「百貨店はもっと休業日を。働き手の幸せを考えて」500年続く虎屋社長の危機感

赤坂本店

小売りの現場は、人手不足の危機にある。

提供:虎屋

2018年のお正月も百貨店の初売りで長蛇の列がニュースをにぎわせたが、小売りの現場は人手不足が深刻化している。

そうした人手不足対策の一環として、大西洋前社長時代に三が日休業を検討していた三越伊勢丹ホールディングス(HD)も実施を見送り、前年同様、3日から初売りとした。百貨店の多くはそれより早く2日初売り、元旦からの営業もある。

約500年の歴史をもつ和菓子の虎屋の黒川光博社長は、デパ地下に出店する有志の企業で連携し、日本百貨店協会に定休日や営業時間の見直しを申し入れるなど、積極的に現場の改革を進めてきた中心人物だ。 eコマースの台頭に人手不足と、小売り店舗を取り巻く経営環境が厳しい今こそ「発想を変えるべき」と訴える黒川社長に聞いた。

売り上げ至上主義でいいのか

「働き手の幸せを考える経営でなければならない。休日を増やして売り上げが落ちると言うのなら、そうならないよう考えるのが経営者の仕事。(何日休む休まないの)環境だけで変わるほど、商売はそんなに甘くないでしょう」

黒川社長は、売り上げの追求一辺倒や景気動向で一喜一憂する思考回路からの転換の必要性を投げかける。

「売り上げはもちろん大事です。しかし、お菓子をただ100個売るより、50個売ってその全ての方に満足していただく方が大切という考えもある。人間の生きていく楽しみや価値を追求して皆が幸せになり、結果として売り上げにつながっていくという、頭の切り替えが必要なのではないか」

黒川社長が懸念するのは、三が日休業や定休日を増やすことを検討し、百貨店の働き方改革の先陣を切ってきた三越伊勢丹HDの方針転換の余波だ。

虎屋の黒川光博社長

四半期ごとの決算に一喜一憂していていいのか。

三越伊勢丹HDは、百貨店が初売りを早めた動きに逆行するように2016年正月から2日を休業日に設定。さらに3日の休業も検討し、注目を集めた。だが、トップ交代後は三が日休業および、大西前社長時代に実現していた2月に2日間の休業日も、今年は見送った。

営業時間の短縮や定休日を設けるなど、少しずつ広がりをみせていた百貨店の現場改革。改革の牽引役だった三越伊勢丹HDの後退で、揺り戻しが起きることを黒川社長は危惧しているのだ。

日本は人口減少時代に突入している。ただでさえ人手不足が加速する中、働き手の満足度を上げられなければ、小売り業の働き手の確保がさらに難しくなることは必至と見ている。今は幸い、採用の面で大きな変化はないという虎屋でも、「採用難や人手不足は、早晩、起こると思っている」という。

6時終業日も遅い日もあっていい

東日本大震災が起きた2011年、虎屋はじめデパ地下でおなじみの、味の浜藤、榮太樓総本鋪、花園万頭、福砂屋、山本山、ユーハイム、ヨックモックの8社が発起人となり「食品会共生連絡会」を立ち上げ百貨店の取引先29社の賛同を得て、営業時間短縮と休業日を求め、日本百貨店協会に申し入れをした経緯がある。

大規模小売店舗法(注:中小小売業の保護を目的に、大型店の閉店時刻や休業日数を規制する法律。この法制下で百貨店には毎月定休日があった)が廃止された2000年以降、百貨店でも年中無休や長時間営業が加速した。その流れが続くことは「現場の質的崩壊につながりかねないのではないか」と感じて来た。

虎屋は、国内直営店10店舗、直営以外の売店71店舗を持つ。直営以外の店のうちおよそ9割が百貨店という、深い関わりだ。

黒川社長は「四半期決算の売り上げで一喜一憂しがちですが、もっと中長期で見るべきではないでしょうか」とした上で、時代の先鞭をつけてきた三越伊勢丹 HDの方針転換には「正直、残念だなと思いますね」と胸の内を明かす。

もちろん働き方の問題は三越伊勢丹1社だけが責任を負うものではない。黒川社長も、日本全体として「売り上げだけに目をとらわれている。百貨店の休業日が増えれば、我々ももちろんその日は売り上げがないわけですが、その分を他の日でどうカバーするか、どうやったらもっとお客様に喜んでいただけるかを考える。働いている人が幸せでなければ、経営は立ち行かなくなる」と業界全体の戦略を問うている。

