新たな過激主義の台頭招く恐れも——米国のパレスチナ難民への拠出金削減がはらむ危うさ

トランプ大統領が2017年12月にエルサレムをイスラエルの首都と認定すると発表して以来、パレスチナ問題をめぐる緊張が高まっている。

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のピエール・クレヘンビュール事務局長は1月下旬に来日し、日本政府にUNRWAの活動への理解と拠出金の増額を要請した。最大の拠出国のアメリカが拠出金の大幅凍結を通告したことを受けて、事務局長は危機感を募らせている。

クレヘンビュール事務局長はBusiness Insider Japanとのインタビューで、「アメリカは2017年に3億6000万ドルを拠出しており、もし、2018年アメリカの拠出が大幅に減れば、教育、医療などの我々の事業は重大な危機に直面する」と語った。

UNRWAに教育支援を求める人々

UNRWAはパレスチナの人たちに向けた教育や医療サービスに携わってきた。

Majed Jaber/Reuters

アメリカの拠出金凍結はトランプ氏のツイッターから始まった。

2018年1月初め、トランプ氏は個人のツイッターで、「我々はパレスチナ人に数億ドルも払っているのに何ら感謝も敬意もない。彼らはイスラエルとの平和協定の話し合いさえも望まない」とつぶやいた。さらに「パレスチナ人が和平交渉に応じないのなら、なぜ、彼らに対する今後の多額の支払いをしなければならないのか?」と続けた。

このツイッターを受けた形で、米国務省はUNRWAへの拠出金の1回目の支払いである1億2500万ドル(約137億円)のうち半分の6000万ドルだけを支払い、残りの支払いはUNRWAの対応を見ながら「検討する」としている。クレヘンビュール事務局長はアメリカの動きについて「国連でのエルサレム問題の議論を受けたものとしか考えられない」と語った。

エルサレム首都問題が影響

エルサレムの帰属をめぐる投票で孤立するアメリカ、ヘンリー米国連大使。

エルサレムの帰属をめぐる投票でアメリカの孤立ぶりがあらわになった。

Brendan McDermid/Reuters

トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定した決定について、国連安全保障理事会は決定を「無効」として撤回を求める決議案を提案し、アメリカを除く14カ国が賛成したが、アメリカが拒否権を行使して廃案になった。同様の決議案は国連総会でも提案され、12月下旬の特別会合で賛成128、反対9、棄権35という圧倒的多数で採択された。

トランプ氏は国連総会の採択前に賛成票を投じた国には金融支援を打ち切ると圧力をかけたが、アメリカの孤立ぶりが明らかになった。

トランプ氏は国連総会の決定に怒り、さらにパレスチナ自治政府のアッバス議長が「アメリカはもはや和平の仲介者とはいえない。今後、アメリカによるいかなる和平案も受け入れない」と語ったことにも反発して、UNRWAへの拠出金凍結の動きになったと見られている。

学校に通えないことは安全保障の問題だ

クレヘンビュール事務局長は「我々は自治政府ではないし、アメリカがパレスチナ自治政府と政治的な問題があっても我々にはどうにもできない。人道援助機関である我々への拠出金の支払いを政治の問題と結びつけるのは間違いだ」と批判した。

クレヘンビュール事務局長

ピエール・クレヘンビュールUNRWA事務局長。スイス生まれ、52歳。赤十字国際委員会でエルサルバドルやアフガニスタンなどの人道支援活動に従事。2014年3月から現職。

撮影:川上泰徳

UNRWAは1948年の第1次中東戦争で、パレスチナ人75万人が難民化した人道危機の救済のために1949年に国連総会決議によって設立され、1950年から活動を開始した。現在、ガザやヨルダン川西岸、レバノン、シリア、ヨルダンなどに58の難民キャンプがあり、登録難民は500万人を超える。700カ所の学校を運営し、児童・生徒は50万人超。年間に300万人が訪れる保健医療施設、150万人が利用する救急医療サービスなどにも携わる。年間予算は約10億ドルで、アメリカの拠出金は全体の3分の1以上を占める。

UNRWAは2015年にも資金難に陥り、9月に新学年が始まっても学校の始業が遅れたことがあった。この時、事務局長は12万人のパレスチナ人の児童・生徒がいるヨルダンの、ある大臣から「難民の子どもたちが学校に行かないことは国家の安全保障の問題だ」と言われたという。

拠出金の減額は過激主義を助長

クレヘンビュール事務局長はアメリカの拠出金凍結の後、国際社会に向けて支持を訴える声明の中で、「拠出金が減少することは、すでに多くの問題を抱える中東の治安に影響を与える。特に過激主義の蔓延を助長しかねない」と危機感を示した。

今回、その真意について聞くと、「中東は非常に不安定で、問題や暴力が広がっている。子どもたちが学校に行かないで育つことは、学ぶことで自分の将来を前向きに考える機会を奪われ、不公正に対する怒りを募らせることになる。そうなれば、中東にいくらでもある過激派組織がそのような若者たちを引き入れることになる」と説明した。

2014年に「イスラム国」(IS)が出現し、アラブ諸国の2万人から3万人の若者がISに参戦していることが問題となったが、500万人いるパレスチナ難民はISの人材供給源とはなっていない。クレヘンビュール事務局長が「UNRWAが教育や保健医療を提供していることが、パレスチナ人のコミュニティーの威厳や自信を支え、人々に希望を与え、若者の過激化を防ぐ要因となっている」と語るのは説得力がある。

私は2015年秋に、ベイルートのシャティーラ難民キャンプを取材したとき、UNRWAの学校が閉鎖されるかもしれないという不安を難民の親たちから聞いた。キャンプでは失業や麻薬の蔓延が深刻な問題となっているが、細い路地が網の目のように張っているキャンプの中を取材で歩き回っても、身の危険を感じることはなく、コミュニティーが維持され、治安が保たれていることを実感した。

新たな中東の危機につながる可能性

トランプ大統領が主導した突然のUNRWAへの拠出の凍結は、アメリカとパレスチナ自治政府の関係にとどまらず、500万人のパレスチナ難民を路頭に迷わせかねない危険性がある。中東と世界はすでにシリア内戦による500万人のシリア難民への人道支援や受け入れで困難に直面している。その上、パレスチナ難民問題で混乱が生じれば新たな中東危機の引き金を引くことになる。

「嘆きの壁」を訪問したマイク・ペンス米副大統領

「嘆きの壁」を訪問したマイク・ペンス米副大統領

Ronen Zvulun/Reuters

問題の発端となったエルサレム問題では、イスラエルが首都と宣言したのは1980年だが、この時、国連安保理は宣言を「無効」として撤回を求める決議を採択した。

イスラエルが1967年の第3次中東戦争で軍事占領した東エルサレムを併合して、首都に組み込んでいるためである。安保理は第3次中東戦争直後にイスラエルが占領地から撤退し、アラブ諸国がイスラエルの生存権を認めることを求める決議を採択した。これは「土地と和平の交換」となって、アメリカが仲介役を務めてきた中東和平の原則となってきた。今回、エルサレムを巡るトランプ大統領の決定は、1967年、1980年の両方の安保理決議に違反し、和平実現の原則を仲介者自らが破るものである。

アメリカによるエルサレムのイスラエル首都認定も、UNRWAの拠出金凍結も、中東の新たな危機につながりかねない危うさをはらむ。中東和平の唯一の仲介者であり、UNRWAの最大の支援国であるというアメリカの責任と見識が問われる問題である。


川上泰徳:フリーランスとして中東を拠点に活動。元朝日新聞中東アフリカ総局長、編集委員。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを取材。

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