50量子ビット・システムの低温保持装置の実物写真。
IBM
次世代の高速コンピューターとして注目される「量子コンピューター」。IBMがクラウドベースで提供する「IBM Q」や、カナダ企業のD-Wave Systems社の「D-Wave 2000Q」(1500万ドル、約16億9000万円)など、商用利用に向けてパートナー企業との用途研究が既に始まっている。
そのビジネスへの応用の可能性はどのようなものなのか? イノベーションカンファレンス「Industry Co-Creation(ICC)カンファレンス KYOTO 2017」(ICC KYOTO 2017)のパネルセッションから、その第一線を知る研究者とビジネスの最前線に立つ起業家らの目線を通して見てみよう。
(この記事は、ICCが公開しているカンファレンスレポートの一部をBI Japan編集部が独自に再編集したものです)
2017年9月5〜7日開催
ICCカンファレンス KYOTO 2017「先端テクノロジー X スタートアップのCo-Creationを徹底議論 Supported by IBM BlueHub」より
スピーカー:
尾原 和啓
菊池 新 ナビタイムジャパン 取締役副社長兼CTO
西條 晋一 株式会社WiL 共同創業者ジェネラルパートナー(当時)
森本 典繁 日本アイ・ビー・エム 執行役員 研究開発担当
モデレーター:
高宮 慎一 グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー/Chief Strategy Officer
一般の人が量子コンピューターにアクセスできる時代が近づいた
森本 (中略)量子コンピュータの世界についてお話しさせてください。
量子コンピュータは私が小学生の頃、つまり40年以上前からこういったアイデアがありました。
ブルーバックス(自然科学全般の話題を一般読者向けに解説・啓蒙している講談社の新書シリーズ)で科学のおとぎ話のように私も読んで勉強していたのですが、それが今では実際に量子状態を作り出すということができるようになり、デバイスが出てきました。
そしてそのデバイスが1量子ビット、2量子ビット、4量子ビット、5量子ビットというように実際に動くようになり、実験室だけではなくて、安定的に稼働して世界中の人にインターネット経由で使ってもらえるという時代になりました。
皆さんももし興味がありましたら、IBMの「Quantum Experience」と検索していただければ、サイトを自由に、無料で使えます。
関連リンク:IBM Quantum Computing で計算してみよう(IBM)
そして今年になって、16量子ビットのコンピュータが無料公開されています。
既に世界中で3万人以上のユーザー登録がされていて、ここから早くも簡単な論文や発見が出てきています。
この先更に、20量子キュービット、50量子キュービットというように、数年以内に倍々になっていきますので、そうなると現在のスーパーコンピュータではシミュレーション、エミュレーションができないくらいのスケールの演算計算ができるようになります。
編集部注:本セッション後、2017年11月時点にIBMから20量子ビットの汎用量子コンピュータの稼働開始と50量子ビットのプロトタイプの動作確認が成功したことが発表されました。
関連リンク:IBM、量子システムの拡張と世界最先端のエコシステムを提供
これは、単にコンピュータが速くなるということではありません。
今までのノイマン型のコンピュータでは計算が難しい、あるいはほとんど不可能だったものが、量子計算ではできるようになるという領域があるんですね。
この領域の中に、宝の山が埋もれているかもしれない、という世界なんです。それを上手く探し当て、早めにこれを使って、何かを生み出した人が勝てるのです。
この分野は、後発であろうが何だろうが、そこを上手く掘り当てたら、無限に、無尽蔵にいろいろなものが出てくると期待されています。
日本アイ・ビー・エム 執行役員 研究開発担当 森本 典繁氏(左)。
提供する側としても、非常にワクワクしているのですが、もっとワクワクしていただきたいのは、自由に利用でき、そしてここから生み出した知財に関しては、ユーザー側に渡すというコンセプトで提供しています。
量子コンピュータのハードウェアそのものは、ニューヨークのヨークタウン・ハイツにある研究所からは門外不出になっていますが、これを使って価値を生み出したものについては、ご自由に使っていただけるという仕掛けです。
したがって、早く使っていただいて、そこから何か新しい価値を見出していただければと思います。
それほど大量に人が要るわけではありません。賢い人が一人いればいいんです。掘り当てれば、大きな可能性が出てくる、というタイプのものです。
創薬、材料発見、医療、経路探索など、いろいろなところに可能性があると考えています。
量子コンピュータにおけるビジネスインパクト
高宮 まさにクォンタムリープと言われる、今までの技術体験から大きくジャンプするようなものとして、量子コンピューティングがあり、そのアプリケーション先の一つとして経路探索が出ていたと思います。
今のお話を踏まえ、菊池さんとしては、実際にビジネスをやっている側として、新しい技術をどのように取り込んでいけば、ビジネスにインパクトがあると思われますか?
