睡眠不足が蓄積することで起きる「睡眠負債」が話題になる中で、「睡眠マネジメント」という手法が注目を集めている。
「睡眠は心身の健康に不可欠なタスクで、仕事のパフォーマンスを上げるツール」というのは、「睡眠マネジメント」という独自プログラムを開発した菅原洋平さんだ。
睡眠不足を自覚している人は時間だけでなく質にも気を配った方がいい。
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菅原さんの本業はリハビリテーションを専門とする作業療法士。過去に指導した重度の脳障害を負った患者の中に、慢性的な睡眠不足を放置していた人たちがいた。ある大手企業の管理職だった男性は風邪を引いても出勤し続け、1週間後、高熱が出て緊急入院。脳炎と診断された時、妻の顔は分かっても名前がわからず、入院する以前の記憶を失ってしまったという。
「この男性以外にも、風邪を引いて脳炎を患った人は何人もいた。彼らの生活を検証すると、多くが朝早くから夜中まで働く、いわゆる仕事人間で、いつまでも無理がきくと過信していた。睡眠時間を削って働くなど、働きすぎによる体調不良を美徳とする傾向も読み取れた」(菅原さん)
そこで菅原さんは、睡眠を促進するさまざまな技法を考案して患者に提供。その結果、脳の機能が回復して社会復帰を果たす患者が増えたという。「脳の細胞や神経を増やして機能を回復させるには、睡眠は不可欠」と菅原さん。
さらに、この技法は仕事のパフォーマンスをあげるツールとしても役立つと考え、「睡眠マネジメント」の開発に至った。
起床4時間後の状態をチェック
総務省の社会生活基本調査やNHK放送文化研究所の国民生活時間調査によると、1960年は8時間超であった日本人の平均睡眠時間が、近年では約7時間半と1時間近く短くなっている。
国民全体の1日の睡眠時間は、平日7時間15分、土曜7時間42分、日曜8時間3分 。1970年以降、一貫して減少していたが、近年やっと下げ止まった印象だ。(2015年国民生活時間調査/NHK放送文化研究所調べ)
このグラフを見ながら、平均睡眠時間に遠く及ばないことに焦りを覚える人もいるだろう。
だが、菅原さんは、時間にとらわれる必要はないという。
「睡眠時間は日照時間(季節)に依存するため、夏至と冬至で2時間ぐらいの差が生じる。年間を通して、同じ時間寝ようとするのはむしろ不自然」
目を向けるべきは寝る時間よりも、日中のパフォーマンス。具体的に言うと、起床から4時間後のパフォーマンスの状態をチェックすることで、睡眠不足かどうか察することが可能だ。
「ホルモン分泌の関係から、起床から4時間後が知的作業のピークになる。7時に起床している人なら、11時のピークを挟んで10時から12時のパフォーマンスの状態を振り返って。その時間帯に眠気を感じずに、作業に集中できていれば睡眠が充足していると考えていい。逆の場合は、睡眠の時間が足りないか質が悪いかのどちらかである恐れがある」(菅原さん)
これはチェック法であると同時に、予定を立てるときの目安にもなる。ピークタイムに、その日のもっとも重要な仕事を持って来ればいい。いわば、脳の時間割に仕事の時間割を合わせる、ということ。これによって作業量は変わらなくても作業効率は上がる。
菅原さんが研修・指導する企業では、作業効率が10%以上上がったという声が多いという。8時間勤務で、48分以上短縮できる計算だ。
例えば睡眠不足だと、一種の注意散漫状態になるため、目の前の作業に関係ないメールや電話に注意を奪われて、元の作業に戻りにくい。すると、仕事を一つずつ片付けるのではなく、あれもこれも、と少しずつ片付けるやり方になってしまうという。
「仕事をマルチタスクで進めると“やっている感”は味わえるが、ハイになっているだけで成果は上がりにくい。なぜなら、脳はシングルタスクでしか処理できないから。睡眠を充足させて一つずつ片付けられれば達成感を味わえて、モチベーションを維持しやすいが、不足によってハイになると、こんなに忙しいんだから睡眠を削って当然、という発想になって悪循環が起きやすい」(菅原さん)
1分から30分の「計画仮眠」が効果的
そんな悪循環に陥らないように、睡眠の時間と質を見直す際は、まず平日と週末の差を3時間以内に収めるようにしよう。週末に寝だめしている人にとって、週末も早く起きるのは難しいかもしれないが、「3時間以内の差に収めている人で、メンタルの不調がある人には会ったことがない。3時間以上のズレがあるとイライラしたり、何かをするのが億劫になって行動力が落ちたりする」と菅原さんは言う。もし、どうしても眠い場合はカーテンを開けて、明るいところで二度寝してOK。「一度日差しを浴びれば、生体リズムがスタートするため、早く起きられないサイクルから脱しやすくなる」そうだ。
人間の生体リズムは原始の頃から変わっていない。だから原始に戻る生活がいいというのは非現実的でナンセンス。原始の頃から変わっていない生体リズムを、どうやって現代生活に活かせば日中のパフォーマンスを上げられるか、という風に考えるといい。
睡眠を司る生体リズムには、光に対する感受性、体温、眠気という3つがある。どの要素がもっとも影響を受けやすいかは個人差があるので、それを把握するために次の3つを試してみよう。一番マッチするものを実践すれば、ミスマッチによるロスをなくせる。そして、1つ整えば残りの2つも自然に整ってくる。
1)光に対する感受性が高くて、朝日を浴びると目覚めやすい
2)運動をして体温が上がった日は、よく眠れる
3)計画仮眠をすると高いパフォーマンスを維持しやすい
「計画仮眠」とは、目を閉じて脳波を整えて眠気をコントロールする方法のこと。人は起床8時間後と22時間後に必ず眠くなり、前者の8時間後が訪れる前、起床6時間後ぐらいに仮眠を取るようにする。その際は、(1)眠くなる前に実行する(2)時間は1分から30分(3)横にならずに座ったままで(4)実行するときは、何分後に起きると3回唱える、という4つを守ること。
(4)をすることで覚醒に関わるホルモンの分泌をコントロールでき、脳内の起床システムがオンになるため、すっきりと目覚めやすくなるという。
「生体リズムを整えるのは筋トレのようなもの。やれば力がつくし、サボれば力が落ちる」と菅原さん。
日頃からリズムを整えて、睡眠習慣を強化しておくと、悩み事があっても眠れた、という結果を得やすい。睡眠は生理現象で、悩み事は心理現象だ。「悩みがあるから眠れないのではなく、睡眠を乱すから脳が疲れたままになり、悩まなくてもいいことでもクヨクヨ悩みやすくなる」ということを覚えておこう。
(文・茅島奈緒深)