「プログラミング初挑戦」だった若宮正子さん(82)が、ひな祭りをテーマにしたiPhoneアプリ「hinadan」を開発したのは81歳の時。プログラミング言語「Swift」をゼロから学んで作った。2017年2月に配信されたこのアプリは、7万ダウンロードを突破。同年12月には英語版もリリースされた。
政府の「人生100年時代構想会議」の有識者議員も務める若宮さんは、2018年2月2日午後1時半頃(日本時間3日午前3時半頃)に国連総会の基調講演に立つ。
そんな「アプリおばあちゃん」若宮さんは言う。「20代、30代で生き急がなくてよい」と。「人生100年時代」を見据えた、柔軟な思考法を語った。
定年をきっかけにパソコンを独自に習得した若宮さんは、シニア対象のパソコン教室を自宅でスタート。1999年にシニア世代のサイト「メロウ倶楽部」の創設に参画し、現在も副会長。NPO法人ブロードバンドスクール協会の理事として、シニア世代へのデジタル機器普及活動にも尽力している。
年季の入った文机にはいつも、WindowsとアップルのPCを交互に置いて作業している。時折、居間にあるGoogle Homeに流暢な英語で語りかけ、情報検索もサクサクと——。そんなIT生活を満喫する若宮さんは、2017年6月にアップルの招待を受け、同社が米サンノゼで開催している開発者イベント「WWDC」に赴いた。その基調講演で5300人が見守る中、若宮さんは「最年長のゲームアプリ開発者」として紹介された。その前日には、ティム・クックCEOと面会したことが話題になった。
—— 若宮さん、2月に国連で演説されますよね。どんなお話をされる予定ですか?
若宮:国連の社会開発委員会っていうところで話をします。人権の問題とか難民問題を審議する機関なんですが、私はシニアにとって、ICTリテラシーがいかに重要かということをお話します。私の体験も交えて。プレゼン時間は12分間。全部英語です。今、スライドを作っているんですが、私はスライドの枠を全部「Excelアート」で飾ろうと思って。Excelのセルを色で塗りつぶしたり、罫線の配置の工夫で文様をつくりだす、パソコンアートみたいなものです。
——「hinadan」のリリースの時はどんな気持ちでしたか?
若宮:アプリの審査でアップル社からOKだと返事が来た時はもう、感動ですよ。私、舞い上がっちゃったもの。何事も踏み出してみないとわからない。昨年(2017年)のひな祭りまでにリリースできれば、私が理事を務めているブロードバンドスクール協会の「電脳ひな祭り」っていうイベントで発表できる! そんな思いつきで開発したのはいいけれど、完成したのが昨年2月。アップルのアプリ登録の審査に出したのが、2月20日というギリギリのタイミングでした。「イベントに間に合わなかったら、また来年のひな祭りの時でもしょうがない」とダメでもともとのつもりだったんですが……なんと、2月24日には承認されて、イベントに間に合っちゃった。
テクノロジー側が年寄りのことをわかってくれてない
自宅で介護していた母親が他界して一人暮らしになった頃から活動の幅を広げていった。
—— 昨年夏には渡米して、ティム・クックCEOに面会。
若宮:すごく穏やかな方でした。私に会ったら気さくにハグしてくれて。あと、やはり根っからの技術者ですね。私に向かって、「私はあなたから大きな刺激をもらいました」とおっしゃって、私の話に耳を傾けてくださったんです。
—— 6分間の貴重な対話は、映像でも残っていますね。どんなお話を?
若宮:主に年代の多様性についてです。シリコンバレーではダイバーシティに熱心に取り組んできたみたいだけれど、主に男女とか人種とかでしょう? 子どもに使いやすいサービスは考えても、ジイさん、バアさんっていうのは、マーケットに存在していなかったんじゃないかしら? それが私みたいな、年寄り向けのアプリを作る人が現れた。買ってくれるシニアも存在するかもしれないし、だんだん世界中が高齢化してきて、大きなマーケットが期待できそうだと。そういう観点も、おありだったんじゃないかなと思って。
—— 若宮さんの開発のエピソードもお話されたんですか?