菊池 そうですね、今お話を聞いていまして、先ほどおっしゃっていた、「汎用CPUが速くなったということではない」ということが一つの鍵になるのではと思いました。
例えば、最適化問題や素因数分解など量子コンピュータが得意な部分から、どのようなアルゴリズムを作るかを考えることが重要になると思います。
ナビタイムジャパン 取締役副社長兼CTO 菊池 新氏。
菊池 経路探索では今まで汎用コンピュータ向けにアルゴリズムを考えていますので、このまま量子コンピュータに適用するのは少し難しいと考えています。
量子コンピュータ向けには、新たに、最初からアルゴリズムを考えるくらい最適化して、かつ高速になるようなものを考えていきたいと感じました。
尾原 経路探索の話は恐らく、本当にクォンタムリープが出た時の技術のすごく分かり易い例だと思います。
先ほどのファッションの例もそうですし、経路探索の例もそうですが、実は今問題になっているというか、面倒くさくなっているのは、結局AIのアウトプットによって人の行動が変わる時、その人の行動が変わった先の最適化というのは何なのだろう、というような二周目の話と、三周目の話があるんですよね。
つまり、日本では今ナビタイムを使われている人が多いので、結局ナビタイムの検索結果に従って経路を選択する人が増えると、当然その抜け道が混むことになります。
高宮 逆に行った方がいいよ、ということになるわけですね。
尾原 はい。
ナビタイムは量子コンピュータでこう進化する?
尾原 その一方で、ナビタイムの検索結果に基づいてこのぐらいの量が動くということは、ナビタイムには分かるはずです。
大数の法則でいうと、ナビタイム以外のユーザーも大体同様の振る舞いをするはずだから、こちらがそろそろ混むだろう、ならばナビタイムのユーザーだけは裏を打って、もう一方の経路を提案するというようなことが可能かといえば可能なんですよね。
ただこのような計算は、計算量が計算量に影響を及ぼすので、最適化をしなくてはいけない計算範囲が飛躍的に増えるんです。
しかし量子アニーリングのような最適化ができるならば、時間をバックさせるようなモデルを作ることで、しかも消費電力も問題ないというお話ならば、現実的に適用ができます。
そうすると最終的に何が起こるかというと、ナビタイムを使っていると、日本の道路がどこも混まなくなるのではないかなど、そういうところまでを視野に入れて作っていける可能性があるというのは、理系屋の妄想としては楽しいところですよね。
菊池 それは楽しいですよね。
更に、道路だけでなくて、公共交通機関に逃がすだとか、そういったところまで計算できるといいかなと今のお話を伺って感じました。
高宮 文系脳的には、ダイナミックなカオスというような話をシミュレーションできるようになると思っておけばいいのでしょうか。
尾原 皆さんのイメージし易い例として、今アメリカで起きていることですが、Uber Pool(ウーバープール)の上級版というのがあります。
尾原和啓氏(左)。
Uber Poolとは、目的地が同じ方向の知らない人と乗り合わせるサービスですが、今までは車の乗車率を限りなく埋めるということの最適化でした。
車には三つ席があるのだから、三席とも埋まっていた方が安く上がるわけですよね。
僕が乗っている間に、次の人が乗ってきて、その人が降りて、また別の人が乗ってきて、降りてということを繰り返して、乗席率が100%になれば、論理的には車代は三分の一になります。
でも、Uberのプールはもっと先を見据えています。
サンフランシスコでUberを呼ぶと、車が来るまでに三分くらいかかりますよね。
すると、その間にここまで歩いてください、と指示されるんですよ。
すなわち、最初のピックアップと、降りるまでの距離に加え、人間自体の動作も指示することで更なる最適化を進めているんですね。
これは簡単に言っていますが、(菊池氏を振り返りながら)計算屋からするとシャレになりませんよね。
菊池 計算量は非常に多いですね、考慮しなければならないことがたくさん出てきますから、現状ではなかなか難しいかもしれません。
高宮 量子コンピュータについてもう一つ質問させていただきたいと思います。
実際のアプリケーション先の例として、化合物の探索であるとか、創薬、経路の話などが出ました。
その一方で、まだどこに応用すべきか模索されている段階なので、それを見つけた人がビジネスとしておいしい思いをするというお話がありましたが、逆にビジネスの課題や問題で、量子コンピュータと相性がいい領域としては、どのようなものが挙げられますか?
