2018年3月に100周年を迎えるパナソニック。その4つの社内カンパニーの1つで、今後の主軸とされるBtoB(企業間取引)ビジネスを担うパナソニック コネクティッドソリューションズ(CNS)社の変化がめざましい。
同社で指揮を取る樋口泰行社長(パナソニック代表取締役専務)の異例の“出戻り人事”を皮切りに、2017年中に古巣の大阪・門真市からの本社移転、LIXIL、日本IBMから外部人材の幹部を続々登用。わずか1年足らずで、巨大総合電機メーカーでは考えられない変革を進めている。
同年12月に日本IBMから樋口体制のCNS社にやってきた、マーケティングの指揮を取るエンタープライズマーケティング本部長で常務の山口有希子氏に聞いた。
山口有希子氏。パナソニックの改革を牽引する、樋口泰行社長が白羽の矢を立てた。
「現場で会いましょう」
「今のパナソニックに感じたことは、もったいない、です」
東京・汐留にあるCNS社のオフィスを訪ねると、山口氏はそう切り出した。間仕切りのない広々としたフロアは、大きな窓から浜離宮恩賜公園が見渡せる。2017年5月の移転方針の発表からわずか5カ月で、CNS全体で社員200人近くの転勤を伴う移転を実現した。
「2017年12月に入社してから2週間で、いろんなところを視察し、製造現場でモノづくりに携わる社員にヒアリングをしました。BtoBでこんな技術を持っていたのか、(社会の)こんなところを支えていたのかと、私も知らなかったことがたくさんあった。現場力がキーワードだと思いました」
1月4日に封切りしたパナソニック CNS社のテレビCMのキャッチコピーは「あした、現場で会いましょう」。
2018年1月に放映を始めた、パナソニックCNS社のCM(物流編)。
フリーアナウンサーの夏目三久さんが、近未来的なイメージで描かれた物流の現場、流通の現場を訪ね歩く。
決済端末やセキュリティカメラ、無人配送ロボットといった、一見地味だが大きなシェアをもつパナソニックの製品を中心としたBtoB向けサービスが登場する。
そこにはパナソニックについて「日本の歴史あるモノづくりの会社で、現場の社員がお客様に対するコミットメント、プライド、こだわりをすごく持っている」と話す、山口氏の感慨がそのまま込められているかのようだ。
家電メーカーからの脱却
山口氏は、シスコシステムズ、ヤフージャパン、日本IBMなどで企業のマーケティングコミュニケーションに25年にわたり携わってきた、最前線のBtoBマーケターだ。
CNS社への移籍に際しては、同社の樋口社長、原田秀昭副社長と話し合いを重ね「今のCNS社には、面としての(広がりとつながりを持った)マーケティングが足りていない。長年、マーケティングに携わってきたあなたの目で見て、どういう改革が必要なのかを提案し、実施してほしい」と請われた。
「樋口さんのトランスフォーメーションに本気を感じた」
「いくつもの事例を見てきましたが、経営者が明確なビジョンとパッション(情熱)を持っていないと、改革は実現できません。今回はパナソニックが本気でBtoBにフォーカスしていくのだな、と。樋口さんのトランスフォーメーション(変革)に本気を感じたのです」
山口氏率いる部隊は2018年、テレビCMを筆頭にパナソニックのBtoB事業にフォーカスを当てたキャンペーンの展開を仕掛ける。実はテレビCMをはじめとした、BtoB事業を全面に打ち出すキャンペーンはグループとして初めてだ。その意味では「社内の人にもインパクトのあることだと思います」と、山口氏は言う。
実際、10数年前にシステム営業を担当していた社員は「正直、こんなにBtoBがフォーカスされる日が来るなんて思ってもいなかった」と、明かす。当時は、プラズマテレビをはじめとした一般消費者向け商品が花形だったのだ。
プラズマテレビ事業などの不振で2011年、2012年と2期連続で7000億円超の巨額赤字を出したパナソニック。津賀一宏社長体制の下、事業構造改革の断行でどん底からはい上がってきた今、BtoBへの注力は、従来型の家電メーカーからの脱却を図るパナソニック全体を象徴している。
パナソニック2016年度の決算資料より
社長室も役員室もない
実はCNS社の浜離宮オフィスには、社長室も役員室もない。経営陣と一般の社員が同じフロアに机を並べている。インタビュー当日も、樋口社長がごく普通にフロアを横切っていた。
松下電器産業(現パナソニック)に入社後、ボストンコンサルティングやアップルコンピュータ(現アップル)などを経て、日本ヒューレットパッカード社長、ダイエー社長、日本マイクロソフト社長・会長を歴任した大物経営者ながら、カジュアルに社員に入り交じっている。
汐留のオフィスは、間仕切りのない開放的な空間だ。
働き方改革とダイバーシティーは、改革の土台として樋口社長が徹底したことだ。上司をトップにチームで島を作る座席を撤廃し、フリーアドレス化や服装のカジュアル化も、全て移転後の数カ月でドラスティックに進めた。格段に上司に話しかけやすくなるなど「コミュニケーションの取り方が変わった」というのがCNS社の従業員の声だ。
就任にあたって山口氏が印象的だったのが「ジョブディスクリプション(職務記述書)にあったサーバントマネジャー(相手に奉仕する管理職)たれ、という言葉でした。常に接点を部下と近いところに持てという姿勢です」。そこに、年功序列で上下関係を重視する伝統的な日本企業の趣はない。
2017年7月にLIXILジャパンからCNS社に引き抜かれた同じ常務の山中雅恵氏も交え、経営幹部の会議にも女性が増えた。
こうした土台の上に、パナソニックの次の100年を牽引するBtoB事業の新たな境地を築き上げていく最中に、CNS社はある。
変わらなければならない理由
CNS社の、やがてはパナソニック全社への波及が期待されている変革について山口氏は言う。
「企業にとってカルチャーチェンジ(風土改革)が一番大変です。外資系はそれをやるために、無茶苦茶パワーやコストをかけています。そうしなければ、新しいビジネスは作れないからです」
外部人材の登用で新たな風を吹き込むことは、パナソニックが古い殻を脱ぎ捨てる決意の象徴でもある。「外の人が来なくてはできないのは本来、情けないことでもある」といった声は、グループ内でももちろんある。しかし、結果的に「大阪からの移転をはじめ、できない理由は大してなかったということに気付かされた」というのが、樋口体制下の社員たちの率直な感想だという。
改革の牽引役の一人として、白羽の矢の立った山口氏はいう。
「外から来た者としては、どういう価値を付加できるかを常に考えています。私には、これまで長きにわたって外資系企業でいろいろ経験してきたことを、日本の経済、ひいては日本の活力に関わる日本企業が強くなるために、生かしていきたいという強い思いがあります。変革は、ビジネスにとってプラスになることを、実証しなくてはなりません。私にとっても覚悟ですし、受け入れる社員側も覚悟をしています」
山口有希子(やまぐち・ゆきこ):パナソニック コネクティッドソリューションズ常務、エンタープライズマーケティング本部長。1991年リクルートコスモス入社。シスコシステムズ、ヤフージャパンなどで企業のマーケティングコミュニケーションに従事。日本IBMデジタルコンテンツマーケティング&サービス部長を経て2017年12月より現職。
(文・滝川麻衣子、撮影・竹井俊晴)