「治療で変わる自分も愛して!」がん患者YouTuberが伝えるメイク動画

世の中にメイクのHow toを伝える動画はたくさんある。それなのに、抗がん剤の影響で顔色が変化したり、眉毛・まつげが抜けてしまったりすることがあるがん患者が参考にできるメイク動画は見つからない —— そんな不便から生まれたのが、2月1日にYouTubeで公開されたメイク動画「KUNO CHANNELー抗がん剤治療中でも人生を楽しむためのメイク術」だ。 約9分にまとめられた本編に加え、実践編から見たい人のために、アイメイクなど複数のショートバージョンも公開している。

久野美穂さん

がん患者のためのメイク動画を作成した久野美穂さん。「下半身麻痺になってからも頑張って出かけようという気持ちになれたのは、メイクのおかげです」

この企画を発案したのは、自らがんサバイバーである久野美穂さん(38)。彼女自身が出演し、すっぴんからメイクを実演した。乳がんで「ステージ4」と診断され、子育てと治療とを両立するがんサバイバーだ。8歳の長男・碧星(かいせい)くんを育てるシングルマザーでもある。

(※関連記事「乳がんステージ4からのハローワーク」

がんが見つかったのは、碧星くんがまだ2歳の時、2013年だった。闘病生活は6年目になる。

抗がん剤治療を2週間に1度のペースで受けているという美穂さん。なぜ、自ら「YouTuber」になり、ノーメークの素顔や毛の抜け落ちた頭髪をさらけ出してまで、メイク動画に出ようと思い立ったのか?

コスメオタクの探究心でメイク法を開発

久野美穂のメイク道具

大学生の頃からメイクが大好きだったという美穂さん。厳選した自前のメイクを使って実演。抗がん剤でしびれる手でも扱いやすいブラシなど、道具一つにもこだわった。

美穂さんは学生の頃から、メイクが大好きなコスメオタクだった。それなのに、「抗がん剤治療を受けていると、メイクをする気持ちには、なかなかなれなくなってしまって……」。

2013年に半年間抗がん剤治療を受けたが、その時は、「がん告知を受けたことと、自分が抗がん剤治療を受けることで頭がいっぱいになって、メイクすることにまで気持ちが向かなかった」という。

顔色は悪くなり、目の下もくすむ。肌はいつも乾燥してバサバサに。今までの自分と様子が変わっていくことに耐えられなくなり、鏡を見る回数も減っていった。

久野美穂作成ンのメイク術ノート

抗がん剤治療で一時的に眉毛を失っても、眉の始点と終点の位置を取るコツを詳しく解説。

「気持ちが上がらない状態だから、メイクもせず、かつらもかぶらずに外に出たりしたんですけれど、いざ外に出たら、今度は周りの目が気になって、さらに暗い気持ちに。ますます家に引きこもりがちになりました」

と当時を振り返る。

それから4年。がんが再発し、転移していると分かった。再び抗がん剤治療を受けることになった。

「自分と向き合わざるを得ない段階になり、思ったんです。たぶん、このまま治療をずっと続けていくだろうと。『抗がん剤治療はこの日まで』というゴールを置けないのだとしたら、今の自分の状態のまま日常生活を送るには、どうしたらいいんだろうって真剣に悩んだときに、やっぱりメイクの力は大事だなと痛感したんです」

2016年冬頃からメイク法の試行錯誤が始まった。コスメオタクである上、探究心が旺盛な美穂さんの「研究魂」に火がついた。肌の乾燥、色素沈着による目のクマといった、がん当事者ならではの「悩み」をメイクでどうカバーできるか。元気な頃と比べると、そろえるコスメのラインナップは大幅に変わった。

まず、抗がん剤治療中は匂いに敏感になる。化粧水はなるべく無香料のものを選ぶようになった。 外出先でメイクが落ちてしまえば、悩みの種である肌のくすみがあらわになる。カバー力の高い化粧品を選びたいが、高級コスメばかりでは「治療でお金が飛んでいく患者には厳しい」。遠方まで買い物に出かけるのも一苦労だ。