どのようなビジネス課題だと相性がいいのでしょうか。
グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー/Chief Strategy Officer 高宮 慎一氏(右)。
高宮 言い換えれば、起業家としては、どのようなビジネス課題を解決するためのベストな「How」として量子コンピュータをいち早く使ってみるべきだと考えていらっしゃいますか?
どのような要件が満たされるとよいのでしょうか。
量子コンピュータと「相性がいい」ビジネス領域とは?
森本 いい質問ですね。
結論から言いますと、まだ分かっていません。
分かっていることは、今出たように、最適化の問題や、大量のものをマッチングする問題、探索の問題などですね。
これらは、可能性の計算を今のコンピュータで行うと、組み合わせ爆発を起こしてしまいます。
そういったものを遥かに速く、効率的に解ける可能性があります。
それには実際の問題を量子アルゴリズムというものに変換したうえで、量子コンピュータに計算させるということですから、そこに一段階難しさがあるんですね。
ですので、誰でも参入できるわけではありません。
そのような点から、今からやろうとする人には多分チャンスがあると申し上げました。
それが実際にどのようなビジネスモデルやビジネス課題に適用できるかを明言するのは時期尚早で、まさにそれを見つけるために、我々はこのような形で量子コンピュータを世界中に公開して、世界中の皆さんに考えてもらって、使ってもらって、見つけ出そうとしているところです。
そして、見つけたものについては我々が独占するのではなく、見つけた人に還元することで、未知のエリアを広げるためのインセンティブにしようと、そのような作戦ですので、結論から言うと、まだ見つかっていません。
高宮 なるほど。次に西條さんに、進化するテクノロジーを実際のビジネスにどう当てはめることができるかということについて、お伺いしたいと思います。
西條さんは、サイバーエージェント社時代に、管掌事業で全社の利益の大部分を生み出したり、現在もWiLで大企業とのジョイントベンチャーを作りビジネスをされたりしていますよね。
よりビジネス目線で見た時に、新しいテクノロジーを使ってどのような事業を作るべきだとお考えですか?
具体的なテーマが今もし浮かべばそれをおっしゃっていただいてもいいですし、もしくはやり方、大企業との連携の仕方についてでも構いません。
たとえば、IBM社が持つ技術を、外からどのように使ったら新たな事業を作りだすことができるかというような点も、もしあればぜひお願いします。
西條 大企業のオープンイノベーションの相談にも結構乗っていますが、先ほどおっしゃったように、データは今でも大量にあります。
それをどう活用するかというところの相談を受けるのですが、そもそも仮説を立てる段階で、どのようなアウトプットやサービス、もしくは改善をしたいのかというところが、やはりボンヤリしている感があります。
先ほどのお話で、超絶したパフォーマンスで計算などをした時に、具体的にどこに役に立つかまだ分からないという面はありますが、量子コンピュータなどの世界でなくても、今の段階で皆さんモヤっとしているところがあります。
ビッグデータなどを何も使わなくても、たとえば、銀行が個人の預金通帳データを見た時に、電気代が四、五千円であればこれは恐らく一人暮らしだろうな、ということが分かるわけです。
一万円を超えてくると、恐らく世帯持ちだろうなとか。
WiL 共同創業者ジェネラルパートナー (当時)西條 晋一氏。
それくらいのシンプルなことが分かるだけでも、金融商品の勧め方を工夫するなど、今分かっているシンプルなデータだけでも結構やれることはあるという感触を持っています。
そこをやらずして、更に量子コンピュータのようなものが出てきた時に、どうなるのだろうという懸念はあります。
既に備えていった方がいいというか、データを積極的に使い、今あるデータでもすぐにアクションを起こせる会社やカルチャーにしておかないと、出遅れるのではないかという危惧があります。
量子コンピュータの大衆化で何が変わるか
尾原 今思ったのですが、16量子ビットなどが本当にリーズナブルな金額で使えるようになった時に、何が変わるか、思考パターンがどう変わるかというフレームワークを先に話した方がいいと思います。
二点あります。
大きくは一つのことを二つに分けて話しますが、一つ目は、実は最適化できる対象が広がることよりも、「最適化をするためのシミュレーションができるようになる」ということが実は一番大きいことだったりします。
スーパーコンピュータの最大の利用先としては、地球の気象現象のシミュレーションが有名な例ですが、なぜ現時点では地球の気象現象がシミュレーションできないかというと、温度の変化、風の変化、雨の変化、土の変化、すべての要素を再現するということが極めて困難だからです。
けれども計算量が上がっていくと、最適化をするためにシミュレーションをするというシミュレーションのモデルを作ることができるんです。
あ、少し長くなりますが……いいですか?いい?いいかな?
