエンターテイメント全体の市場が拡大し音楽業界のビジネスモデルがCD販売から興行へと転換が進む中で、転売はクローズアップされるようになっていったのである。
ネット高額転売防ぐ法規制も検討
では、チケットの不正転売問題の先行きはどうなるのか。
「チケットキャンプがサービスを停止しても他のサイトにユーザーが流れるだけ」という声もある。
現在、インターネット上のダフ屋行為自体を取り締まるための法規制に向けての動きが進んでいる。 これまでイベント会場周辺など公共の場でのダフ屋行為は、都道府県の迷惑防止条例で規制されているが、ネット空間は含まれず、それゆえ取り締まりは難しいとされていた。
自民党のライブ・エンタテインメント議員連盟(石破茂会長)は12月、国会内で総会を開き、コンサートチケットなどの高額転売を禁じる新法案の骨子をまとめた。議員立法で2018年の通常国会提出を目指すという。
チケットの不正転売を防ぐ切り札として、電子チケットの導入も進んでいる。二次元コードをスマートフォンのアプリ上に表示し、コンサートの入場券とすることができる仕組みだ。スマートフォンを利用して本人認証がされるため、簡単に第三者に譲り渡すことができる従来の紙チケットに比べて、転売を防止する効果がある。
電子チケットでもスマートフォンを貸し出す形ならば原理的に転売は可能で、実際にこれを行い不正な高額転売で利益を上げた業者や個人が摘発され逮捕に至ったケースもあった。
2017年9月、神戸地裁は人気アーティストのライブの電子チケットを転売目的で取得し詐欺罪に問われた男に対し、懲役2年6カ月、執行猶予4年を言い渡した。報道によると、男はサカナクションやback numberの電子チケットを購入し、計18枚を専門サイトで転売。約12万7000円の利益を得たという。
判決では「電子チケットを表示するスマートフォンを貸し出す形で転売し、販売会社の防止策をかいくぐる巧妙な犯行」と指摘。チケットの高額転売についても「一般客の参加機会が奪われる上、適正価格を超過した額の支払いを余儀なくされ、音楽業界に大きな不利益が生じる」と言及した。
定価で譲る公式サイトも
2020年の東京五輪・パラリンピックを見据え、チケットの高額転売が今後さらなる取り締まりの対象となっていくことは間違いないだろう。
一方で、これまで転売サイトが担っていた「やむを得ない事情で行けなくなったライブやコンサートのチケットを転売したい」というユーザーのニーズは依然として存在する。また「高い料金を払ってでも良席のチケットを購入したい」というユーザーのニーズもある。
音楽業界の4団体は、公式チケットトレードリセールのサービスを立ち上げた。
チケトレのホームページより
これらは音楽業界やチケット販売会社側が解決すべき課題と言えるだろう。
前述の4団体は2017年5月、利用者同士でイベントチケットを2次売買できる公式チケットトレードリセール「チケトレ」のサービスを始めた。都合でライブやコンサートに行けなくなった人が、行きたい人に定価で譲るための公式なマッチングサービスを提供することで、営利目的の転売を排除する狙いだ。
これまでは多くの場合、チケット価格はイベントごとに一律に設定されていたが、今後はより柔軟なチケットの価格設定が求められていくはずだ。アメリカやイギリスなどで普及し始めた公式のチケットオークションの導入も検討されていくだろう。
チケキャンの閉鎖により、音楽だけでなく、スポーツやイベントも含め、より健全なライブエンターテイメント市場の整備が進むことへの期待は大きい。
柴那典(しば・とものり):音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌やウエブなどを中心に音楽やサブカルチャー分野を中心にインタビューや執筆を行う。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』など。