だから、「自宅の近くで買えて、良心的な価格のコスパのいいコスメ」が選ぶ基準に。ドラッグストアや100円ショップでそろえられるコスメにも、選択肢を広げていった。1年間にわたり探求を重ねて編み出したのが、「美容の専門家ではない生活者だからこそ発想できる、自宅でできるキャンサーメイク」だった。

「私が狙ったのは、『プチプラ』コーディネートのメイク版です。その中でがん患者さんのお悩みを一つずつ解決していくようなアイテムをひたすら探していきました」

ポイントは乾燥対策、肌色のカバー、眉メイク

美穂さんが目指したのは、「患者ではなく『一人の30代女性』として、ライフワークの活動や学校の保護者会に出ても違和感のない、自然で厚塗り感のないメイク」だ。

鏡を手に目元をメイクする久野美穂

市販の眉メイクグッズは、「眉毛がある前提で売られている」(美穂さん)。美容のプロでもモデルでもないけれど、たった一人でも誰かの役に立てたら、という。

抗がん剤治療を受けている人のメイクのポイントは、主に3つ。「乾燥対策」「肌色のカバー」「眉メイク」だという。

動画での久野さんの解説は、徹底して実用的で親しみやすい。例えば、抗がん剤の影響で眉毛が全部抜けている場合、 眉メイクを持続させる「アイブロウコート」を塗ることを勧め、それは100円ショップでも売っていると実用情報を伝えた上で、こんなエピソードを付け加えた。 「よく朝に(眉墨を)塗って、気づいたら『麻呂』になっていることが本当によくあって。自分ではばっちりメイクできてるつもりなのに、夕方にはもう、眉毛が全部取れちゃうってことがあるんです」

「がんになったことも含めて、ありのままの自分を愛する」

2017年1月頃からメイク講座を開こうと構想していた。当初は医療機関のがん患者サロンでイベントとしてメイク講座を開催することを目指していたが、自身が3カ月間入院することになり、中断。その後、医療機関の都合もあり開催が難しくなった。そこで、YouTubeでの動画公開に路線を変更。CM制作者として働いていた頃の仕事仲間に相談を持ちかけ、そのツテでスタジオを貸してもらい、メイクに詳しい人からレッスンを受け……。準備を重ね、「伝えたい」という気持ちを、1年近く温存しての動画公開だけに、撮影スタジオで語った「がん治療で同じような思いをしている人たちへ向けたメッセージ」(動画にも収録)には、思いがこもっている。

「ご覧のとおり私は車椅子(生活)なんですけれど、脊髄に転移したがんのおかげで、下半身付随になってしまいました。約1年、寝たきりの生活を送りましたが、私は自分を変えることで、元気になることができました」

動画を作成する久野美穂

プロデュース魂に火が付き、長引く撮影。

懸命なリハビリのかいがあり、美穂さんは2017年秋頃からは一時期、自力でベッドから車椅子に乗り移れるようになるほど回復していた。12月中旬に行った動画収録には筆者も立ち合ったが、比較的元気に動けるようになったことを嬉しそうに話していた。撮り直しが続いて長時間に及んだ撮影にも笑顔で臨んでいた。

その後、首の骨にも転移したことが分かった。今は首に痛みがあり、再びベッド上にいる時間が増えた。動画の仕上げは、編集に協力してくれた知人と遠隔でやり取りした。

もともとCM制作の仕事をしていたプロデュース魂も発揮。動画につけるテロップにもこだわりをみせ、「仕上げに8時間もかけてしまいました」。

動画収録時、メイク中は笑顔を振りまいていた美穂さんだが、動画に収められた最後のメッセージを撮影する段階になると、涙を浮かべ、何度もテイクを重ねていた。

「元気になってもらうために」作る動画だけに、なるべく明るいトーンで伝えようと頭では考えていた。けれども、画面の向こうにいる「誰か」が抱えているであろう重い現実を想像すると言葉に詰まり、こみ上げてきてしまうのだった。

美穂さんは絞り出すように、思いを言葉に出した。

「がんの告知をされてしまうと、自分ががん患者になるってことで頭がいっぱいになってしまって、メイクだったり、それ以外のことに気持ちの余裕が向かないかもしれないんですけれど、どんどん変わっていく自分の姿も、ありのままの自分だから、愛してあげてほしいなって私は思います」

(文・古川雅子、写真・馬場磨貴)

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