「会社に行かずとも高収入の楽な仕事?」と勘違いされそうな社外取締役、相談役、顧問といった役職に向けられる目が厳しくなってきた。
大企業の不祥事などを背景に、政府がコーポレートガバナンス(企業統治)を強化。法制審議会は2018年1月、上場企業の社外取締役の設置を法制化する会社法改正試案をまとめた。東京証券取引所は1月から相談役、顧問の役割を開示する制度を開始。いずれの役職も「第二の人生」で転身を図るむきもあるが、実際はそう甘くない。
一方で新たな人材活用マーケットとしての可能性も秘めている。
的確な判断下すには3社が限界
財務省出身のある元官僚は国際機関の幹部職を最後に退官して10年近く。この間、民間の研究機関に籍を置きつつ、複数企業の社外取締役を引き受けてきた。非上場企業を含めれば、その数は一番多い時で約10社。月1回の取締役会、年1回の株主総会のほか経営状況の報告や会議などにかち合えば出欠を調整し、受け取る報酬は「月収ベースで約1000万円」とうわされていた。いくら優秀な人材とはいえ、10社もの企業の経営に通じ、的確な経営判断を下せたとは思いにくい。
果たして今はそう甘くない。2015年に金融庁と東証がまとめたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)で、上場企業は2人以上の社外取締役を置くことが事実上、義務化された。法制審議会ではこれを法制化して、さらに経営責任を明確にしようとしている。東芝の不正会計、シャープの債務超過などで企業経営への監視の目は厳しくなり、社外取締役に求められる責任は重くなるばかりだ。
社外取締役の数は近年急速に伸びている。
コーポレートガバナンスの普及・啓蒙(けいもう)を目的に経営者や専門家、研究者など企業経営に携わる人々でつくる日本取締役協会(東京)の調査では2017年8月時点で東証1部上場企業、2020社のうち、99%以上の企業が社外取締役を置いていた。「2015年時点では2割程度だった」(同協会)としており、人材への需要は急増している。
どういった人材が求められるのか。コーポレートガバナンス助言会社のプロネッド(東京)の酒井功社長は、①大企業の社長・会長経験者など経営全般の分かる人②ビジネス経験のある女性 —— を挙げる。
だがそんな人材は少ない。勢い一部の有識者に就任要請が集中する。日本取締役協会は、社外取締役1人当たりの掛け持ちは「4社程度」との目安を公表しているが、酒井氏は「経営状況を把握し、的確な判断を下すには3社が限界」とみる。
拘束時間と報酬はどうか。上場企業に対するプロネッドの調査では「月平均で約100時間、売上高1兆円規模の大企業で月収100万円が目安。ただしアメリカでは拘束が約250時間、報酬はもっと多い」(酒井氏)。
各社公表資料によると年間の報酬額は上場企業で数百万円~1000万円台、トヨタ自動車など大企業では2000万円を超す事例もある。また総じて「金融機関は拘束時間が長く報酬も高い」(社外取締役経験者)傾向があるといい、メガバンクで報酬1000万円台後半〜2000万円、上場している地方銀行で数百万円が相場のようだ。金融庁が経営監視の目を光らせているため、社外取締役もきちんと責務を果たすことが求められためだ。
「必ずしもおいしい仕事ではない」
実際の仕事ぶりは「とにかく忙しい」と、3社の社外取締役を務める元日銀幹部がぼやく。「月1回の取締役会前に何度か説明会があり、特別案件がある際も個別に説明を受ける。四半期決算のたびに拘束される。悩みは株主総会が同じ日に集中すること」。加えて地方に本社を持つ企業には就任しにくい。「音楽好きの間では『ヤマハ』の人気がひそかに高い。だが静岡県浜松市の本社までは通いきれない」。
