テック頭脳が集まる中国版シリコンバレーを歩く——北京でユニコーンが生まれる理由

中国・北京。北京大学や清華大学などの名門大学のそばに中関村という地区がある。数年前まで「北京の秋葉原」と呼ばれた電気街が今、様変わりしている。

2016年に新たに建設された中関村智造大街(I-M-WAY)は、いわば中国の“シリコンバレー”だ。スタートアップ企業のためのインキュベーションオフィスや、ベンチャーキャピタルなどが入居するビルが何棟も並ぶ。こうした通りはI-M-WAYだけではなく、複数存在する。先端テクノロジーのスタートアップや支援企業がひしめくインキュベーションエリアとなった中関村をルポする。

中関村智造大街(I-M-WAY(正面から撮影))

中関村智造大街(I-M-WAY)にはインキュベーションオフィスが入ったビルが並ぶ。

中関村とは、 北京大学や清華大学など大学が集まる文教地区に隣接するビジネス街だ 。

1980年代後半生まれの劉智勇氏は、中関村エリアにあるビル「清華大学学生創業啓航基地」の一室を、月額1000元(約17000円)という破格値で借りている。中関村のコーワーキングスペースのデスクのレンタル料がおよそ1500元(約25000円)なので、相場の10分の1ほどだ。

清華大学学生創業啓航基地内Zhen Roboticsのオフィスにて劉智勇氏

清華大学学生創業啓航基地内Zhen Roboticsのオフィスにて劉智勇氏

「清華大学学生創業啓航基地」は、成長性が期待できるハードウエアテクノロジーのスタートアップに限って賃貸オフィスを提供するインキュベーションオフィスビル。ビルの所有者は隣接する清華大学。使用できるのは清華大学生とOBOG限定である。

劉氏は、自動デリバリーロボットを製造するスタートアップ「真機智能(Zhen Robotics)」の創業者だ。チューリッヒ工科大学、Imperial College Londonを経て、アリババで人工知能のチームに所属。アリババ在職中に清華大学のMBA(パートタイム)に進学し、在学中だった2016年に起業した。

「スタートアップの大事な時期にこの場所を低額で借りられる意味は大きい」(劉氏)

中国の理系トップ大学、清華大学は、劉氏のような学生の起業の支援と促進に力を入れている。

大学が所有する傘下企業のひとつ「Tus Park」は、もともとは 学内の科学技術などの研究成果を事業化することを目的に設立されたが、現在は大学内外の企業へ投資する。スタートアップ支援に特化するVC「Tus Star」も新たに設立した。

清華大学の取り組みは、まだある。起業支援プログラム「X-lab」の運営だ。OBOGやVC、エンジェルとのミーティングの場をコーディネートし、TusPark内のインキュベーションオフィスを1年間無料で提供するなど、学生のアイデアと意欲を支え、引き出し、育てている。

国内外のVCが集結する地の利

左:清華大学が設立した傘下企業、Tus Park 右:Tus Park内 にあるTus Star

清華大学が設立した傘下企業「Tus Park」(上)とその中にある「Tus Star」(下)。

清華大では、大学と大学傘下の企業が緊密に連携してスタートアップを支援している。劉氏の会社が入居する「清華大学学生創業啓航基地」の運営も、その一環。劉氏もまたX-labのプログラムを活用して起業の手がかりをつかんだひとりだ。

TusParkが、中関村と近接している地の利は大きい。中関村には中国内外のVCが北京オフィスを設置しているため、資金調達を目的とする情報交換やプレゼンなどがスピーディに展開できる。

オンラインの時代でも、やはり直接VCと会えて議論ができ、人間関係を構築できることはスタートアップが育つ上では大切だ。

劉氏のZhen Roboticsは2016年11月、シリコンバレーのハードウエアVC、Plug And Play の北京オフィスから、100万元(1700万円)の投資を得ることに成功した。

インキュベーションエリアと大学との近さは、人材確保にも強みを発揮する。

劉氏が北京で起業したもうひとつの理由は、理工系大学が近くにあり、人工知能に関連する人材が豊富だったからだ。フルタイムのスタッフ8人と4人のインターン生が働いているが、インターン生は清華大学、北京航空航天大学、北京理工大学などの大学院生である。

こうした人材をフルタイムのインターンで活用できることはスタートアップにとって重要だと、劉氏は言う。

北京市もコワーキングスペース支援

清華大の学生起業支援プログラム、X-labから生まれたプロジェクト数は、2013年の設立から約5年で1000件以上。そのうち、432社が実際に起業し、投資獲得総額は200万米ドル以上になった。

