なぜ大企業の新規事業は頓挫するのか? 「社員がイノベーションを起こせない」これだけの理由

会社の未来、さらなる成長のために、新規事業開発に取り組む企業が増える中、その実務担当者として「30〜40代」にキャリアアップの機会がめぐってきています。

経営層は、将来有望な30〜40代の社員を抜擢人事や社内公募で「修羅場」のようなハードシップの高い環境に配置し、「10年先のトップ」として活躍することを期待しているのです。

しかし、実際に新規事業開発に責任者として取り組んだことのある中堅層からは、「次第に社内調整にリソースを割かれるようになり、途中で失速、頓挫してしまった」という声も。

大企業特有の新規事業開発の難しさを克服し、責任者がモチベーションを保ちながら、事業を推進、成功に導くために求められるマインドセットとはどのようなものでしょうかーー。

今回は、経営層・現場双方の視点で大企業の新規事業開発に深く関わってこられた、経営共創基盤取締役マネージングディレクターの塩野誠さんにお話を伺いました。

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大企業の新規事業開発が頓挫してしまう理由

—塩野さんは多くの大企業の経営支援をされていますが、実際のところ新規事業開発は増加傾向にあるのでしょうか。

確かに、多くなっている傾向はあります。理由の一つは、足元の業績が堅調で比較的内部にキャッシュがあり、未来のために投資しようと意欲的なこと。

もう一つは、AIや自動運転といった先端技術にもとづくサービスが世界を席巻し、Amazonが高級スーパーWhole Foodsを買収するなど、デジタルがリアルを取り込みつつあること。

そうした海外の動向を日経(新聞)で読んだ経営者たちが、「うちは新技術に対応できているのか」と不安になって、新規事業開発部を立ち上げるわけです。

—その実務を担うことになるのが、30〜40代のミドルマネジメントであると。

はい。ですが、みなさん、基本真面目なんです。「頑張って勉強しないと」と、先行する企業に話を聞いたり、オフィスをカッコよくしたりと、うっかりしたことを考えてしまう。

皆さんの言うイノベーションって、「世の中にないものを生み出すこと」ですよね。だったら、先行事例を聞いたところで果たして何になるのか、と。

Apple本社を「聖地巡礼」したところで、あれだけ秘密主義の会社は何も明かしてくれませんよ。シリコンバレーのツアーを組む旅行代理店が儲かるだけです。

—つまり、頑張り方を間違えている、と。

「これからはオープンイノベーションだ」と、起業家を集めてビジネスコンテストを開いたり、「有益な情報を流してくれるんじゃないか」とベンチャーキャピタルと組んだりしますけど、彼らは「社外」の人。社員以上に、会社のことを真剣に考えてくれる人はいません。

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それから、よく「破壊的なイノベーションを生み出すために、今までやったことのないことをやらなくては」と考える企業もありますね。自動車部品を作っているような会社が、「今、アツい領域だから」と農業や介護、ヘルスケアなどに手を出そうとしたり・・・。

言っておきますが、「今までやったことのないことをやらないとイノベーションは起こらない」だなんて、幻想ですよ。私からすれば、なぜ、あえて不得意なところへ行こうとするのだろう、と疑問で仕方ありません。

新規事業開発に取り組むなら、縁もゆかりもない事業に手を出すより、自社や顧客の課題から考えるべき。その課題を「自社の何」と「外部の何」を使って解決すればいいのか、ということを考えるべきなんです。

日本の企業って、トップダウンで「こっちに舵を切る」というより、むしろ今いる顧客のために小さな改善を積み重ねるうち、「気づいたらイノベーションが起きていた」のほうが得意じゃないですか。見たことのないものを探す前に、目の前の課題に向き合うべきです。

責任者に問われる「優秀さ」と「ハングリーさ」

—実際に新規事業開発に取り組んだ人からは、「社内調整にリソースを割かれ、途中で頓挫してしまった」という声も聞かれます。

起こり得ますね。大企業の既存の人事制度設計で、「見たことのないようなものが作れる人材を育成し、それを評価する」というのは、かなり難度が高いですから。

ましてや会社の収益を支える花形部署の近くに置いたりすると、「大して利益も出てないのに、優遇されている」と嫉妬されてしまいますから、プレッシャーはかかって当然。

しかし、これは新規事業開発の責任者に対して言えることですが、本当に「その人」が適任だったのかという問題もあります。

—どういうことでしょうか?

