副業を始めたいと思ったら、あなたは何を基準に仕事を選びますか? 収入、スキル、本業との相乗効果ーー。今回は、「もう一つの軸」をご紹介します。
それが「人」、つまり「誰のために働くか」という軸です。本業では、会社の上司や同僚などともに働く人を選ぶのはどうしても難しい。すなわち、副業だからこそ選べる軸でもあります。
この軸で副業を選び、実践しているのがシンガポール在住のエンジニア、水野貴明さん。水野さんは自分が惹かれた起業家、ベンチャーを直接的な報酬は受け取らずに支援しています。
その根底には、本業だけではなし得ない、振り返ったときにより豊かに感じられる独特の「人生観」がありーー。編集部員がシンガポールに赴き、現地でお話を伺いました。
本業では味わえない「混乱」を求めて
ー水野さんの「本業」と「副業」を教えていただけますか。
そもそも僕は、「これが本業、これは副業」と分けて考えてはいないんです。
どれもやりがいのあるプロジェクトが同時並行で進んでいて、「サブ」という意味の「副業」よりも、むしろ「パラレル」という意味の「複業」に近いというか。得られる報酬に大小こそありますが、必要に応じて自分の時間を振り分けている感覚なんです。
とはいえ、一般的には収入の多い仕事が「本業」、少ない仕事が「副業」と区別されていると思います。だとするなら、本業は大手企業から報酬をお金でもらって行うソフトウェアの開発、副業は報酬の一部はお金では「もらわずに」行う起業家やスタートアップの支援と言えるかもしれません。
スタートアップからは報酬を一部お金ではなく「株式」で受け取ったりしています。起業家とともにリスクを取り、成功してはじめて金銭的な対価を得る。「技術版のエンジェル投資家」と言えば分かりやすいでしょうか。複数のベンチャーに「CTO」の肩書きで参画しています。
自分はつくづく「火消し体質」だと感じています。まだ何も決まっていなかったり、納期が迫っていたり、開発チームのリーダーが突然退職をしたり、そういう大変な状況に出くわすと、口では「つらい」と言いながらもやる気が湧いてきて、頑張れるのが自分の強み。それで声をかけてもらえるのかなと。
水野さんが初期構築を手がけたアライドアーキテクツ社のクラウドソーシングサービス
ー本業を増やしてさらに収入を得ることもできるはず。なぜそうしないのでしょうか。
別の言葉で言うと、僕は「リスクジャンキー」で、スタートアップならではの「混乱」が好きなんです。誰が何をすべきか明確に決まっていない、数カ月先には組織自体がどうなっているか分からない。ゴチャゴチャ感と言ってもいい。そんな状況で起業家と働くワクワク感、その中毒にかかっているんですよ。
「会社」って事業が軌道に乗り、組織が大きくなり始めると、トラブルも減り、ルールをきちんと決めてまわしていけるようになる。でもそんなふうに混沌としていた状況が安定し始めると、もう自分の役目は終わったかなと思うようになるんです。
今お手伝いしているスタートアップ2社もかなり初期から手伝っています。1社は結婚式や家族写真、ビジネスフォトなど写真を撮りたい人とカメラマンをつなげるマッチングサイト、もう1社は、国をまたいだ不動産売買のための越境不動産仲介サイトです。
水野さんが支援するスタートアップのカメラマンマッチングサイト
さらに「本業」の仕事を増やしてより稼ぐことは可能だと思います。本業でも面白い仕事がたくさんあればそうしてもいい。だけどそうしないのは、面白そう、やってみたいと思える仕事がスタートアップにある場合が多いからです。
面白そう、やってみたいと思う仕事の基準がお金ではないんですよね。では何かというと、「人」、つまり「誰のために働くか」で仕事を選んでいたら、今のような仕事の組み合わせに勝手になってきたんです。
仕事を選ばなければ本業だけでもっと稼ぐことができますが、「これなら自分はできる」という範囲で仕事を増やし続けるのは自分の「切り売り」であり、長期的にはキャリアが先細ってしまうと思いますし、何より面白くありません。
誰と働くかで選んだ仕事が面白いのは、「お金」だけで仕事を選んだり、増やしたりしているのでは得られないものがあるからです。
「誰のために」で仕事を選ぶと振り返った人生が豊かになる
目先のお金のために副業することを否定するわけではありません。何を目的に副業するかは人によりますし、家族計画や突然のライフイベントで急にお金が必要になって副業せざるを得ないことだってありますから。
しかし、もしそうではなく、安定した本業があり、空いた時間で副業をするというのであれば、自分のやりたいこと、趣味とか好きなことが混じるべき。「真剣に趣味に取り組む」というか。その「好きなこと」が、僕の場合は「この人の役に立ちたい」「面白い人と一緒に仕事をしたい」ということなんです。
ー仕事や副業を「誰のために働くか」で選ぶことの意義は何でしょう。
自分の好きな人、尊敬している人と一緒に働けることは、それだけですごく楽しいことですし、その人の役に立てていると思うのは、すごく幸せなことですよね。起業家が自分の事業の成功を確信していて、それが自分の中でも納得できたら、その成功を自分で見られたらいいなと思います。
今お手伝いしている二人に共通してある、僕が惹かれる点の一つは「モノを売る力」です。技術力は高いに越したことはないけど、スタートアップが成功するためには、提供するサービスをお金に変える力がないと駄目。そこが自分はあまり上手ではないので、モノを売る力がある人はすごく尊敬しています。そこにある、売るための理論は見ていてとても勉強になります。
その人自身に惹かれて仕事を選ぶと、必然的にコミットメントは高くなります。お金で仕事を選んで、「結果、こんなポートフォリオができました」というのもいいんだけれど、それは本業の延長線上というか、寂しい感じがして僕は満足できなくて。