Nums

この小さなクリアボードがNums。

龔華超氏(27)は、清華大学生だった6年前、Macbookなどのノートパソコンのトラックバッドをテンキーに変える製品「Nums」の開発プロジェクトに着手した。 Numsの製品化は、清華大学美術学院でインダストリーデザインを専攻していた龔氏自身の「日常生活の中でこんな商品があったら便利になるのに」という問題意識から始まった。Numsは専用のソフトをダウンロードし、テンキー機能により数字入力スピードは2.3倍、さまざまなコマンドの起動にかかる時間を31%短縮できる。

2011年にドイツのRed Dot Design Awardを獲得した龔氏は、2014年に拉酷網絡科技を設立し、2017年に量産を開始。グッドデザイン賞も獲得した。 起業のプロセスではX-labプログラムのメディアとのネットワークが役立った。Tus Starからは1000万元(1億7000万円)の投資を得た。

中国スタートアップの盛り上がりを支えているのは大学だけではない。

「大衆創業万衆創新」の標語の下、国をあげてスタートアップの育成を促進してきた中国。 スタートアップに低コストの作業空間や各種リソースを提供するイノベーションスペース(衆創空間空間)は、この数年で4000カ所以上に増大している。

中関村のスタートアップ特区的エリア、 中関村智造大街(I-M-WAY)を 管理運営しているのは北京市の出先機関だ。無数のコワーキングスペースに対して 、賃料の優遇、実施するイベント・プロジェクトへの補助金などの優遇制度を提供している。

中関村には、 ショッピングモールだった建物をまるごと1棟改造した13万平方メートルものインキュベーションスペースまで現れた。その名もVSTARTUP(創業公社)。設立母体の首都鋼鉄は北京市の鉄鋼会社だ。旧来の製造業からハイテク分野での産業創生を目指す同社は、100億元を拠出してVC・京西資本を設立。 VSTARTUPの株主には、京西資本を筆頭に、シャオミ系ファンドやアリババなどハイテクトップ企業が名を連ねる。

投資案件の3割が北京に集中

VSTARTUPからは、1990年代生まれ世代が創業した「スマートフォンを使ったギター・ウクレレ」の企業「視感科技」が、ファンドの出資者でもあるシャオミ系ファンドから1000万元(約1億7千万円)の投資を得て話題になった。シャオミのオンラインサイトや全国30都市以上に広がる実店舗を利用して販売を拡大している。

共同創業者の駱石川氏(25)は、背中にギターを背負い、ウクレレを抱えてプレゼンの場に現れるのがお約束だ。 同社の製品「Poputar = Popular + Guitar」は、コードを示すLED内臓のギターとスマホのマイクを活用して演奏した音が正しいのか判断できる。ギター教室に通わずに、スマホと同社の製品だけで演奏できるようになる。2016年の発売以降大きな反響を呼び、ギターとウクレレ合わせて月間7000台を売り上げるが、今後シャオミのオンラインサイトや全国30都市以上に広がる実店舗を利用して2018年から月間2-3万台の販売を目指す。

デモンストレーションをする駱石川氏

デモンストレーションをする駱石川氏

世界ユニコーン企業ランキングでは252社中63社が中国発だ(2016年「2016中国ユニコーン企業発展報告」より)。中国のスタートアップ企業への投資実行額は、実に2兆1526億円にのぼる(2016年実績「ベンチャー白書2017」より。 日本は1529億円)。

中国発ユニコーン企業の代名詞となった Didi Chuxing(滴滴出行)の企業評価額は338億米ドル(2016年「2016中国ユニコーン企業発展報告」より)。 自転車シェアリング事業のMobikeの企業評価額は20億米ドル(2016年「2016中国ユニコーン企業発展報告」より)。2社とも、わずか数年でユニコーン企業のトップに躍り出た。2社に共通するのは、北京が創業の地だということである。

現在、中国のスタートアップ投資案件の3割が、北京に集中している。スタートアップへの地域別投資案件でみると、2016年は中国全体で3419件のうち、北京市の案件は1106件にのぼる。北京でスタートアップが多く誕生したのは必然の結果なのである。

(文、写真・佐野史明+Billion Beats)


佐野史明+Billion Brats:BillionBeatsは中国在住の日本人による中国人とのストーリーを集積するソーシャルプロジェクト。 佐野は、2008年東京大学卒業。双日勤務を経て中国のスタートアップ北京国能環科環保科技有限公司に参画。2017年清華大学MBA取得。東京大学と清華大学とのアントレプレナーシップ交流プロジェクトのコーディネートなども実施。

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