料理動画数世界一「クラシル」は会社存続の危機から始まった——経験ゼロで作った1分のデモ動画

Business Insider Japanがミレニアル世代のスタートアップ経営者を追うシリーズ。4回目は、21歳で起業し、料理動画サービス「クラシル」を運営するdely(デリー)CEOの堀江裕介。2017年8月には、レシピ動画数世界一を達成。2018年に入り、1月22日には新たに33億5000万円の資金調達を発表。時代の波に乗った「その後」のもがきを追った。

デリーCEO堀江氏

インタビューに現れた堀江は、野球帽に綿シャツというカジュアルなスタイル。東日本大震災直後に、ソフトバンク創業者の孫正義が100億円を被災地に寄付した話を耳にし、「自分もいつか、社会に大きな影響を与えられるような存在に」と、具体的に起業を考え始めた。

「その発言、何のファクトを基に判断したの?」

サクサク進む1分動画で料理の手順が早分かり。そんなレシピ動画サービス「クラシル」を運営する「dely」(東京都品川区)は今回の増資で、これまでで約70億円を調達している。2017年8月には「レシピ動画数世界一」を達成したばかりだが、今後は調達した資金を基に、人材やマーケティングを強化。さらに、新事業やM&Aなども視野に入れているという。

だが、代表の堀江裕介(25)は、「華やかな次の一手は狙っていない」と言う。

「そもそも僕らが狙うのはコンテンツ事業ではない。アルゴリズムを手中に収め、Facebook的なグロースハック(サービスを改善させるためにさまざまな施策を試し、成果の出たものを次々とサービスに取り入れて成長させること)で事業を拡大していくこと」

「だから、日々やっていることは、すんごく地味なもの。1+1+1……の積み重ねでしかない。仮説・実験・検証・分析のループを回していくデータ分析に基づく『改善』こそが経営の根幹で、マーケティングも事業構想も増資も、とにかく僕らが判断基準にしているのはデータ、データです」

堀江は常に社員に言い続けていることがある。

「その発言、何のファクトを基に判断したの?」

詰め将棋のように一手ずつ詰ませていった

Facebookの動画配信推奨などさまざまな要因が重なり、レシピ動画の人気に日本で火が付き始めたのは2016年の夏ごろ。クラシルは、その直前の2016年5月にスタートした。まさに「ドンピシャ」のタイミングだった。

メディアの潮目をじっと観察し、「動画マーケットの波」を的確に捉えた堀江が、料理レシピ動画に特化したメディアとして事業転換を図ったのが2016年2月。それまでのキュレーションメディアの事業をあっさり捨てた。

当時スマートフォンの浸透率は日本の人口の5割を超えていた。マス媒体よりも個々人に合わせた広告が始まろうとしていた。クラシルも当初はSNS上のみでコンテンツを完結させる「分散型メディア」として展開を開始。

だが、「アルゴリズムを握るFacebookの決定に左右される広告事業モデルは危うい」といち早く気づいた堀江は同年6月、「分散型」「アプリ」両方でユーザーを伸ばす戦略に舵を切る。SNSに投稿したレシピを集約し、データベース化するためだ。早期に手を打つこの戦略が当たった。

料理動画はBuzzFeed が運営する「Tasty」(日本版の正式創刊は2016年8月)や国内発の「DELISH KITCHEN」(2015年9月サービス開始)などが先行していたが、後発のクラシルはアプリで先行した。

クラシルのスタジオ

工場のように次々に動画コンテンツを生み出す、キッチン兼撮影スタジオの風景。

堀江が素早い方向転換ができたのも、「この戦いは、最適にファイナンスして、最適な広告量を投下した会社が勝つ」と判断していたからだ。後発ながら先行企業を抜き去ることができたのも、こうした思い切りの良さが大きい。