忙しくても複数の社外取締役を引き受ければ高収入が保証される。それでも「必ずしもおいしい仕事ではない」という。「不祥事があった場合の『訴訟リスク』は常に意識している。だから経営不振の企業の仕事は引き受けたくない」。
企業側から引っ張りだこなのが有識者の女性だ。ダイバーシティーに関心を持つ傾向が強く、男社会の意思決定や経営監視に、多様な視点が入ることへの期待感は高い。女性がいることで外国人機関投資家の評価も高まる傾向がある。とはいえ、日本企業でトップを含め経営幹部の経験を持つ女性は、一部外資系企業を除き極めて少ない。そのため弁護士や研究者、エコノミストの女性が就任する例が目立つ。
政府系金融機関出身の女性エコノミストは、大手メーカーと大手商社の2社の社外取締役を引き受けている。一時は3社だったが、1社減らした。「本業もあり、取締役会に出席して、資料を読んで業界の動向や企業の特性を把握するには2社が限界」。自身の役割については「経済や法律、経営のバックグラウンドがある女性が少ないことでお声がけいただいた。生活者としての視点も期待されていると感じる」と話す。
プロネッドは社外取締役の人材マッチングも行っており、酒井氏はその「ミスマッチ」ぶりを指摘する。女性エコノミストらの登用は「ダイバーシティーの促進にはなっても、経営判断を委ねられる人材かどうかは未知数。今後、見直される可能性がある」。就任を希望する側は「企業で執行役員や常務、専務を最後に60歳前後で退任した方が多いが、そういった方は担当業務は詳しくても、経営全般を理解しているとはみなされない。受け入れ側は力量を有した、数少ない、有名大企業の社長・会長経験者を求めている」。
社外取締役候補者対象のセミナーまで
東京証券取引所も日本企業の慣行にメスを入れ始めた。
一方、相談役や顧問はどうか。
こうした役職は大企業トップ経験者が財界活動を経て就任するケースが多く、長く会社に残ることで経営に「院政」を敷く弊害が指摘されてきた。東芝の会計不祥事の一因として批判されたことで、東証は2018年1月から上場企業の相談役、顧問の役割を開示する制度を設け、業務内容や報酬、常勤か非常勤かといった勤務形態などについて提出書類への記載を義務化した。
ある老舗財閥系商社では、社長・会長を歴任した元トップに役員フロアの個室と専用車、秘書を確保し、高額報酬のもと、事実上の終身顧問として処遇していた。この元トップは亡くなったが、それまでは体調のよい時だけ会社に顔を見せに来ていた。こうした厚遇は減っていく傾向にあり、今後、社長・会長経験者が社外取締役の人材市場に「輩出」されていく可能性がある。ただ、その場合、「高齢過ぎる」という課題がつきまとう。
日本取締役協会 の松本茂執務室長は「まずは社外取締役に対する企業側の意識改革が必要」と訴える。
「受入れ側の経営方針が明確でなく、どんな人材にどんな役割を担ってもらうか、試行錯誤したままの企業が、上場会社の8割を占める。引き受けた側も、求められる役割が分からず戸惑っている。まずは中長期の経営方針を明確にし、遂行にどんな人材が必要か検討する必要がある」
同協会では社外取締役の候補者を対象としたセミナーを実施。企業役員経験者や候補となる有識者層に、取締役会の役割など具体的な知識や心構えを指南している。「役員経験者や有識者で、一定の知識があれば社外取締役として力を発揮できる人材は多いし、もっと活用できる可能性はある。地方企業にも進出してほしい」と松本氏。従来のステレオタイプにはまらない人材活用も、今後の課題となりそうだ。
(文・藤澤志穂子、写真・今村拓馬)
藤澤志穂子(ふじさわ・しほこ):産経新聞秋田支局長。1967年生まれ。学習院大学法学部卒、早稲田大学大学院文学研究科を経て、1992年産経新聞社入社。社会部、経済部、米コロンビア大学大学院ビジネススクールフェロー、外信部などを経て2016年10月から現職。2017年4月から秋田テレビ(フジテレビ系)のコメンテーター。著書に『出世と肩書』。