今、アメリカの音楽産業には、一夜にして成功を収める若い世代のアーティストが続々と登場している。それも、メジャーレーベルが周到な準備と共にデビューさせ、ラジオやテレビなどの大々的なプロモーションを経てブレイクに至るような従来型の売り出し方ではなく、まったく新たな形でスターダムを駆け上り巨額の富を得る10代や20代が増えている。
17歳のラッパー、Tay-Kがその象徴だ。本名はテイモア・トラヴォン・マッキンタイヤー。1年前までの彼は全くの無名な存在だった。どころか、強盗殺人事件の容疑者として警察に追われる逃亡中の身だった。しかし、2017年6月にYouTubeに発表した一つのミュージックビデオが彼の運命を大きく変える。
その曲「The Race」のビデオは、自らの指名手配写真の横で撮影されたもの。歌詞の内容は彼が仲間と共に犯した犯罪と、その後の逃亡の様子をドキュメンタリーとして描いたものだった。
Tay-Kが警察からの逃亡中に発表したMV「The Race」。
YouTube
地元テキサス州で起きた強盗殺人事件に仲間と共に関与していた彼は、2016年に逮捕され自宅にて保護観察処分に置かれていたが、2017年3月に自宅から脱走。その後ニュージャージー州に姿を隠していた。逃亡生活中の6月、警察からの逃走劇をレースに喩えて表現したのが、この「The Race」という曲だった。
この曲を発表したことで居場所が明らかになり、ミュージックビデオの発表から数日後に彼は再び逮捕される。しかし、歌詞のリアルな内容が注目を集め、リル・ヨッティなど人気ラッパーたちがこれをソーシャルメディアで取り上げたこともあって、楽曲は大きな反響を呼んだ。動画の再生回数は発表から3カ月で数千万回を突破し、自主制作の形で発表された楽曲は、動画の再生回数が寄与する形で米ビルボード44位までヒットチャートを駆け上る。
ニューヨークタイムズ紙面より
さらに2017年12月、裁判中の身である彼は名門RCAレコード傘下のレーベル「88クラシック」と契約。前述の「The Race」を収録したアルバム「#SantanaWorld」をリリースした。そして2018年1月、RIAA(全米レコード協会)はその「The Race」がプラチナディスクに認定されたことを発表した。
17歳の強盗殺人容疑者だったラッパーは、たった半年で無名の存在からミリオンヒットメーカーへと成り上がったわけである。
定額ストリーミングでV字回復
背景には、SNSなどソーシャルメディアによって流行が作られていくことのほか、アメリカの音楽産業で起こっているドラスティックな構造変化がある。
実は今、アメリカの音楽市場は急激なV字回復期にある。日本と同じくCDの売り上げがピークだった1998年から徐々に減少を続けてきたアメリカの音楽業界の売り上げは、2015年に底を打ち、以後は再び成長の動きを見せている。
定額ストリーミングサービスはアメリカの音楽産業の構造を劇的に変えつつある。
Christian Hartmann/Reuters
RIAA(全米レコード協会)の発表によると、2017年上半期のアメリカ音楽市場は前年に比べて17%増加。前年比11.4%増となった2016年に続き、2017年も前年を大きく上回る見通しだ。
その拡大を牽引するのがSpotifyやApple Musicなど定額制のストリーミング配信サービスの普及だ。前述の発表によると、アメリカでは2017年上半期でストリーミングが音楽ソフト売り上げの62%を占め、ダウンロード配信(19%)、CDやレコードなどパッケージ販売(16%)の割合を大きく上回る。
定額制ストリーミング配信サービスの多くは、加入者が1カ月あたり1000円ほどを支払うというモデル。厳密な数字は公表されていないが、アーティストやレーベル側には1再生回数あたり約0.4〜0.5円ほどが還元されると言われる。
最近のアメリカには、こうしたストリーミング配信による収益のみで巨額の富を得るアーティストが続出している。「CDが売れない」時代はとうに過去のものとなり、「CDを売らない」ビジネスモデルが確立されているわけである。
さらに、ヒップホップが完全に音楽シーンの主流になり、かつ世代交代が急激に進む現在のアメリカ音楽シーンにおいては、1曲で数千万回、数億回の再生回数を記録し、億単位の収益を上げる若手ラッパーが続出している。
たとえば23歳の若手ラッパー、リル・ウージー・ヴァートがその一例だ。彼がリリースしたアルバム「Luv is Rage 2」からのシングル曲「XO Tour Llif3」は、米ビルボードの7位にランクイン。全世界で13億回の再生回数が記録され、レーベル側に約5〜6億円の収益をもたらした。
「The Race」がSpotifyだけで8000万回以上の再生回数を記録している。Tay-Kの成功も、こうした潮流の延長線上にあると言えるだろう。
産業の歪み、音楽のリアリティーショー化
ただ、この状況はアメリカの音楽シーンに新しい“歪み”が生じていることの象徴と言うこともできる。
ストリーミング配信が普及した今、ヒットの基準は「売れた枚数」から「聴かれた回数」となった。ストリーミングでの再生回数は、米ビルボードが発表するヒットチャートの指標となり、RIAA(全米レコード協会)が定めるゴールドディスクやプラチナディスクの基準にも加えられた。何より、曲が多く再生されることがそのままアーティストの収入に結びつくようになった。
そのことによって何が変わったか。
過去逮捕歴もあるコダック・ブラックも自らの体験を歌詞にした曲が大ヒットしている。
Mario Anzuoni/Reuters
「良質な音楽、普遍的なポップ性を持つ楽曲が繰り返し聴かれ、それがロングヒットにつながる」という見方もある。それもまた事実だろう。
しかしその一方、Tay-Kの成功が象徴しているのは、良くも悪くも世間を騒がせた話題性がそのまま瞬間風速的なヒットに結びつくという事実だ。
デビューアルバム「PAINTING PICTURES」が全米3位を獲得した20歳のラッパー、コダック・ブラックもその象徴と言えるだろう。数年前から、薬物使用や武器の所持、性的暴行など数々の罪で逮捕され、収監と保釈を繰り返してきた彼。2017年2月にリリースされた「Tunnel Vision」は、自身の体験談から書かれた歌詞が注目を集め、全米6位を記録する大ヒットとなった。
犯罪を犯し、その様子を生々しく綴ることで若年層の注目を集め、過激なミュージックビデオでYouTubeでの再生回数を稼ぐ。そこから話題を広げ、ストリーミング配信を用いて巨額の収益を得る。Tay-Kやコダック・ブラックのように、そうした形でスターダムを駆け上る10代や20代の若いアーティストが登場している。
いわば「音楽のリアリティーショー化」とも言えるこの新たな潮流は、果たして次の時代の音楽文化に何をもたらすのか。
柴那典(しば・とものり):音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌やウエブなどを中心に音楽やサブカルチャー分野を中心にインタビューや執筆を行う。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』など。