会社としては、「優秀な社員」を新規事業開発にあてたいはず。優秀な社員が全社員のうち約2割いるとして、その人たちを既存の事業部から引き剥がして新規事業部に配属させるかどうかーー。

既存事業の責任者からすれば、「わが部のエース」を手放したがらないでしょう。しかもほんの1、2年じゃない。5年10年というスパンで人材、資金ともに投資し続けられるか。それは、経営トップの「本気度」によるのです。

それに、会社が「優秀な社員」と定義している人材が、新規事業開発に向いているともかぎりません。

  • 社員A:ビジネスをつつがなく回せる人材
  • 社員B:10個のうち2、3個は大当たりさせるけど、それ以外は失敗する人材

一般的に大企業で「優秀」とされるのは、社員A。きっと既存事業で成果を出せる人でしょう。しかし、新規事業開発に向いているのは、社員Bのほうかもしれませんよね。

新規事業開発における「優秀な社員」は、大失敗するかもしれないし、大成功するかもしれないというリスクを負うことができる人。既存事業とは、定義がまったく異なります。

しかし、その社員Bのような人材は、すでに会社を辞めたか、過去に一度失敗して「追い出されてしまった」ということが、大企業では往々にして起こるのです。

そして何より、その責任者は「ハングリーさ」をそなえているでしょうか?

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ハングリーさとは、「こういう世界になればいい」という自らの問題設定、「人びとの生活にこういう便利なモノが行き渡るべきだ」という自らのアイデアに対して、「絶対にそうなってほしい」と信じ、それに人の共感を呼べるほど、情熱を注げるかということ。

しかし、大企業は勃興期を過ぎ、安定期に入っている。ハングリーさを持て、というのは無理な話。それに、日本企業がこれまで作ってしまった人材は「答えのある文章題」を与えると解けるけど、自分で「問題設定」ができない人がほとんど。

そもそも、ハングリーさとノーブルさの両立を図るのは難しいですよね。ハングリーさを持てたとしても、外ではなく内部に向かって、社内政治やポジション争いになってしまいがち。

かたや、ベンチャーや起業家は死に物狂いで戦っていて、競合企業も新規事業開発に取り組んでいる。それに太刀打ちできるほどの気迫があるのか、ということです。

「世界でこの分野について自分がいちばん考えている」くらい、考えろ

—起業家に負けない気迫で取り組め、と。

「望んでやっている」でも「やらされている」でも、組織としては成果さえ出してくれればどちらでも構わないんですよ。組織人として働く以上、「何か仕事をやらされる」のは当然。

そこにモヤモヤするのは、時間の無駄だと思います。これだけ時代の流れが速くなってきているなら、すばやく意思決定できる人のほうが成果を出せる可能性も高くなりますから。

責任者なら、「世界でこの分野について自分がいちばん考えている」というくらいの自負がないと、上からツッコミが入るような見落としが出るんです。自分の損得は一旦忘れて、事業の可能性を信じて、余計なことを考えず邁進して初めて、成功への道筋を立てられる。

これからの世の中は、時流の変化を読みながら、それを作り出すことが必要で、好奇心を持って自ら学習し続けられる人だけが、事業も成功に導けるわけです。

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組織にいる以上、上からの指摘とか評価があっても、やるしかない。それが嫌なら、辞めたほうがいいですよ。「大企業にいるからこそスケールメリットがある」と話す人もいるけど、じゃあ実際、それを享受できる機会って飲み会以外にあるのか?という話で。

数万人規模の企業では、自分はおろか数百人の同期全員が役員になれない、というのは当たり前じゃないですか。ほとんどの人は部長にすらなれない。それなら、転職したつもりになってでも新規事業部に出向いて、なんでも自分の血肉になると思ってやってみればいいんですよ。

やってみれば、間違いなくその経験は、視座を高く持つのに良い機会となる。売上や利益さえ出していれば、それに見合った自由だって得られるはずです。

仮に私がその立場だったら、好き勝手にやりますね。経営層は思った以上に実務層のことなんて考えていません。「うまくいかなかったら、配置換えすればいいや」と思ってますよ。

それなら「こっちだって会社をうまく使ってやる」くらいの意気込みで。どうにもならないな、と思ったら転職すればいい。幸い、今は売り手市場。失敗したって失うものなんて意外とありませんから、平和な日本でぜひ、がむしゃらに。

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"未来を変える"プロジェクトから転載(2017年10月19日公開の記事)

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之


塩野誠:株式会社経営共創基盤 取締役マネージングディレクター/IGPIビジネスアナリティクス&インテリジェンス 代表取締役。国内外において企業や政府機関に対し戦略立案・実行のコンサルティング、M&Aアドバイザリー業務を行い、企業投資も10年以上の経験を持つ。近年ではAI/IoT領域において大企業の全社戦略や事業開発のプロジェクトを多く手掛け、政府関連委員も務める。シティバンク、ゴールドマン・サックス、ベイン&カンパニー、ライブドア、起業などを経て現職。人工知能学会倫理委員会委員

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