一触即発だった朝鮮半島が急展開している。北朝鮮が平昌冬季オリンピックを前に突如、韓国に南北会談を持ちかけ、対話姿勢へとかじを切った。国連制裁決議など国際社会の圧力が奏功したのか、それとも北朝鮮の戦略なのか。朝鮮半島の安全保障の問題に詳しい道下徳成・政策研究大学院大学教授が今後の半島情勢を展望する。
北朝鮮側首席を務める対韓窓口機関、祖国平和統一委員会の李善権(リ・ソングォン)委員長(右)と韓国側首席の趙明均(チョ・ミョンギュン)統一相(左)。
REUTERS/Korea Pool
ダメ元で硬軟織り交ぜ無理筋の要求も
北朝鮮が韓国に南北会談を持ちかけたのは、タイミングを見計らっていたのだろう。独裁国家なので軍事・外交行動には予定表みたいなものがあるはずだ。それにのっとって、ミサイル発射や核実験などを繰り返すことで事前にある程度緊張感を高めた上で、融和姿勢に転じたとみられる。
韓国にとっても、平昌オリンピック前や大会期間中に北朝鮮に何か行動を起こされては困る。北朝鮮は韓国の足元を見透かして動いたはずだ。度重なる挑発で国際社会の反発を招き、制裁をかけられることも織り込み済み。平昌オリンピックをきっかけに局面を変えることができると読んでいたからだ。
実は一連の流れは既視感がある。緊張を高めた上で、対話に転じて譲歩を引き出すのは北朝鮮が繰り返してきた戦略なのだ。
もっとも大きな流れは同じだが、違いもある。リーダーが新しく、かつ若返ったことだ。最高指導者の座に就いて6年経った金正恩朝鮮労働党委員長が、どんなゲームを仕掛けてくるのか分からない。実際、緊張を高める過程で父親の金正日氏と違ってミサイルをバンバン撃ったり、その模様を映像で情報公開しているのはこれまでになかった。
朝鮮半島の安全保障の問題に詳しい道下徳成・政策研究大学院大学教授。
撮影:岡田清孝
そうはいっても大枠では選択し得る戦略は変わりようがない。ミサイル実験や核開発といった、持っている手駒が同じだからだ。では、今後の対話の中で、どのようなシナリオが考えられるのか。
まず、北朝鮮が要求してくるのは人道支援拡大の要求。そして、南北の交流促進や偶発的な軍事衝突防止策の構築といった、いかにも平和的な提案も混ぜてくる可能性が高い。対話を進めたほうがいいという機運を盛り上げるのが狙いだ。「せっかく対話が始まったのだから、国連の制裁をそこまで厳格に実施しなくても良いのでは」という国際世論を喚起する効果もあろう。韓国だけでなく、中国も本音では北朝鮮に対してそれほど厳しい態度を取りたくないので乗りやすい話である。
北朝鮮はそこを見越してダメ元で韓国に無理筋の要求もしてくるのではないか。
米韓軍事演習の延期だけではなく、中止といった要求。韓国が2010年に科した制裁、いわゆる「5・24措置」(南北交易の中断、北朝鮮に対する新規投資の不許可など)の解除も求めてくるであろう。うまくいったらもうけもの。韓国が逡巡(しゅんじゅん)したら、「対話をぶち壊すのか」と逆に非難する。朝鮮民族の問題は外部の国に干渉されずに自分たちだけで話し合おうというロジックは韓国人の心にも響きやすい。仮に決裂しても、韓国に責任転嫁すればよい。
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は北朝鮮の策略は百も承知だ。南北間の対話が「毒まんじゅう」だと分かっても、平昌オリンピックの成功が最優先課題である以上、食べないわけにはいかない。腹痛にならない程度なら口に入れざるを得ないというのが、彼らの立場だからだ。
暴発しやすいのは日本人の方だ
オリンピック後はどうなるか。北朝鮮が急に手の平返しして強硬姿勢に出る可能性は高くない。むしろ、韓国が対話の枠組みから抜け出せないように取り込んで、引き続き日米韓の分断を図るだろう。韓国は北朝鮮の意図を理解してはいるが、それでも南北対話に乗らないと主導権が握れないので、だまされたふりをしてでも対話を続けざるを得ない。
その辺り、韓国は日本よりもよほど北朝鮮のことをわかっている。日本人も表面的な話ではなく、そうした行動原理に基づいて韓国が動いていることを理解しておくべきだ。文大統領は空想的な平和主義者ではなく、現実主義者なのだ。