銀座の百貨店

百貨店を取り巻く経営環境は、時代と共に厳しくなっている。

Reuter

「日本企業はどうしても『あそこが開けているならうちも』と横並びになりがち。月曜から木曜は夕方6時に閉めて、金曜は遅くまで営業するなど独自色を出してもいいのではないか」と、問いかける。

対話の中にある仕事の喜び

一方、日本百貨店協会の担当者は「共生連絡会の皆さんの声は当然、誠実に受け止めてきた」という。とはいえ「(協会加盟の)各社それぞれの事情も違うし、業界の厳しい現状には人手不足だけでなく地域経済の苦境などいろんな要素がある。百貨店以外の小売りが開いている中で休日を増やすことで、中長期の客離れを招くのではという懸念の声もあり、一律の対応はなかなか難しい」と、苦しい事情を打ち明ける。

たしかにeコマースの普及や娯楽の多様化に伴い、百貨店を取り巻く経営環境は年々厳しくなっている。日本百貨店協会の調べでは、ピーク時の1991年で約9.7兆円あった全国百貨店売上高は、2016年には5兆円台にまで落ち込んだ。

虎屋でもオンラインでの売り上げが伸びているのは事実だ。消費行動は時代と共に変化している。

それでも「売り場を持って商売させていただくことで、お客様に心の満足度を高めていただくことはある」と揺るがない。

2017年9月に、虎屋は舌でつぶせる柔らかさの羊羹(ようかん)「ゆるるか」を発売した。「高齢になっても羊羹を楽しんでいただきたい」と3年がかりで開発したものだ。

「ある売り場の社員が店頭で『ゆるるか』をお勧めしたところ、お母様の在宅介護をされているお客様が『他のものはほぼ口にしなかった母が二口で食べた』と、大変喜んでくださったことがあったそうです。ぜひ、またいかがですか? と申し上げると『残念ながら、母は先月亡くなりました』とおっしゃいました。

その社員は、人生の最期の時にまで召し上がっていただける菓子を作っている仕事の意義・責任の重さを感じ、自分は社会とつながっているのだと痛感したと、報告してくれました。

黒川社長

虎屋の働き方の取り組みは、江戸時代にさかのぼる。

これは、インターネットの販売では無理だとまでは言いませんが、やはり対話の中でしか生まれない状況だったと思います。そこに売り上げだけじゃない、仕事の喜びがあり人間の仕事の尊さがある

早くから通年採用と男女平等

消費の形態も、消費者のニーズも目まぐるしく変わる時代だからこそ、人間の生きる価値や喜びを重視したい。働き手の幸せを訴えてきたのもそこにある。

一方で黒川社長は、昨今の働き方見直しブームに対し、「政府の打ち出す方策は、あまりに付け焼き刃ではないか」という違和感を持っている。

「女性活躍やプレミアムフライデーというが、それは実態と合っているのだろうか。それを提唱する側が本当に実践しているのか。そもそも女性活躍というならば、男性中心の会社組織を変えなくてはだめなのではないでしょうか」

実は虎屋にとって、働き方の環境整備は今に始まった話ではない。1970年代から男女の報酬に差はなく、1980年代には出産や子育てに伴う離職者や転職者のリストを作り、本人の希望に合わせて復職できる制度を実施。2000年代には新卒一括採用を見直し通年採用に切り替えている。定年後の再雇用にも以前から取り組み、70代の社員も増えている。

そもそも、天正年間にまとめられ、1805年に改定された虎屋の掟書(おきてがき)には、従業員からの提案制度や教育といった人材戦略が描かれている。

「働き方改革の号令に右往左往するのではなく、しっかりと構えて企業としての生き方を考えていく時代。会社の業績を数字だけで追うのではなく、働く幸福度を指標にしてもいい。そう言ってすぐに変わるわけでは、もちろんない。ただ、やはり声に出していく先には、それに共鳴する人たちが出てくる」

そこに、時代の水脈があると、500年企業は感じ取っている。


黒川光博:虎屋社長、17代当主。1943年東京生まれ。学習院大学法学部卒。富士銀行(現みずほ銀行)を経て、1969年に株式会社虎屋入社。1991年より現職。 全国和菓子協会名誉会長、社団法人日本専門店協会顧問。 著書に『虎屋 和菓子と歩んだ五百年』。共著に『老舗の流儀ー虎屋とエルメスー』。

(文・滝川麻衣子、撮影・竹井俊晴)

(編集部より:記事は「食品会共生連絡会」の詳細を追加し、更新しました。)

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