せっかく働くなら、「自分が一番大変な時期にこの人に助けてもらった」「今の仕事はこれで終わりだけど、いつかまた一緒に仕事がしたい」と言い合えるような「人との信頼関係」が、いつでも振り返ったときに積み重なっている人生にしたいんです。
対価を得られない仕事は副業ではない、ただの「ボランティア」
ー水野さんに助けを求めたい起業家はいくらでもいるのではないでしょうか。
どうでしょうね。ただ、「人の役に立ちたい」と言っていますけど、実はこれ簡単なんです。だって、スタートアップにとって大きな課題の一つはエンジニアをたくさん雇うお金がないことなので、「何ももらわずに」その人のために働けば、だいたいは喜んでもらえますから。
だけど、それって副業ではなくて、自己満足の「ボランティア」でしかないと思っています。対価をもらえるからこそ、仕事として責任を持ってその人に尽くすことができるというか。
それに、お金を第一に考えていないとは言ってもお金はとても大事。なので、開発者として自分の技術をきちんとお金に変えることは大切だと考えています。
きちんと何らかの対価が発生した上でお互いに「よかったね」と言い合える関係を作りたいんです。だけどそれはなかなか難しくて、失敗もたくさんしています。相手との相性もあるので、「人」で仕事を選ばざるを得ない。
本業で、上司とか同僚とか一緒に働く人を選ぶってどうしても難しいですよね。だけどそれができるのって「副業ならでは」かなとも思うんです。
副業を「人」で選ぶことの利点がもう一つあります。
僕は「人生の3大、これがあったら生きていけるもの」があると思っていて。それが、「カネ・ワザ・コネ」。「カネ」はそのままですね。お金があれば、食べ物を買うことができて生きていけます。
「ワザ」は、スキルです。僕であれば技術力。ですが、お金とは違ってそれだけあっても生きてはいけません。なぜなら、ワザは「コネ」があってはじめて活かされ、お金になるからです。
「コネ」とあえてきたない言い方をしていますけど、これは「人との信頼関係」です。どんなに優れたスキルを持っていても、それが案件化しないのではお金になりません。つまり、そのスキルに価値を感じてくれる人との信頼関係が必要なんです。
例えば、エンジニアは技術力で誰かに夢や利便性を提供しているのであって、人は技術力そのものにお金を払うわけではありません。人は、ストーリーなどお金を払う人が獲得する「何か」に対価を支払うのですから。
それに仕事って「信用勝負」で、いい仕事をするには常にいい仕事をしていないといけない。そのためにもいい人間関係が欠かせない。そう考えると、「人との信頼関係」って仕事の手段や副産物でもあるけど、仕事の「目的」そのものでもあるんです。
仕事一つ取ってみても、信頼できる人としたほうが当然楽しいわけですし。なにより過去を振り返ったときに、「あなたに助けてもらった」と言ってくれたり、何かあったら助けてくれるような信頼できる人を一人も思い出せなかったら寂しいですよね。
副業による「偶発的な出会い」が可能性を広げてくれる
ーどうしてそこまで人との信頼関係にこだわるのでしょうか。
副業って、会社の肩書きではなく、「個」として社会と対峙することになるんです。
ですから、「人との信頼関係」と「仕事の成果」と「得られる対価」とのつながりを、会社に属しているときよりも強烈に感じられる。だから、人との信頼関係を大切にしたいと思えるのかもしれません。
ー水野さんは人との関係を計画的に築いているのでしょうか。
新しい人との出会いは偶発的で、ある日突然やってきます。例えば、最近シンガポールで、日系の土木業界の方と知り合って、その業務をお手伝いすることになったんです。
土木の世界は、僕らのようなPC一台でできてしまう仕事とは違って大きな建造物を相手にしていてすごく憧れていましたし、日本の土木業界の方って中東、東南アジアをはじめたくさんの国に自分たちの高い技術力で進出していて、広い世界でIT業界より大きなスケールで働いている。
ですから、一緒に働けることになったときすごく興奮しましたし、「自分が知っている世界はまだまだせまい」とかなり刺激を受けています。
これまでよく知っている業界の人とこれまで作ってきたようなWebアプリを作っているほうが自分の持ち駒だけで勝負できますし、楽かもしれません。だけどそれだと面白くないし、未知の世界に突っ込んでいったほうが面白い。突っ込んでいった先で意外な出会いがあり、それが新たな出会い、そして仕事につながったり。
せっかく副業をするなら、未知の出会いを楽しむとよいと思います。新しい世界に突っ込んでいくことに対して、「失敗したらどうしよう」とかは考えなくていいと思います。スタートアップで仕事をしていて痛感しているのですが、成功すると思っていても失敗することはとても多いです。
自分がその仕事をできそうかどうかよりも、一緒に働く人が面白そうかだけで選んでいい。人生、どう転んでもなんとかなりますし、多くの問題にはなにかしら解決方法がある。「自分はこういう人と一緒にいるときにこそ力を発揮できるんだ」って、自分の新しい一面を発見することだってありますから。
(文・岡徳之)
"未来を変える"プロジェクトから転載(2017年7月6日公開の記事)
水野貴明:東京大学大学院を卒業後、はてな、バイドゥ、DeNAなどをエンジニアとして渡り歩く。バイドゥの日本人開発者第一号で、社員年間賞を受賞するなど活躍。DeNAでは東南アジアの開発拠点立ち上げに貢献した。2013年に独立後、2015年からシンガポールに活動の中心を移す。大手企業のソフトウェア開発に携わりながら、複数のスタートアップに「技術版のエンジェル投資家」として参画している。これまで執筆、翻訳した書籍は20冊以上