現在の状況は日本にとっても決して対岸の火事ではない。日本でも2年後の2020年に東京オリンピック・パラリンピックが控えていることを忘れてはならない。北朝鮮が東京オリンピックを前に、日本にいろいろな要求を突き付けてきても不思議ではない。日本も韓国がどのように対応していくのか、教訓としてしっかり学んでおいたほうがいい。
本来であれば、安倍晋三首相が平昌オリンピックの開会式に出席するなど、困っている韓国に協力しておくのが理想的である。しかし、韓国が「慰安婦合意」問題を蒸し返したことなどもあって、出席の可否は微妙だ。
一方、アメリカはどう出るのか。これまでの言動や発言を見る限り、トランプ大統領はあまり朝鮮半島問題を理解していないように映る。ただ、注意すべきは、政権誕生にロシア政府の関与があったと取り沙汰される「ロシアゲート」疑惑の行方だ。この問題でトランプ大統領が窮地に陥った場合、朝鮮半島で軍事行動を取る可能性はありうる。意図的に危機を作り出して目くらましするのだ。
日本では北朝鮮の暴発リスクが高いと思っている人が多いが、暴発しやすいのはむしろ日本人の方だ。北朝鮮は大国のはざまで揉まれて生き抜く力を育んできたので粘り強い。アメリカもそれはよく分かっている。軍事行動を取る場合には、北朝鮮と一定の意思疎通をした上で、限定的な爆撃を行うことも考えられる。うがった見方かもしれないが、北朝鮮側がトランプ氏に助け船を出すために、意図的に危機を醸成するといったシナリオさえ考えられる。
実際、ティラーソン米国務長官はアメリカと北朝鮮には3つの対話のチャネルがあると漏らしている。そのチャネルは今も生きているはずだ。
忘れるべきでない安全保障の本命は対中国
新型ミサイルの発射訓練を笑顔で見守る金正恩氏。
REUTERS/KCNA
これらを踏まえた上で、日本はどう対応すべきか。北朝鮮問題で大騒ぎするのも悪いことばかりではない。安全保障上の準備を進めることができる部分もあるからだ。安倍政権が北朝鮮問題を利用して危機をあおっているという批判はあるが、むしろ批判されるべきは、これまで安全保障の体制整備を怠ってきた過去の政権であろう。
日本は、これまで1.8兆円もかけて、アメリカに次ぐ世界に冠たるミサイル防衛システムを築き上げ、2004年に施行した国民保護法に基づいて警報システムも整えてきた。国民保護訓練で一部混乱が発生したりもしたが、ミサイル攻撃時の対処要領を国民に周知できた意味は大きい。
北朝鮮に圧力をかける一方で、対話の準備もしないとダメだ。表では「圧力が重要」という雰囲気作りをする必要があるが、裏では対話にも備えておかないと、万一、米朝で対話が始まった場合に蚊帳(かや)の外に置かれてしまう。それも想定して日本もシナリオを組み立てていくべきだ。
例えばミサイル開発については、北朝鮮が「平和的宇宙開発」と言っているのを逆手に取って、共同で平和的に宇宙開発をしましょうと持ちかけて、監視の枠組みの中に入れていくことも検討すべきだ。核開発についても、同様の考え方で、軍事用の核開発を徐々に平和利用に転換させていくという方法も考えられる。
今後の安全保障政策を考えるにあたっては、北朝鮮問題だけにとらわれてはならない。
私は中国が北朝鮮を「避雷針」として利用しているという側面もあるとみている。北朝鮮が国際的な非難の矢面に立っている間に、中国は軍拡を続け、南シナ海で着々と軍事拠点を強化している。日本にとって、より本格的かつ長期的な安全保障上の課題が中国である以上、そこも見据えて今後の政策を考えていくべきであろう。
(構成・田中博)
道下徳成(みちした・なるしげ): 政策研究大学院大学教授、安全保障・国際問題プログラムディレクター。ジョンズ・ホプキンス大学で博士号取得(国際関係学)、1990年防衛庁研究所入所、2004年内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付・参事官補佐などを経て、2014年より現職。日本の防衛政策と朝鮮半島の安全保障問題に精通し、著書に『北朝鮮 瀬戸際外交の歴史』など。