「誰かからモノを買う時にお金の代わりに使えるお金に似たモノがあってね。でも目に見える紙とかがあるわけじゃなくて、コンピュータの中に記録されていて、ネットを通じて送ることもできるんだ。もちろん本当のお金とも交換ができて、人気のモノはすごく値段が上がったりするんだよ」
仮想通貨の出現によって、そもそも通貨とは何かが問われ始めている。
撮影:今村拓馬
こんな風に仮想通貨(=暗号通貨、Cryptocurrency)が語られ、一般的にも耳目を集め、人々がそれについて語るようになったなか、にわかにそもそも「通貨」とは何なのか?という問いがなされている。
Cryptocurrencyが「暗号通貨」という和訳ではなく「仮想通貨」という名称だったこともその一般化に寄与しただろう。今まで誰もが当たり前にあるものとして捉えていた通貨だが、「仮想通貨」という新しいテクノロジーの勃興によって問い直されていることも多い。
ここでは今一度、その性質と揺らぎについて論点整理し、居酒屋やカフェで「そもそも通貨ってさあ」と議論をする際のフレームワークを提示したい。
通貨の力は国家のパワー
仮想通貨は「資金決済に関する法律」の第二条五項で支払手段として定義されているが、ここでは従来の「通貨」の定義について法律から考えてみる。
日本では「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(以下、新貨幣法)」の第二条一項に「通貨とは、貨幣及び日本銀行法第四十六条第一項の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう」という記載があり、日本銀行法第四十六条第一項には「日本銀行は、銀行券を発行する」とある。そして同条第二項には「日本銀行が発行する銀行券は、法貨として無制限に通用する」とある。
また、新貨幣法の第四条一項には「貨幣の製造及び発行の権能は、政府に属する」とある。この法律によれば、通貨というのはどうやら日銀発行の銀行券と貨幣だけを指し、強制通用力がある、つまり日本で何かを買う時に「日本円以外で払ってもらえるかな」と言われても「いやいや、日本円でお願いしますよ」と必ず支払うことができるもののようである。通貨は法律によって、政府が創り出し、必ず使えるという性質を与えられているのだ。
通貨の後ろに国家がいるが故に、通貨の力は国家のパワーに依拠する。
例えば「基軸通貨」と呼ばれるものがある。国内通貨を越え、流通量が多く、どの国でも通用するハードカレンシー(国際通貨)の中で、発行国の信用力によって世界が認めているものが米ドルのような基軸通貨である。その発行国のパワーは定量化が難しいが、軍事力や経済力などによって構成される。その昔は通貨の発行量は金の保有量に依拠していたが、今では国家の信用に依拠している。ここでは「国家そのものが共同幻想だろ」という論考はとりあえず考慮しない。
余談だが、1990年代後半には金を裏付けとした電子通貨であるイーゴールド(e-gold)が電子通貨の先駆者として登場し、ハッキング、詐欺、マネーロンダリング、システムエラーという一連のアクシデントに遭遇している。仮想通貨の今後、そして現在話題の米ドルを裏付けとした仮想通貨であるテザーの「本当に米ドルを保有しているのか疑惑」を考察する一助となるだろう。
みんなが使っていれば、問題は起きないことがある
民法上では、当事者間の合意の基に「各種の通貨」を使用する余地が想定される。
dencg / Shutterstock
一方、法学的見地からではなく、経済学的によく言われる金銭に必要な要件は、価値尺度、価値貯蔵、交換(支払)手段である。この要件であれば、通貨は強制通用力が必要だが、交換(支払)に使用可能な「金銭」は強制通用力が求められず、事実上、みんなが使っていれば、特に問題は起きないことがあり得る。
実は民法上では第四百二条に「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、各種の通貨で弁済をすることができる」とあり、当事者間の合意があれば、強制通用力を持たない「各種の通貨」を使用する余地が想定される(現民法四百二条の制定過程において、同条の金銭は貨幣価値を示す概念であり、自由貨幣を含むとする立場が存在した)。
当事者間の権利に関する合意の連鎖によって各種の通貨が流通し続けるのであれば、それは一般的に受容性をもった状態と考えられ、だいぶ通貨っぽいものとなってくる。ネットワーク上のデジタル分散型台帳技術であるブロックチェーンもこの流通過程を記録したものと考えられる。では集中型かつデジタルなものはあるかと言えば、それは既存の電子マネー(仮想通貨とは区別される通貨建資産)や銀行が運営する決裁システムである。これらの集中型デジタルシステムは運営者に利用者が対価を払うことによって維持されている。