2017年3月までに調達した約40億円の資金を使って、圧倒的な動画本数を用意、広告として投下した。ユーザー数は加速度的に増えた。サービス開始からわずか1年半で、月間1億7000万回以上再生されるメディアになり、「世界一」を達成した。

dely創業メンバーのひとりで、取締役CTOの大竹雅登の言葉からは、「勝負師」としての堀江の特長が浮かび上がってくる。

「今思えば、右か左か、判断がめちゃくちゃ分かれる経営の分岐点がいくつかあった。コンテンツを料理レシピ動画に絞るときとか、『分散型』1本じゃなく、『アプリ』を伸ばしていこうと決めたときとか。堀江は先読みして『こっちだ』と嗅ぎ分け、いち早く市場を取っていくのが上手い。それこそ詰将棋みたいに、一手一手を間違えずに詰ましていったような感じです」

唯一のエンジニアの退職予告で会社存続の危機

クラシルのスタジオ

2017年12月にはアプリダウンロードが1000万に到達。約2年で急激にサービス規模を拡大している。

堀江は、慶應義塾大学在学中の21歳で起業した「いきなり起業系」。企業に勤めた経験はない。起業した会社を成長させるスピードも速いが、短期間に重ねてきた失敗の数も多い。

「全部が『ぶっつけ本番』みたいな感じでやってきた」

と屈託なく話す。

少子高齢化で物流業界の労働力不足が深刻になるとにらんだ堀江は、2014年にフードデリバリー事業をスタートさせたものの、思うように需要は伸びず、2015年1月にサービスを停止。事業撤退後は、多くの社員が辞めていった。

「僕の中で一番つらいのが、人に辞められること。事業で失敗すること自体は全然つらくない。自分が責任を取ればいいことなので。でも、人を採用するということは、その人の人生の大事な時間をいただいているということ。せっかく名もない小さな会社に期待をして時間をつぎ込んでくれたのに、それを無駄にさせてしまったとしたら、本当に申し訳ない」

残ってくれた社員のためにも、新しいビジネスを興さねばならなかった。

「急場しのぎ」ではあったが、食、ライフスタイル、美容、ペットなどの女性向けキュレーションメディアとしてクラシルを立ち上げ、1年後にはメディア自体は黒字にできた。だが、社内には停滞ムードが漂っていた。

堀江

創業時から堀江とタッグを組むCTOの大竹雅登(左)。起業に興味のある人が集まるFacebookグループでつながり、エンジニアを探していた堀江が声をかけたのが出会い。

2016年の初め、共同創業者であり、当時は唯一のエンジニアでもあった大竹が「事業が好転しなければ、3カ月後に会社を辞める」と堀江に伝えた。堀江は「まさに会社存続の危機だった」と当時を振り返る。

「『ああ、終わったな』と思って。崖っぷちですよ。そのタイミングで動画の市場が来るっていうのを聞いたら、僕の中では『動画が降ってきた! もう、これをやるしかない』と全精力をそっちに傾けた。迷ったり逃げたりする猶予もなかった」

「この『崖』があったからこそ、今の事業が生まれたと思っています。僕は昔から、夏休みの宿題は最終日にやるタイプなんで。もう後がないとなったら、火事場の力で行くところまで行く」

経験ゼロからの料理と動画撮影

社内を見渡すと、動画を扱える人は見当たらなかった。「ならば自分でやろう」と。ひらめいたのが、料理動画。「おしゃれそうだから」という思いつきで、ホワイトペンネを作ろうと、堀江は仕事中に抜け出して、フライパンとまな板を購入。料理も動画の撮影も経験がなかった堀江だったが、この時お試しで作った1分のデモ動画こそが「いまの事業の原点になっている」という。

「夏休みの工作の宿題みたいに急ごしらえの、荒っぽい動画だけど、『なんかイケそう』と社員の反応は上々だった。みんなのモチベーションがポッと上がったのがわかった」(堀江)

一度は会社を辞める決意をした大竹は、デモを見た瞬間の社員の反応から、「不透明だった自分たちの会社の未来に光が見えたような感じがした。自分も会社に残ることにしましたし(笑)」と言う。