高宮 まだ時間がありますので大丈夫です(笑)。
AIの学習時間問題を解決する「仮想空間での超高速学習」
尾原 競合の話をして申し訳ありませんが、今年、エヌビディア(NVIDIA)がカンファレンスで発表した技術で個人的に衝撃だったのが、ロボットがパットをする、ゴルフのパッティングですね。これの最適化でした。
これが、普通の最適化ではないんです。
今までの最適化というのは、ロボットがリアルの空間の中で、何回もパットを入れたり外したりということを繰り返していく中で学習する、そしてディープラーニングによって「目」ができましたから、比較的早い最適化でパットを入れられるようになる、というものでした。
これに対し、NVIDIAは何をやったかというと、ロボット自体をシミュレーション空間の中に持ってきてしまいました。
シミュレーション空間の中に持ってくれば、時間の速度は100倍にできますし、ロボットを一万台だろうが、二万台だろうが、同時にパットを打つというシミュレーションができます。
そうすると、現実空間では一ヶ月くらいラーニングにかかっていたものが、シミュレーション空間の中で何回もトライ&エラーを繰り返すとたったの3秒くらいでパットの名人になります。
それでも、それをダウンロードして実際にパットをさせてみると、やはり少しずれるんですよね。
そこで少しずれたモデルをもう一度シミュレーション空間に持っていくと、そのシミュレーションがより最適化されるわけです。
そうすることによって、今まで最適化できなかったものができるようになるということが凄いんですね。
分かり易い例では、リアルの店舗で、実際にどのような商店になっていて、どのような天気の時にどのような人が来てくれるかというようなシミュレーションは、要素空間が多いので大変なのです。
しかし、どのような天気の時に、どこの店舗にどのような人が来るかという、リアルなログデータなどはたくさん存在しますよね。
こういったものも量子コンピュータの演算ならば、どのような天気で、どのような温度の時に、どのくらいの店舗にどのくらいの人数が訪れるかというようなシミュレーションが本当に作れるようになるかもしれません。
そこに、まず一つ目の破壊力があります。
高宮 極めて文系な言い方をさせていただくと、VRの中でAIを回して何かができるということでしょうか。
尾原 そう、そういうことです。
今までVR空間が作れなかったものが、作れるようになるということです。
一つ目はそういう話ですね。
従来、細分化していた問題の最適解も一気に出せる
尾原 これの応用編が何かというと、今までは、問題が多いと最適化が難しいので勝手に小さく最適化しているケースが、世の中にはたくさんあるんですよね。
一番分かり易いのが受験です。
大学とは、本当は日本のため、お国のため、地球のためになる人材を創るためのものですが、残念ながら、どのようにこの人材を創ればいいか分からないから、取りあえず東大という最適化をしましょうと。
その次に、また最適化しきれないから、三菱商事という最適化をしましょうとか、IBMという最適化をしましょうという形でステップを踏んでいるんですよね。
このステップを全部飛ばすことができます。
最終的に、企業にとってどのような人材になってほしいのかというところから逆算すると、小学校の時にこういう部活動をやった方がいい、というような最適化も極端な話できてしまうわけです。
上下流を分断化して最適化していたものを、すべて飛ばして、本当にやりたかった最適化ができるようになるというのが、多分、思考のパターンですね。
西條さんのお話の時に出ましたのが、今この小さなデータの中で最適化しようと思ったら、いやいや上下流五段くらい飛ばした最適化でいきなり来られるというリスクがあります。
逆にいうと、そのような戦い方が最初からできる時代に既に突入しています、という話だと思うんですよね。
高宮 そういう意味では、AI、IoTの時代になってくると、インターネット上で行動履歴をすべて取れるというように、リアルの世界で全部データが取れるようになりますよね。
そうすると本当にやりたかったサプライチェーン全体での最適化のような話が、今の一点目のシミュレーションを回して、リアルで本当に最適化できてしまうという感じになるのでしょうか。
尾原 そうなんですよね。
多分、日本の強いところは、データ自体を非常に多く持っていることですよね。
恐らくナビタイムも、こういう日にこういう交通渋滞が起きて、こういうことが起きましたというデータを大量にお持ちだと思います。
しかし、現状のスマホではこのくらいの最適化しかできないから仕方なくこうしている、というような話がたくさんありますよね。
菊池 それはありますね。
人の行動のデータは特に多く取れていますし、特に最近ではインバウンドで外国人が日本に来た時の行動データも取れています。ナビタイムではこれらのデータを活用した交通コンサルティングビジネスを行っていますが、今後さらにデータを活用していけば、別のビジネスにも展開していけるかもしれません。
ICCパートナーズより転載(2017年12月29日公開の記事)