一方でビットコインのようなブロックチェーン技術を用いた仮想通貨は、ブロックチェーン上の数学的な計算による検証作業を行う対価としてコインを与えるというインセンティブを持ち、そのインセンティブによってシステムが維持されている。こうしたブロックチェーン技術の特性として、支払決済手段としての通貨に必要な支払完了性(ファイナリティ)が論点となってくる。
まずは支払完了性について述べると、当事者間の債権債務がなくなり、受取人が事後的に第三者から以前の関係によって返還請求されない、というのが支払完了性である。しかしながら、ブロックチェーン技術はその検証作業の性質上、完了までに時間を要し、時間の経過と共に完了の合意が覆ることが確率的に低下するという仕組みのため、支払完了性の具備に疑義がある。
政府が管理しない通貨
政府が法律によって創り出し、必ず使えるという性質を与えられた法定通貨に対して、仮想通貨はそれらの性質を有しないが、交換を行う当事者間が合意し、一般的受容性を持った場合、事実上、流動性を持つ。それはどこかの国でガソリンがお金の代替手段になったり、どこかの刑務所でタバコがお金の代替手段になることに類似するかも知れない。また、政府が管理しない通貨は、近代では1976年にフリードリッヒ・ハイエクも『貨幣発行自由化論』で中央銀行を不要とするその構想を述べており、目新しいものではない。
法定通貨に対して、仮想通貨の交換レートが大きく上下することは好ましいことではない。
REUTERS/Nyimas Laula
法定通貨である日本円に対して仮想通貨の交換レートが大きく上下することは、通貨っぽいものの挙動としては、価値貯蔵に不向きで使いにくさが残る。
ジンバブエの通貨がハイパーインフレによって外貨であるドルに対して劇的な価格変動を起こしたことがあったが、そうした価値変動が激しい通貨は使いにくいものである。現状の仮想通貨は取引所(=私設交換所)の参加者の需給によって交換されるため、取引所間で価格差が生まれアービトラージ(裁定取引)の機会が生まれる。こうした取引を行う参加者にとっては価格変動は好ましいものだが、通貨としての利便性に資するものではない。
また、現在の仮想通貨は会社という発行体のある株式や社債(金融商品取引法で規制される)や、アセット・バックト・セキュリティ(ABS,、資産担保証券)のように何らかの資産のキャッシュフローを裏付け(バックト)にして発行されているものではなく、裏付け資産の価値の変動ではなく、需給によって価格変動を起こす。
激しい価格変動が生じる通貨
その昔、上場株式の大規模な分割によって需給のひっ迫が生じ、株価が理論値から乖離することがあったが、外観的にはそれに類似する。激しい価格変動は通貨としての利便性を減少させる。つまり、仮想通貨の価値が対円で急上昇することを喜ぶことは、通貨としての利便性ではなく、円に転換することや、円ベースでの利用を前提としているのではないだろうか。この考え方自体が、仮想通貨が法定通貨を越えて一般的受容性を持つ可能性を信用していない証左とも言える。
ブロックチェーン技術は仮想通貨の信用を担保する十分条件ではない。
dencg / Shutterstock
ブロックチェーンを技術的基盤とした仮想通貨は、コンピュータの計算能力を用いて新規発行の制限がされている点や取引記録の透明性と改ざんが困難な点などの利点が存在するが、それらの技術が通貨としての信用を担保する十分条件ではない。仮想通貨には金やキャッシュフローといった裏付けがなく、もし何かの資産性のある裏付けがあったとしても、技術的な加工は本質的には関係がない。
我々の似た経験としてはリーマンショックを引き起こしたサブプライムローン問題における、不良資産のABSやCDO(債務担保証券)による加工があった。これはリスク分散を先端テクノロジーで目指したが、創り出したものは不良資産を何重にも加工し詰め合わせた有毒な福袋であった。
ブロックチェーン技術は分散型ネットワークと増大するコンピュータの計算能力を基盤としたイノベーションである。
一方でその技術を利用した仮想通貨を法定通貨を越える利便性を持った通貨にしたいのであれば、闇雲にその是非を唱えず、上記のような通貨の論点を知った上で賢そうに議論したい。
(本文は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織・団体の公式な見解ではないことを予めご了承ください)
塩野誠(しおの・まこと):経営共創基盤(IGPI)取締役マネージングディレクター。国内外の企業や政府機関に対し戦略立案・実行やM&Aの助言を行う。10年以上の企業投資の経験を有する。主な著書に『世界で活躍する人は、どんな戦略思考をしているのか?』、小説『東京ディール協奏曲』等。人工知能学会倫理委員会委員。