若宮:ええ。アプリをお見せしながら、「年寄りは、耳も少しずつ聞こえなくなるし、目も見えにくくなる。指が震える人もいる。そういう人たちにも使いやすいものをと、いろいろ工夫してあるんです」というようなことをお伝えました。例えば、ゲームの正解か間違いかは、音が鳴るだけじゃなくて、文字でも表示するようにしたとか。高齢になると、手先の敏感な動きが要求される「スワイプ」はうまくできないんですよ。指先が乾燥しているしね。だから、「タップ」だけで操作できるようにしたとか。
—— クック氏の反応は?
若宮:「文字のサイズについては、どう思いますか?」と聞かれました。私はそこは一番心配するところだと伝えた上で、「iPadのほうが大きくて見やすいけれど、iPhoneとiPadで画面の縦横比が違うので、レイアウトをそのまま移植することが難しかった」と、技術的な制約のことを申し上げました。クックさんは、「私も視力に問題があるので、大きな画面で楽しめるようになると、とても助かりますね」と。
1935年東京生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に勤務。営業や企画開発などを担当した。
そもそも、私がなんでこの年にしてアプリを開発したかというと、どのアプリも高齢者には使いにくいと感じたから。これまで年寄りは、パソコンでもスマホでも、機器を使いこなすスキルがないと思われてきたんじゃないかしら。
でもね、私に言わせれば、それは「テクノロジー側が年寄りのことをわかってくれてない」っていうことなんです。使い方がわかる、わからない以前の、極めて生理的な問題です。パソコンの身体認証なんて、年を取ると動脈硬化で末梢の血管にうまく血が巡らないから、本人だとなかなか認めてもらえない、とかね。
日本のビックカメラのお兄ちゃんを捕まえて、「どうにかしてくれ」って言っても無理でしょう? だけど、その時、私の目の前にいた人は、コンピューターの箱も作っていれば、ソフトも作っている。おまけに一番偉い人でしょ? 「ここで言わなきゃ、どうすんのよ」って思ったから、私も必死に訴えましたよ。
「ああ、私は翼を手に入れたんだ!」
若宮さんがパソコンを始めたのは、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)を退職した60歳の時だった。プログラミングを始めたのは、80歳を過ぎてから。「プログラマーになろうと思ったわけではない。シニア世代に使いやすいゲームがないなら、シニア世代のスマホ操作に配慮したゲームをつくっちゃおうと。そうしたら、『アプリ開発者』なんていう肩書きが付いたんで、びっくりしたんです」と笑う。
安倍政権の看板政策「人づくり革命」の具体策を検討する「人生100年時代構想会議」の最年長有識者メンバーにも選ばれた。
—— そもそも、パソコンを始めたのが、60歳だったそうですね?
若宮:そうなんですよ。銀行を辞めた時、退職金をはたいてパソコンを買いまして。昔はモデムとか周辺機器が全部外付けだったので、トータルで1カ月分のお給料以上はしたんじゃないかしら。私は今でこそ、自分はリケジョじゃなくて、理系老人の「リケロウ」なんて申していますが、高卒ですから、理系も文系もなく、無印「凡」品。タッチタイピングなんてはなからできなくていいと、キーボードの一本指打法で始めました。当時は、退職後に関連会社で働いていましたから、週末にパソコンと格闘して、接続するだけで3カ月もかかってね(笑)。
——なぜ、1カ月分のお給料以上もするパソコンを入手しようと思ったんですか?
若宮:パソコン通信でネットワークを広げたかったんです。家には認知症になりかけていた母親がいて、そうそう出かけられなかったですし。ネットが「開通」してからは海外旅行、料理、介護……と、いろいろな「部屋」を見て回りました。血縁、地縁、職縁以外の「通信縁」で、私の世界は広がった。「ああ、私は60にして翼を手に入れたんだ!」と。
——「翼」で人生が変わった?
若宮:ええ、もう。チャットでユニークな友達がたくさんできました。お料理の部屋の「オフ会」で会った女性は、持ち歩いていた大きなハンドバッグの中は香辛料と調味料ばかり。食通ばかりですからね。「オフ会」でパン屋さんの食べ歩きなんかもやりました。バケットをみんなで一口ずつちぎって食べて、「味よし。パリパリ感の評価は7点」とか、各々が通信に書き込みまして。
—— 81歳にしてプログラミングに初挑戦したのは?