流行に左右されるファッションと違い、食のコンテンツなら古びない。

クラシルのスタジオ

ソフトバンクなどからの今回の資金調達により、delyはこれまで累計約70億円を調達している。

とはいえ、食の分野には、レシピサイト王者の「クックパッド」が存在する。2016年12月期(通期)の売り上げ約170億円、営業利益約50億円の上場企業である。正面突破では、とても太刀打ちできない。彼らがまだ本腰を入れていなかった動画コンテンツで「一点突破」する作戦に出た。

クックパッドはレシピを消費者に投稿してもらう「CGM(消費者生成メディア)」なのに対し、堀江は自社でプロ30人の「クラシルシェフ」を採用。1日50本のレシピ動画を作る戦略を取った。いわば、クックパッドを「動画で置き換える」作戦だった。レシピ動画で行くと決めてからは、1週間ほどで、それまでのキュレーション事業を全部捨てた。

創造的ふ化期に突入。「世界一はゴールじゃない」

堀江の強みは、勝負の勘所を押さえるセンスやスピード感だけではない。自分を過剰に演出せず、むしろまっさらな素の姿をさらけ出せる「実直さ」もその一つだ。

「事業を始めるにあたり、20代で、実績のない僕が、名だたるベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家に多額の資金を出していただけたのも、『このガキ面白い』と思ってもらえたからだと思う。真剣に事業に挑戦して、失敗した経験も包み隠さず伝えてきました」

創業者自身の発言や考え方、キャラクターなども、サービス内容と同じぐらい競合優位性になると考えている堀江。今回、ソフトバンクからの出資が決まったことについては、こう語った。

「自分がなぜ孫さんに憧れ、なぜ起業家になり、どういう世界を作りたいかを日々口に出してさまざまな場面で伝えてきたからこそ。自分の考えを偽りなく愚直に発信し続けることで、何の実績もない自分に賭けてもらうことができ、想いを形にするチャンスがもらえたんだと思う」

今回のインタビューでも、急成長するスタートアップならではの“悩み”を真直球にぶつけてきた。

デリーCEOの堀江氏

「起業当初、僕は料理レシピをビジネスの軸にしようなんて、全く考えていなかった。最後発で、しかも資金力も実績もなかった僕らがこの分野で急成長できたのは、適切なマネタイズとタイミング、それに若さかな」

「スタートアップって、人が20年やっていることを、2〜3年で成し遂げるようなスピード感で疾走する。本当はマラソンで走る距離なのに、ダッシュしてはちょっと休み、またダッシュしてとその繰り返し。急成長している分、自分たちの大きな目標を見失いそうになることがある。『自分たちは、あと50年働くとしたら、いったい何を成し遂げたいのか?』とか、『そもそも自分たちは世界一を達成したけれど、本来は何を目指していたんだっけ?』とか」

最初から食の事業にそれほど興味があったわけではない。でも、事業をつくり出してから、最近こう思うようになった。「食ってやっぱいいよね」と。では、食で何を目指すのか。

「人はお金とか数字とかで達成できるゴールを目指し続けても、ワクワクしないでしょ? 『70億人に1日3回の幸せを届ける』というミッションをもとに、『僕らはこれをやりたいから働くんだ』という根本のところを豊かにしていきたい。だから、僕は今、片方では高速で事業を回しているけれど、一方では、ふ化器の中でひたすら哲学しているような、創造的なお籠り時期も持つようにして。根本を見つめる考え事で忙しい感じです」

一方で、起業家としてのアンテナも高く張る。

「これからは新規事業にも積極的に取り組んでいきたい。起業家として、常に新しい波に乗るために」

世界一達成後も、創造的ふ化期とビジネス加速期を行き来しながら、堀江の脳みそはぐるぐると回転し続けている。

(本文敬称略)

(文・古川雅子、撮影・今村拓馬)

堀江祐介さんへの質問


堀江裕介(ほりえ・ゆうすけ):dely(デリー)代表取締役 CEO。1992年生まれ。2014年4月、慶應義塾大学環境情報学部在学中にdelyを創業。2度の事業転換を経て、2016年2月からレシピ動画サービス「kurasiru(クラシル)」を運営。2017年3月、24歳で約40億円の資金を調達したことから注目を集める。2017年8月、「料理レシピ動画数世界一」を達成。

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