若宮:シニアが楽しめるアプリが全然なかったから、シニアが若い人たちに勝てるようなゲームを作りたいと思いたちましてね。ひな祭りのひな壇を飾るゲームなら、いにしえの知恵がある年寄りが得意じゃないかしらと。ゲームの内容を考えて、仕様書も作った。東日本大震災のボランティア活動で知り合った小泉勝志郎さんが、スマホのアプリ開発をしている会社の社長さんなので、お願いしてみたんですよ。「こういうゲームを作ってほしい」と。そうしたら、「マーちゃん(若宮さん)が作った方がいい」と勧められて。それで、プログラミングの勉強をあわてて始めましてね。
——プログラミングの勉強は、大変でした?
「hinadan」は、ひな祭りに飾るひな壇を正しく配置するゲーム。プログラミング上の疑問点は聞きたいことを溜めておき、「師匠」と呼ぶ小泉勝志郎さんにFacebookのメッセンジャーやスカイプで「集中講義」してもらった。
若宮:それはもう、大変ですよ。ホームページを作ったことはあって、if文とかwhile文とか、一行コメントを書くことはできた。でも、自分が作ったストーリーに合った一連のプログラムを書くって、別次元の難しさなんです。わからないところがあれば小泉さんにSkypeで聞いたけれど、すべて独学です。とにかく本を読み漁って。駅の向こうにある本屋さんで、1冊3000円するような分厚いプログラミングの本を何冊も買いましたよ。あそこの本屋さんの窓ガラスの一枚は、私の本代からできているんじゃないかと思うぐらい(笑)。
いまは私もだいぶ知識がつきました。2017年末に英語版もリリースして、多言語化を進めているところなの。バグの修正も、お手伝いいただかなくても自分でできるようになりました。80過ぎたら、人は進歩しないと思われがちですが、必ずしもそうではないんじゃないかしら。私だって、この年齢でも少しは進歩している。
計画ばかり立てていても無駄
アプリ開発者としては、失敗もあるという。英語版のアプリをリリースするにあたり、用語を変換するプログラムを作成する際、誤って日本語のテキストの一部が旧バージョンのもののまま入力していたことを知人に指摘され、あわてて直したこともあった。そんな失敗も、「ありがたい経験。むしろ、失敗も含めた“経験”こそが、100年時代を生き抜く『生きる力』につながる」と若宮さんは語る。
若宮さんが編み出した「エクセルアート」は、「シニアが手芸のように楽しめるPC活用法」として考案。「エクセルって、ただ表を作るだけじゃ面白くないと思ってね。これなら、シニアがパソコンを使って手芸のように楽しめるし、日本の伝統文化も残せるでしょ?」
若宮:失敗したらどうしようとか、先のことを考えすぎて、何かに踏み出すことが怖いという人もいますよね。でも、むしろ失敗こそが生きる糧といってもいいんじゃないかしら。
私は「hinadan」に見つかったバグを自分で修正しましたが、もし、私が開発したアプリにバグがなかったら、「バグの修正」ということを学習する機会がなかったと思うんです。私はすべて学習する機会と捉えます。すべての経験は、学習する教材だと思えばいいと思うんです。
—— 昨年9月から、若宮さんは「人生100年時代構想会議」の有識者議員として、毎月政府の会議にも出られていますね。
若宮:お若い方で、早いうちから「何年で何を達成して……」などと細かく人生の計画を立てている方がいらっしゃるそうですが、今は世の中がすごく変わってきているでしょう? だから、あんまり計画ばかり立てていても、無駄だと思えるんです。せっかく計画を立てても、人工知能がどんどん増えてきたら、今繁盛している商売なんかは要らなくなっちゃうかもしれない時代ですから。
私が40年以上も務めた銀行員だって、これからどうなるかわからないですしね。それでも人工知能の時代にふさわしい、新しい仕事はできるはずです。だからこそ自分を枠にはめないで、柔軟に将来を眺めることが大事。風見鶏的な感覚は、これから必要だと思うんです。「あ、次はこっちだな」となったら、ぱっと切り替える。いろいろ踏み出してみて、トライアンドエラーすることは、悪いことじゃない。
プログラミング教育よりも「人間力」を
——先読みが難しい時代だからこそ、私たちは何を磨いていけばいいでしょう?
若宮:極めるべきことは何かと問われれば、「人間力」の一言に尽きるでしょう。一昨年のアプリ開発のコンテストで、認知症のおじいちゃんが歩き回っても大丈夫なようにと、靴に位置情報を調べる仕組みを入れたIoTツールを開発した高校生が優勝していました。あの作品は、おじいちゃんの徘徊で困っている家族をよく観察したからこそ生まれたんじゃないかしら。
東北のアプリ開発の専門学校の先生がぼやいていましたよ。「うちで学んでいる子どもたちは、数学も電子工学も勉強はよくできます。プログラミングの知識もあります。でも、そもそもどんなアプリをつくればいいかっていうことがわからない」と。だから、これからの若い人には是非、自分が「これは好きだ」という気持ちだったり、私はこう考えるという「自分の考え」だったりを育てていってほしいですね。
2014年には、「ICTの伝道師」としてTEDトークに出演した。
——そうした「人間力」を育むために、子どもたちにはどんな教育が必要でしょう?
若宮:毎日知識だけ詰め込んで、試験に合格したら数学はサヨナラ、なんていう詰め込みの教育とは、もうお別れしたほうがいい。プログラミングが学校教育に入ってくるとなったら、親御さんが「うちの子にはどんなプログラミングを習わせよう」とか、「どの言語を学ばせればいい?」なんておっしゃっているみたいですが、そういう発想もナンセンス。「宿題やりなさい」みたいな感覚でプログラミングを学ばせたら、子どもたちの独創性は育ちません。プログラミング言語なんて、いつでも学べるんですよ。
私だって、80の手習いでアプリを開発できちゃったんだから(笑)。私がなんでこの年で苦労してアプリ開発をやり遂げたかというと、私には目的があったからなの。「年寄りにはこんな課題があって、もっと使いやすいソフトを」っていう気持ちが強かったから。未来を担うお子さん方が100年時代を生き抜くのに見守る大人たちができることは、何より、好奇心の芽を潰さないっていうことかもしれません。
(文・古川雅子、写真・今村拓馬)
【イベント決定!】MASHING UP Women’s Empowerment Global Conference
MASHING UPは、女性が強くしなやかに活躍できる社会を創出するビジネスカンファレンスです。全ての参加者が新しいインスピレーションを得て、次の一歩を踏み出し、ビジネスや働き方に役立つ化学反応を促します。近年、女性の活躍や活動、企業や行政も女性活躍推進の取り組みが著しく増加しています。しかし、多くのコミュニティは業種別、年齢別、国籍別で分けられ、お互いに交わる機会は限られています。女性のみで構成されることも多く、女性以外を十分に巻き込めていない点も、「多様性」を真に社会の活力としていくうえで、重要な課題であると考えています。「MASHING UP」は、異なる性別、年齢、国籍、業種、業界を混ぜ合わせ(マッシュアップして)、新しい対話を生み出し、ネットワークを築くのはもちろんのこと、新しいビジネスを創出できる場を目指しています。各業界の“ゲームチェンジャー”をスピーカーとして招聘することで、参加者の皆様に、次のステップを踏み出すきっかけを提供します。
初開催となる今年のテーマは「Unleash Yourself」。ジェンダー、年齢、働き方、健康の問題……。私たちの周りにある見えない障壁を、多彩なセッションやワークショップを通じて解き明かしていきます。■ 実施概要
- 日時:2018年(平成30年)2月22日(木) 〜 2月23日(金)
- 会場:TRUNK(HOTEL) 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-31
- 主催:株式会社メディアジーン
- チケットお申込み:https://mashing-up.mediagene.co.jp/tickets
- Business Insider Japan特別割引:2日間チケット 早期割引18,000 → 14,000円 ※上記チケットお申込みページでプロモーションコード【MashBI】をご入力ください。